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六 視線

 遠足の翌日、わたしは軽い足取りでスカートの裾を翻しながら教室に入った。

 スカートをはいて学校にくるなんて二年ぶりぐらいのもんだろうか。

 みんなにおはようを言って、そのスカートかわいいねってすこし驚かれながら言ってもらって、ついでをよそおって達川くんにもおはようを言った。

 達川くんの席がこんなところだということもいま初めて知った。昨日のことを思い出すと顔がヘラつくから、ギュッてしかめっ面にして吐き捨てるようなおはようだ。

 それに対して達川くんは全然興味なさそうに、わたしをチラッとだけ見て、「おう」だけ返してくる。

 わたしはグッとヤツを睨みつけた。

『わあ、スカートはいてきてくれたんだね、とっても可愛いな、ドキドキしちゃうよ』とかなんとか言わないの?

 頭の中でわたしのイライラが騒ぎ始める。

『ムカつくう、誰のためにお出かけ用のスカートはいてきてやったと思ってんだよ! 脚、見せるからって思ってゆうべはお母さんの使ってるアロマオイルでマッサージまでしてつやつやにしてきたのに! 朝、お母さんには「あら、きょうはどこに出掛けるの?」なんてすっとぼけたこといわれるし、ふざけんな!』

 もちろん口に出せないから、ぷいっとそっぽを向いた。

 イライラしながら席に着いたらさらにイライラすることが!

 高森くんと金井さんが仲良さげにみんなにおはようの笑顔を振りまきながら、教室に入ってきた。

 あーっ、朝っぱらからわたしの高森くんにくっ付いて! 学校から遠い子は集団登校なんてシステム、誰が考えたんだ!

 でも、きっと集団登校じゃなかったら二人っきりでくる? いや、高森くんはいつも2コ下の妹と一緒に学校に来てるから二人っきりはないはずだ。何度か教室にも「お兄ちゃん」って訪ねて来たことがある、ちょっとぼうっとした冴えない子だけど、目元なんか高森くんにそっくりだ。

 ああいう妹ってやつはアニキに彼女ができたりしたらヤキモチを焼いて怒ったり拗ねたりするもんだし、きっと金井さんは妹に邪魔者扱いされているに違いない。

 ――――――――――――――――

「お兄ちゃん、金井さんみたいなオッパイオバケと付き合っちゃだめだよ。呪い殺されちゃうよ。そんな子より、ほら、お兄ちゃんの隣の席のメガネかけた子の方がずっとかわいくて優しそうだよ」

「実はお兄ちゃんも隣の席の子が素敵だなって、気になってたんだ。あの子となら付き合ってもいいかな」

「うん、あの子ならお兄ちゃんの彼女にピッタリだよ」

「よし、じゃあ、さっそく、きょう学校に行ったら、告白するよ」

「うん、わたしも応援するね!」

「あー、彼女、OKしてくれるかなあ?」

 ――――――――――――――――

 あー、もう、するする、絶対OKしちゃいまくる!

「おはよう」

「うん、オッ、はよう……」

 あやうく「うん、オッケー!」って言いそうになった。

 隣の席で高森くんが驚いてるけど、こっちがびっくりだよ。

「なんか、いいことあった?」

 高森くんがちらっとわたしの全体をみた。

「ちょっと、イメチェン」

 どうだ、スカートだ! わたしの美しい膝小僧を見て腰を抜かすがいい!

「なんか、大人の香りだね」

「オトナ?」

 予想外のコメントだ。

 このかわいさで高森くんを悩殺したかったんだけど――さっきまでは達川狙いだったけど。

「アロマとか、やってるの?」

 高森くんがわたしに向かって鼻をひくひくさせる。

「ああ、この匂い? これはね……」

 あー、なんか高森くんとお話ししてる。これもスカート効果なのかな。

 これだよ、これ。こういう会話ができなきゃあ、女は落とせないぜ、達川さんよお。

 あーぁ、楽しいなあ。

 高森くん。

 話がじょうずで、聞きじょうず。どんどん話が弾んでいく。

 きくちゃんたちとおしゃべりしてるときみたいに、いやな気持ちになったり、心がザワザワしたりすることがぜんぜんない。

 スカート見せるふりで横向きに座って、裾を持ってひらひらさせながら膝上15センチまで上げて見せたら、照れたような顔をして、それがかわいい。でも視線はそこから逸らさない雄なのね。もう、膝上50センチ上げて見せちまおうか!

 いいなあ。

 高森くん。

 彼とのおしゃべりは、励ましあって、山登りをしてるみたいに、言葉をかけあって、どんどん気持ちが高まっていく。この子とならそうやって、世界のてっぺんまで登っていけそうな気がする。

 高森くんと二人だけでこんなにお話ししたのは初めてかもしれない。こんな楽しい時間を金井さんはずっと独り占めしてるんだ。

 わたしだって、彼と一緒に遊びたい。二人っきりでデートなんかしてみたい。

 いったいどんな感じなんだろうなあ。

 男の子とデートって……。

「あ、じゃあ、また後でね」

 教室に先生が入ってきて、高森くんがイスを戻して前を向いた。

「うん」また後で……。ああ、また素敵な時間をくれる約束。

 うっとりと高森くんの横顔にみとれてたら、視線を感じて、ふと教室の後ろの方に目をやった。

 わたしの席から左ななめ後ろ2メートルのところ。

 達川くんが睨んでた。


 せっかくの朝の楽しいひとときから、一瞬にして恐怖のどん底に突き落とされた。

 視線を感じる。

 とっくに授業が始まってるっていうのに!?

 さっきみた達川くんの目は、飢えた獣が獲物を狙うときの目だった。あの位置から教卓を向いたら、間違いなくわたしの後ろ姿が視界の真ん中に入る。いままでもずっと授業中、わたしを舐めるように観察してたに違いない。

 色気づいた男子が女の子の背中を見つめて思い浮かべることなんかひとつしかない。

 男はオオカミ、アイツはハイエナ。隙を見せたらガブリとやられる!

 そう思うと、視線が気になって先生の声に集中できなくなる。ただでさえ授業に集中することなんていままでろくになかったというのに、ノートの端っこにラクガキすることすらできない。

 あー、視線が! 視線が突き刺さる。意識し始めると背中が熱くなってきたような気もしてくる。

『とぉもりん』耳元で達川くんが囁く。左肩に彼の顎が乗ってる感じがする。

 えっ、いま耳の後ろ、舐めた?

 きゃあぁ、もっと念入りにお風呂で洗っとけばよかった。

 恐る恐る耳の後ろに手をやる。

 えっ、べっとり濡れてる!

 ヨダレ!? いや、これは汗だ、汗、汗。

 どうしよう。

 先生に言う?

 手を挙げて、

「先生、達川くんがわたしの耳たぶ舐めます」って言える?

 もう、これじゃホラー映画のワンシーンだよ。

 もし、いま振り向いたりしたら、

『ん……』

『んんん……』

 だめ、放課後ならともかく、算数の授業中なのに!

 でも、呪われたみたいに首が動く。きっと怖いもの見たさってやつだ。

 けっして『ん……』『んんん……』がしたいわけじゃない。

 わたしの初めての口付けは、やっぱり高森くんと!

 達川くんは、二番目! 二番目にしてあげるから、名前を呼ばれるまで待合室で待っててってば!

 でも、我慢しきれず、ぐるんと左に振り向いてしまった。

 達川くんは普通に、2メートル先の席で先生の方を向いていたけど、わたしに気付くと、ニコッと笑ってみんなに分からないように胸の前で小さくピースサインを作って振った。

 なんだ、あいつは。

 慌てて前を向いて教科書で顔を隠した。なんで? 耳が熱くなってくる。息が荒くなる。なにをドキドキしてるんだ!?

 やばい。

 きゅん、だ!

「どうしたの?」

 高森くんが不審に思ったのか、声をかけてきた。

「トイレ?」

 高森くんでもこんなデリカシーのない発言をするんだ。思いっきり頬っぺたを膨らまして隣にむかってむくれてみせた。

 それをみた高森くんは安心したようににっこりして拳を握ってグッて親指を立てた。

 そうか、わたしが元気かどうかをみてくれたんだ。

 高森くんとだったら、トイレに行って一緒の個室に入ってもいい。喜んでお手伝いしてプルプル振ってあげる。彼にフキフキとか手伝ってもらったらって、もぉ、朝っぱらから!

 わたしも彼にぐっと握り拳の親指を立てた。

 高森くんのおかげで、それ以降、達川の呪いから逃れて平穏な一日を過ごすことができた気がした。

 もう二度とあんな奴のためにスカートなんかはいてやるもんか!

 脚、寒いし、腰、冷えるし!

 これからの季節、こんなのはいてたら冷え性になって将来高森くんの元気な赤ちゃんを産めなくなってしまう。



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