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八 暗号解読

 夜、お風呂の後、例のポケットの中身を手のひらに乗っけて、ベッドに腰掛けた。

 もちろん、消毒はしていない。臭いも味も変な感じはなかったし、消毒するのはあまりにも達川くんに失礼なような気がしたからだ。

 きくちゃんが「その消しゴムは、達川の『ピィちゃん』と同じなんだよ!」なんて言うから、つい手の中でコロコロ転がして遊んでしまった。

 この消しゴムは確かにわたしのじゃない。わたしのならスリーブに『ともい』って名前が書いてあるはずだ。現に、わたしの筆箱の中には、ちゃんと『ともい』消しゴムが入っている。

 かといって、達川くんがわたしの消しゴムと間違えて渡したわけでもないようだ。どうしてかというと、消しゴムと一緒にメモが添えてあったからだ。

 達川くんはこのメモを渡したかったんだ。周りのみんなにメモを渡したと悟られないように考えたんだろう。

 メモには暗号のような数字が書かれていた。でも、それは暗号じゃない。暗号に見えるのは、たんに字がへたくそだからだ。

 漢字がへたな子はよく見かけるけど、アラビア数字まで難読なのはレベチの極みだ。

 こんなヤツのテストの採点をしなきゃいけないなんて、先生の苦労がしのばれる。

 わたしは小さいころに、書道教室に通ってたこともあって、字はうまい。弘法大師の写経みたいな字を筆ペンですらすら書ける。細字のポールペンで作文なんか書いたりすると、パソコンのプリンターで印刷したんじゃないかと疑われることもある。

 わたしの数少ない自慢できる能力。

 お父さんが「どんなに賢くても、どんなに着飾ってても、字が汚いとそれだけでバカで下品に見られてしまう」って、とにかく字をキレイに書くようにっていうからだ。

 まあ、達川くんは字を見るまでもなく、バカで下品なのは確かなのかもしれないけど。

 でも、最近、ものすごく字が綺麗なのに、誤字だらけの作文は、それはそれで間抜けだということに気が付いた。

 高森くんも、字がすっごくキレイだよなあ。しかも、成績もいいし。すごいのは黒板にチョークで縦に字を書くのもキレイなことだよね。あれは難しい。

 きっと高森くんは立派な人間になる。

 それで、このメモを書いた達川くんはきっとろくでもない人間になるだろう。

 で、書かれた数字が暗号じゃないとしたら、それは電話番号だ。数字の桁数と最初の0、ハイフンの位置で想像が付く。しかも、番号の前に『たつかわ』って書いてあるから――『きつつき』にも見えるけど――、たぶん達川くんの家の。

 これは、電話しろということだろうか?

 わたしが?

 なんで?

 あっ、消しゴムあげるから電話してねってこと?

 安くない? これ、80円のだよ。税別だけど。電話代だってかかるのに。しかもこの消しゴム使いかけだし。

 そりゃ、クラスの子だし、電話ぐらいしたっていいけど、なんか、わたしから掛けるのって、まるでわたしの方が達川くんに用事があるみたいじゃない。

 リビングの電話だと絶対お母さんが聞き耳を立てるに決まってるし。

「あら、誰に電話?」

「えっ、男の子?」

「お名前は? 同じクラス?」

「どんな子なの?」

 あー、絶対ダメ!

『わたしが使ったお箸をべろべろ舐める子』なんて言えない。

 前に家の電話を買い換えるとき、持ち運べる子機のついた最新の親子電話にする話がチラッとあったんだけど「みんなスマホ持ってるから家の電話はレトロなアンティークのにしよう」って、お父さんが言って、お母さんも「そうね、その方がオシャレよね」だって!

 お父さんの言う『みんな』の中に『わたし』は入ってない!

 わたしはそのとき、すっかりスマホを買ってもらえるもんだと期待したのに、このままだと中学までないままかもしれない。

 あーあ、スマホがあればすぐにでも達川くんに電話できるのに! せめて親子電話で部屋に子機を持ってこれたらなあ。

 違う、違うでしょ、話があるなら向こうが掛けてくるべきよ! わたしは達川くんと話したいことなんかこれっぽっちぐらいしかないんだから。

 あー、でも向こうはわたしの電話番号、知らないもんな。こんなメモ渡すぐらいなら、わたしに電話番号を聞いてくればよかったのよ。

 聞いてきたらどうする?

「友井さん、電話番号教えて」

「えっ、何で?」

 わたしだったらきっとそういう。だって男の子に聞かれるんだよ。教えたくてうずうずしてたとしても、素直に、うんいいよ、なんて言えないよね。

「何でって、ちょっと話したいことがあるから」達川くんはしごく当たり前のことをいうだろう。

「話ってなに?」そりゃあ聞くよね絶対。

「あの、他の人に聞かれたくないんだ」

 わわっ!

 秘密の話、内緒の話!?

 他の人に言えないことって『ピィちゃん』、『ロロちゃん』みたいな言葉!?

 達川くん、わたしに電話させて、何を言うつもりなの!?

『ねえ、友井さん、ピィ、ピィー、ロロ、ピィー、ロロ、ロロー、ピィー……』

 ああ、まるでファックス送るときの通信の音みたいな妖しげなお話し。心臓がドキドキしてきた。顔が、顔が熱い。机の横の鏡を覗くと……。

 ひえーっ、真っ赤だ!

 達川くん、ダメダメ、わたしたちまだ小学生なんだよ!?

「優香さん」

 ギクッ!

 ドアをノックするお母さんの声に飛び上がりそうになる。

「はいっ!」びっくりして学校でいきなり先生に当てられたときみたいな返事になった。

 ドアが開いてお母さんが顔を出す。

「お父さん、今夜帰りが遅くなるらしいから、お母さん先にお風呂入っとくからね」

「あ、はい」

 部屋の中をぐるんと見渡して、

「明日お休みだからって、夜更かししてちゃダメよ」と、出ていった。

 あの人たちはいいよなぁ、スマホを使ってメールとかメッセージアプリとかでこっそり連絡取れるんだから。

 わたしだってスマホさえあれば、メッセージアプリでピピッてやって、

  <達川くんいま何してるの?>

  <ちょっと考えごと>

  <なになに?>

  <へへへ内緒>

  <どうせエッチなことなんでしょ>

  <じつはそう>

  <もお少しはわたしのことも考えてよね、ぷんぷん!>

  <友井さんのこと考えてたんだよ>

 それって!? もう、ばかっ!

 あ、お母さんがお風呂に入ったらチャンスだ! お母さんに気付かれずにリビングの電話を使える。

 ドアを少し開いて、下の気配をうかがう。無駄に広いホールのせいでリビングの奥にあるバスルームの様子までなかなか分からない。

 お母さんが完全に浴室に入った頃合いをみはからって、そおっとリビングに向かった。



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