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第1章 ようこそキボウ部へ(9)

 おっさんは水無瀬と来栖から十分に距離を取ったことを確認してから小声で話し始める。

「お前は失敗することが好きか?」

「はあ? そんなの嫌いに決まってるだろ」

「まあそうだろうな。ちなみにどれぐらい嫌いなんだ?」

 ……どれぐらいと訊かれても困る。

 失敗なんてせずに済むならそれに越したことはない。でも日々の生活を振り返れば失敗なんていくらでもしている。学校のテストで満点が取れるはずなんてないし、

 それに小説にしてもマンガにしても動画配信にしても、中途半端なところでやめるのは、結局のところ失敗するのが怖いからだ。というか成功できないことを知ってしまうのがなにより怖い。

 ただ、そんな気持ちを正直に打ち明けたくなんてない。

 だからなんと答えればいいのか迷っていると、おっさんは意地悪く口の端を上げる。

「よし、それほど深刻そうな顔をするなんて、お前はよっぽど失敗するのが怖いらしいな。そこまで怖がるやつは滅多にいないぞ」

「顔を見ただけでわかるのかよ?」

「失敗を怖がるのはいいことだ」

 おっさんは俺の質問を無視して勝手に話を進める。

「けれど中には失敗を恐れないやつだっている。例えば、あの水無瀬って娘みたいにな。ツイッターで気象予報を流してるけど結構間違ってるぞ。ガキのやることだし、大して影響力もなさそうだから大目に見てやってるけどな」

 部のアカウントのフォロワーにおっさんぽい人がいるとは思っていたけど、目の前にいるおっさんだったとは。

そんなことを思う俺に構わずおっさんは「だがな」と続ける。

「最近じゃ動画配信やらなんやらで素人が情報を発信するのが簡単になってる。まかり間違ってあいつの予報が多くの人の目に触れることがあれば、混乱を招くかもしれない」

「……俺に水無瀬を止めろって言ってるのか?」

「そうできれば一番だが、お前には無理だろ」

 くっくっと口の中で低く笑ったおっさんは、けれどすぐに真剣な視線を向けてくる。

「失敗するのは怖いってことだけは覚えてろ。俺の話は以上だ」

 そう言うと俺から身体を離して、エレベーターのボタンを押す。

「まあうまくやれよ」

 なにを、とは言わないままおっさんはエレベーターに乗り込んで職場へと戻っていった。

「なんの話だったの?」

 おっさんの姿が消えて、合同庁舎の出口へ向かう俺のもとに水無瀬がとてとてと寄ってくる。

「別になんでもない。くだらない話だった」

「えーっ、男二人で肩を組んでひそひそ話されるとすごい気になるんだけど?」

「大した話なんてしてない」

 すげなく告げる俺に水無瀬は「あっ」と手をたたく。

「わたしと麻帆のどっちがかわいいかって話してたんでしょ?」

「そんな話してないから」

「で、どっちなの?」

「どっちってなにがだよ?」

「だから一真はわたしと麻帆のどっちがかわいいって思ってるの?」

 ……ほんとにこいつはマイペースなやつだ。俺と二人で話し始める前におっさんが言っていたことを思い返せばそんな話になりようがないとわかりそうなものなのに。

 げんなりした顔を水無瀬に向けていると、

「あっ、やっぱりわたしでしょ? そう思ってもらえるのはとっても嬉しいんだけど、そんなに見つめられると照れるから困るよ」

 バシッと肩をたたかれた。地味に痛いからやめてほしい。

「そんなこと一言も言ってないからな?」

「わかってるって。恥ずかしいもんね」

「だから違うって言ってるだろ」

「うんうん、わかるよ」

 腕を組んで首を何度も縦に振る水無瀬。俺の話なんてちっとも聞かず、どこまでもマイペースを貫くのだった。

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