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三 ルール違反

 遠足は爽やかな秋晴れのもと、バスを降りたら延々山登り。

 これは遠足じゃない。苦行だ!

 昔の偉いお坊さんが修行のために、わざわざ山の中を歩き回ったという伝説のアレと同じだ。

 わたしはアウトドアは苦手で、平らな道でもイヤなのに、傾いた地面を歩くなんて勘弁してほしい。

 せっかくみんなが卑怯な真似までして手に入れた班分けも延々続く山道で列が乱れてしまって自由に好きな子と並んで歩ける状態になっている。

 そんな中でもわたしは班長の金井さんの後を必死になって付いて歩いていた。

 この女から目を離すわけにはいかない。

 そうなると、当然ながら、ずっと金井さんの後姿を見続けることになる。

 遠足では全員がおんなじ体操服とトレパン姿なのに、おしゃれな人は何を着てもおしゃれなんだとつくづく思う。わたしも参考にって思うけど、そもそもおんなじ服装をしてるわけで、何をどう参考にしたらいいのかさっぱり分からない。

 背中の大半を占めてるリュックは、わたしの方が断然グレードが高い。値段もだけど、ブランドもデザインも。でも、オシャレとかカッコイイとかステキとかは、持ち物単体での評価ではないのだ。

 金井さん相手では百均のバッグを持たれてもわたしでは太刀打ちできない。

 アメリカ軍のグリーンベレーとコンビニ前で騒いでるヤンキーとがケンカするみたいなもんだ。

『奇跡のワンショット』と『失敗した福笑い』ぐらい違う。いや、そこまでは違わないよね……。

 まあ、顔とスタイルは置いとこう。

 歩き方が颯爽としてて、カッコいいよね。きっと、自信に満ちてるって感じなんだろうなあ。同級生だけど、確かに背もわたしより頭半分高くて、ずっとお姉さんに見える。

 あ、そっか、金井さんの方がわたしより十か月ぐらい歳食ってるオバサンだった。

 それであんな小学生とは思えない、高校生みたいに胸がすくすく育ってまるで乳牛って感じなんだ。

 五月の牡牛(おうし)座生まれだけど、金井さんなら絶対に牝牛(めうし)座。

 きくちゃんが「あれは高森が大きくしてやってるね」なんて言ってたけど、それは絶対違う。

 わたしの高森くんにかぎって、そんな特殊能力を金井さんに対して発揮させることがあってたまるもんですか!

 わたしは視線の先を金井さんから高森くんに移した。金井さんの背中から30センチ右横にずらすだけ。

 牝牛の隣には当然のように高森くんがいる。

 あんたは牛飼の少年か!

 そうなんだ、今朝、バスに乗り込んだときも、窓際に座ってた高森くんに「隣、空いてる?」って金井さんが聞いて、ふつう、女子なら女子の隣に行くよね?

 もしもーし、ひょっとしてそこ予約席だったんですかあ? って、そう聞きたくなった。

 そしたら、高森くんがさっと席を立って「窓側、変わってあげるよ」だって!

 おいおい、どんだけジェントルマン!?

 わたしなんか、いままで男子には「どけよ!」ぐらいしか声掛けてもらったことないのに。

 高森くんがさっと席を立って「やあ、オレは友井さんの隣がいいなあ」とか言ってこっちにきてくれたらうれしかったのに。高森くんならお膝の上に乗っけてあげてもいい。

 バスを降りてからも、クラスで集まって点呼したあと、班ごとに登山道をスタートしたんだけど、その間もずっと二人一緒で、なにか見えない手錠で繋がれてるんじゃないかって思えるほどパーソナルスペースの中を並んで歩いてる。

 しかも自然な感じで、楽しそうにお話ししながら。

 そんなに延々とべらべらしゃべることなんかある?

 毎日、学校で会ってるんだよ?

 途中で見学した何百年前だか何億年前だか昔のお城かなんかの跡も二人が気になって案内のボランティアおじさんの説明なんかまるっきり頭に入ってこなかった。

 まるで銀婚式過ぎたおしどり夫婦がおとな旅をしてるみたいに寄り添って声掛けあって! JRのジパング倶楽部のCMじゃないんだからね。

 きっと、家でも夜お風呂入ったあとなんかに長電話でラブラブしてお母さんに、

「いつまで電話してんの!」なんて怒られてるに違いないんだ。

 だって高森くんも金井さんもスマホ持ってないからメールできないし、家の電話しかないんだもんね。

 お家の人がどなってる声が受話器の向こうから聞こえたりしてさ、

「ごめんね、またあしたね」

「うん、おやすみなさい」とか、言ったりしても、なかなか電話が切れなくて。

 で、3分ぐらいそのままグズグズグズグズ、メープルシロップかけたスコーンみたいに甘ったるい言葉を転がしあってさ。

「じゃあ、せえので、一緒に切ろう」ってなって、せえのって声掛けあうんだけど、どっちも切らないの。

 そしたら、

「もお、高森くん、ずるい」なんて金井さんが学校では出さないような甘えた声ですねちゃってさ、

「ごめんごめん、じゃあオレから切るよ」って、

「おやすみ、アイシテルヨ、チュッ!」なんて!

 あーあ、チックショー! うらやましいなあ。誰か、冗談でもわたしにアイシテルヨなんて言うやつがそのへんの岩の隙間かなんかに落っこちてないかなあ。

 やっぱり親戚同士って、ずっと小さい頃から知ってるんだから、絶対有利だよね。

きっと、幼稚園ぐらいの小さいときなんか、一緒にお風呂に入ったりしてさ、「きゃあきゃあ」いいながら、あんなとことかこんなとことかもボディーソープでベタベタに洗いっこしてさ、

「わたし、けいじくんのおよめさんになる!」なんて言ってたりしてんだろうなあ。

 お風呂ってポイントだよね、もう、わたしたちお互いにぜーんぶ知ってますよってことだもんなあ。

 秘密の関係だよね。

 わたしだって、言ってくれたらすぐにでもお背中流しますよお!

 いかがですかあ!

 そこのお兄さん、サービスしますよお!

 時間延長も無料ですよお!

 あ、こら、距離、近い近い、体当たってるよ。このあたり足もと悪いんだから、よけい歩きにくいでしょ! あ、いま、一瞬、手、繋いでなかった? あ、体、ほら、体さわったよね? 腰んとこ。チカンだよね? セクハラだよね? 18禁だよね? 小学生がダメだよね?

 どうしよう、先生に言った方がいいのかな。

「先生、あの二人、超うらやましいんですけど!」

「あら、友井さんも? 先生だってそうよ! 悔しいっ!」

 だめだ、三十四歳独身彼氏いない歴=年齢の先生との暗ーい絆が深まるだけだ。

 きのうきくちゃんが「あの二人、遠足のあいだ人目を盗んでチューチューしまくるに決まってるんだから監視しとくように!」なんて指令を出すから、よけいに気になって気になってしょうがない。

 これじゃあ、ぜんぜん遠足を楽しめないと思うんですけど!

「友井さん、だいじょうぶ?」

 突然声を掛けられて、えっ、と思って横を見たら、同じ班の男の子が並んで歩いてた。

「ずっと怒ったみたいな顔して、黙ったまま歩いてるから」

 どうやら疲れてるのかと思ったらしい。

 まさか、憧れの人が彼女とラブラブしてるところを見せつけられて背中を睨みつけてたなんて言えない。

「えーっ、だいじょうぶだよ」

 無理やりにっこり笑ってみせた。

「それでは、いつもがんばってる友井さんに、幸せを分けてあげましょう」

 彼がおどけた感じで魔法使いが杖をあやつるように左手に持った木の枝を振りながら、はい、あーん、と言ったんで、何も考えずにわたしもあーんと口を開けたら、いきなり何かを口の中に放り込んできた。

 驚いて吐き出そうとしたら、彼が立てた人差し指を素早く口に当てて、内緒だよって合図を送る。

 これは!?

 慌てて周りを見たら、すぐ後ろを歩いてるエギちんと安田くんも口をもぐもぐさせながら、ニコニコと唇に指を当てて内緒だよの合図をしてる。

 グミだ。果汁たっぷりオレンジ味の。

 前を見たら彼が高森くんと金井さんにもグミの袋を向けてオススメしてる。

 もう、あの二人がおやつの歩き食べなんかするハズないじゃん、って、ニコニコつまんで口に入れてる!?

 ちょっと班長ーっ!

 わたしもグミは好きでグレープ味のを持ってきてるけど、歩きながらのおやつは禁止なんだよ!

 しかも、アレルギーの心配があるから【おやつの交換は絶対にやめましょう】って『遠足のしおり』にもちゃんと書いてあったでしょう!

 班のメンバー全員にグミを配り終えた彼が満足そうにこちらに戻ってきた。

わたしをルール違反の共犯者にさせといて何が「幸せを分けてあげましょう」だ!

 口の中のグミを噛むことも飲み込むこともできず、かといって吐き出すわけにもいかずに、もごもごしてるわたしの隣にきて、他の子に聞こえないような小さな声で、

「友井さんのはね、ハートグミなんだよ」

 果物の形をしたグミの中にたまーに入ってるハート形のグミは食べると幸せになれるらしい。口の中に残ってるのを舌で探ったら、ほんとにハートの形をしてた。

「歩き食べは禁止なんだよ!」

 へらへらしてる彼につい注意をしてしまった。

「ごめん、内緒ね」

 彼が笑ってもう一度、内緒のポーズ。

 グミは好きだけど、ルール違反に「ありがとう」というわけにもいかないから、ちょっとだけ頬っぺたを緩めてあげた。

 高森くんと金井さんもこっちに振り向いて口をもぐもぐさせながらニコニコ笑ってる。

 あーっ、いますぐ叫びたい!

『ユウユウも、グミだあいすき!』

 どんどん顔がほころんでくる。

 遠足って、なんか、やっぱり楽しいじゃん。

 ちょっと、すごく、幸せな気分になった。



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