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四 四天王

 山頂の広場に着いて、クラスの全員が揃うまでの間に、わたしはリュックを開けて『遠足のしおり』を引っ張り出した。

 しおりの二ページ目が班のメンバー表だ。


  班 長:金井彩菜(かないあやな)

  副班長:安田海斗(やすだかいと)

  地図係:高森啓示(たかもりけいじ)

  時計係:友井優香(ともいゆうか)

  保健係:達川涼真(たつかわりょうま)

  美化係:江木望美(えぎのぞみ)


 ふふふ、何度見ても、安田、おまえはじつにいい仕事をしてるよ。あの二人の間に割り込むなんて。

 じゃない、達川涼真、だ。いまわたしの隣で体育座りをしてる男の子。そういえば、そんな名前だったよね。

 さっきこの子にグミを食べさせられてから、ずっと名前を思い出そうとしてたんだけど、しおりの表を見てようやく思い出した。いや、思い出せなかったからこそ表を見たんじゃないか。

 達川くん達川くん達川くん。

 三回も繰り返したらもう絶対に忘れないだろう。わたしに三回も名前を呼んでもらえるなんて高森くんだってそうそうないぞ。

 大昔の日本なら三度も名を呼べば結婚しましょうみたいなもんだったそうだ。ありがたいと思えよ。

 この子は確かに以前からうちのクラスにいた。

 とつぜん遠足にあらわれたわけじゃない。だけど、存在を気にすることなんかいままでまったくなくて、話をした記憶もない。

 だって、わたしの隣の席が高森くんで、高森くんさえいてくれたらほかの男子なんかただのモブキャラでしかないんだもん。

 でも、そんなゲームでいえば村人Bみたいな残念な生き物とも話しをする機会ができるなんて、これもくじ引きのおかげなんだと思う。


 雄大な大自然を満喫できる山の広場で、それはそれは幸せいっぱい胸いっぱいの班長さんの提案で班のみんなと輪になってお弁当を食べることになった。

 きくちゃんたちと一緒に食べようかなって思ってたけど、まあ、この班も案外いいかもと思い始めてた。さっき班のみんなで歩き食べをしたという、わたしにとってはありえないルール違反のドキドキ感がなんていうか、ちょっとした連帯感を感じさせて気持ちがハイになってきてたからだ。

 お弁当の場所を金井さんたちが確保してくれてる間に広場のトイレで手を洗って戻ったら、交代でわたしに留守番を頼んで、残ってた金井さんと高森くんがトイレに向かった。

 ちょっと、またぁ、そういうの、女子同士で行きなさいよ! 男女で連れションなんてありえないからね!

 まさか一緒の個室に入ったりしないよねえ。多目的トイレって、そういう目的じゃないからね!

 シートにあぐらをかいておっさんみたいにぶつぶつ文句を言いながら二人の背中を目で追いかける。

「あの二人、わりと仲良いんだね」

 隣から声を掛けてきたのは、ほら、あの、えっと、誰だ、ん? 達川、そうそう、達川くんだ。てか、いつの間に隣に座ってたの!?

 慌てて女の子座りに脚を組みかえながら、

「そうかなあ」と、ことさら興味なさげに答えた。

 ああいうのは『わりと』じゃなくて『めっちゃ』っていうのよ。ふん。

 不機嫌になりそうなのを我慢してリュックを開いてお弁当の入った巾着袋を取り出した。

「あれっ?」何となく、嫌な予感。

 お弁当箱を持ったときの、いつもの陽気なカチャカチャという音がしない。

 恐る恐る袋を開いて静かな箸箱を持ち上げた。

 うーん、さて、どうしましょう。

 念のため、そおっと箸箱の蓋を開けてみた。それで、閉じた。

 うーん。

 わたしは、アクシデントに弱い。

 あらかじめ、お箸を忘れることがわかってたら冷静に対応できるんだけどなあ。ああ、でも、わかってるなら忘れないか……。そういえば、どっかの国で手で食べるのがあったよなぁ。確か、左手は使っちゃいけないんだっけ? でも、あれはそういうマナーの国だし……、さて?

「はい」

 考え込んでたら、達川くんの声と共に目の前に二本の木の棒が現れた。

 関西旅行で行った有名テーマパークで売ってた魔法の杖みたいに、黒い木で作られた握りやすい形をしているが、あの杖より細くて短い。

「これ、使っていいよ」

 どうやら、これは達川くんのお箸のようだ。

「えっ、でも」

 それだと達川くんが食べるときのお箸がなくなるんじゃ?

「僕のお弁当はおにぎりだから手掴みで平気なんだ」

 確かに彼のお弁当の包の中は丁寧に三角に握られてノリが巻いてあるおにぎりが三個、ラップに包まれていた。

「いいの?」

「うん、手掴みって言ってもラップが巻いてあるし。使って使って」

 にこやかに微笑む達川くんに、男の子にもこんな親切な子がいるんだと、お箸の心配が解消されたこともあってなんだか嬉しくなってしまった。

 さっきも達川くんのグミのおかげで班がひとつにまとまった気がするし、くじを交換してほかの班に行かなくてよかった。

 達川くんにありがとうを言って、彼のランクをこっそり4位(注:友井優香調べ)に入れてあげた。ベストスリーにしてあげてもいいんだけど、わたしより背が低い点をマイナスして4位になった。

 それでも、いきなり四天王だからね、喜べよ。

  一位 高森くん

  二位 佐藤くん

  ………………、達川くん?

 あれ、三位って誰だっけ? こころちゃんのお気に入り……。ま、いいか、誰でも。

 やったな、達川、喜べ、実質三位!

「ひゃあ、トイレ混んでるねぇ」

 別の班の友達と手を洗いに行ってたエギちんが戻ってきて、わたしの横の達川くんとは反対側に腰を下ろした。

 一瞬、ここは高森くんの席に空けといて! て思ったけど、思っただけ。

 彼女は男子がいてもあぐらOKの人で、楽そうでいいなと思う。エギちんは普段からスカートのときでもあぐらだもんなあ。ちょっとぐらいパンツがはみ出してても気にしない。勇者だよ勇者。

 女子用トイレは後になるほどひどい行列になってきてるらしい。まっ先に行っててよかった。

「ともっち、なんかいいことあったの?」

 座って直ぐにエギちんからの質問。

「ううん、なんにもないけど?」

 ちょっとしたいいことはあったけど、とぼけることにする。

 でも、彼女が戻ってきたとき、わたしはなにやらにやにやしながら鼻歌を歌っていたらしい。

ヤバい、知らない間に浮かれてた、全然覚えてない。

「えーっ、そんなの、してた?」

 達川くんに質問を回す。

「うん、まあ、なんか歌ってたな」

 で、恥ずかしくて顔が暖かくなってきたわたしに、反対側までは聞こえないような、ごくごく小さな声で、

「でも、かわいかったよ」とボソッとつぶやいた。

 はあ? かわいい? かわいい、かわいい、かわい……、かわ………、か………………!?

 えーーーっ!

 わたしは大声をあげそうになったのを、必死になってすました顔でこらえた。騒いでエギちんに「どうしたの?」とか聞かれたら困るからだ。

 きっと、なにかの間違いだ。

 錯覚、そらみみ、勘違い。

「どけよ!」とか「ばーか、ぶーす」って言われ慣れてるわたしと「かわいい」は、どう考えても同じ人物に対する評価とは思えない。

 ちょっと男子に親切にされて、脳細胞が浮かれて誤作動を起こしたに違いない。

 わたしは顔のほてりをさとられないように、俯いたまま深呼吸を繰り返した。


 それから班長が戻ってくるまでには、さらに2分37秒掛かった。なにしろ時計係だから正確にわかる。

 こりゃあ、どこかでチューチューする時間がたっぷりあるぞと気をもんでたら、金井さんと高森くんの間に安田くんが割り込んだ状態で帰ってきた。

 思わず心の中で安田くんに盛大な拍手を送った。

「すっごい混んでたよ」

 金井さんがエギちんと同じことを言ってる。

 でも、不機嫌な顔はトイレの行列に、じゃなくて、きっと安田くんに向けてだろうと思う。

 だいたい、男子用はそんなに混んでないはずなのになんで高森くんが金井さんと一緒に帰ってくるのよ。さっさと帰ってきてたら、わたしの隣に座らせてあげられたのに! そんなにわたしのお膝の上でお弁当食べたいわけ?

 結局、友井→安田→江木→高森→金井→達川→友井→の席順で六角形になった。

 最初は、友井→江木→金井、高森→安田→達川、で男女が向かい合った合コンみたいな席になりそうだったんだけど、安田くんが「せっかくの遠足で両隣が男だなんて死んだほうがましだ!」って、言うから、エギちんが「わたしの隣においでよ」って場所を空けて、自然と男女交互に座る並びになった。

 安田くんは、

「隣が女子なら友井でもいいか」って、そりゃ失敬じゃないかと思う。まあ、いままでのわたしの評価を思えば、女子と認められただけでも喜ぶべきかもしれないけど。

 男女交互なら友井→高森→江木→安田→でもいいと思うんだけど、どうあっても金井さんは高森くんを手放すつもりはないらしい。

 わたしとしては、金井→高森→友井→安田→江木→達川→だってかまわないんだけど、お箸を借りた手前、達川くんに「どいて」とはいいにくい。

 いいか達川、ランクを上げるには気遣いってのも必要なんだぞ。



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