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第1章 ようこそキボウ部へ(6)

 ショッピングモールから気象台の入る合同庁舎までは徒歩で数分の距離。

 約束の時間までは余裕があったはずなのに、水無瀬が途中で何度も立ち止まっては「あの雲かわいい」とか「あっちのは面白い形してる」とか言うせいで、結局俺たちが気象台に着いたのは時間ギリギリになってしまった。

 一階で来館者名簿に記名をして、守衛さんに首から下げるIDカードを受け取るとエレベーターで七階へと向かった。

 ゆっくり上昇したエレベーターのドアが開くと、

「気象予報をなめてるっていうガキどもはお前らか」

 ものすごく不機嫌そうな顔をした男の人が腕を組んでいた。

 なんかよくわからないけど、ものすごく喧嘩を売られている気がする。

 無理やり入れられたキボウ部に俺は愛着なんて当然ないけど、でも水無瀬はどうだろうかと横目でうかがうと、意外にもよそ行きの笑顔を浮かべていた。

「明瑛高校気象予報部です。今日はよろしくお願いします」

 落ち着いた対応もできるんだななんて思ったのだが、水無瀬は後ろ手に組んだ手を思いっきり握りしめていた。ギリギリって音が聞こえそうなほどきつく結んでいる。

 よく見ればこめかみの辺りの血管も薄く浮かび上がっている。

 これ、相当怒ってるな。

 このまま放っておけば俺に八つ当たりされかねない。

 こんなことをするのは俺の柄じゃないんだけど。小さく嘆息してから俺は口を開く。

「なあ、おっさん。いきなりそういう態度は良くないんじゃないか?」

「俺はおっさんじゃない」

 水無瀬の横からすっと前に出た俺をおっさんはぎろりと睨む。いま否定されたばかりだけど、自分のことをおっさんじゃないと言うやつはおっさんに決まっている。

 ていうかそこに反応するのか?

「まだ俺は二十代だ。肌だってちゃんと水をはじくんだぞ」

「そんなこと訊いてないし。高校生から見れば二十代はおっさんにしか見えない」

「っ……! だからガキの相手なんてしたくなかったんだよ」

「こんなこと言いたくないけど、市民の相手をするのは公務員の仕事なんだろ。だったら運が悪かったと思って案内してくれよ」

「これは仕事じゃない。考えてみろよ、今日は土曜日だぞ。気象台は当番で二十四時間誰かはいるけど、週末に職場の案内なんて普通の公務員はしないぞ」

「……だったらなんで?」

「姉貴に頼まれたんだよ。教え子が行くからよろしくって」

「姉貴って……?」

 眉をひそめる俺の眼前におっさんは首にかけたIDカードをグイッと突き出してきた。

「新田巧……新田先生の弟なのか? 全然似てないな」

「二卵性双生児なんだよ」

「双子なのか? 余計にびっくりするな。けど無愛想な顔してるくせに姉の頼みをきくなんてシスコンなのか?」

「そんなんじゃねえよ。あの姉貴はほっぽっとくとなにをしでかすかわからないから面倒を見てやらないといけねえんだよ」

 たしかに新田先生はなんかほわほわしてて頼りない感じがする。社会人になったいまでもそうなのだから、子どものころはもっと頼りなくても全然不思議じゃない。

「おっさんも苦労したんだな」

「も、ってなんだよ?」

「俺もつい最近、女に面倒なことに巻き込まれたんだよ」

 水無瀬に無理やり入部させられたことを思い返していると、

 パシっ――

 おっさんに思いっきり頭をはたかれた。

「ガキが色気づいてんじゃねえよ」

「いてえな。たたくことないだろ」

「無駄話はもう終いだ。俺は夜勤明けで死ぬほど眠いんだよ」

 俺の抗議を無視しておっさんは俺たちが乗ってきたエレベーターの脇、階段のほうへと歩を進める。

「まずはお前らガキどもにぴったりの物を見せてやる。さっさとついてこい」

 有無を言わさず、ずんずん進んでいき、俺たちは慌ててあとを追う。

「一真って意外と度胸あるんだね?」

 階段を上りながらこちらを見やる水無瀬。

「そんなことはない。水無瀬が怒ってるのがわかったから、放っておくと八つ当たりされると思って仕方なくやったことだ」

「別にわたしは怒ってなかったよ」

「ほんとかよ。ちょっと手の平見せてみろ?」

「え? いいけど」

 踊り場で一瞬足を止めて見た水無瀬の手の平にはくっきりと爪のあとが残っていた。

「やっぱり怒ってただろ」

「たはは。バレちゃった?」

 苦笑を浮かべて水無瀬は再び階段を上り始める。遅れないように俺も隣に並ぶ。

「まあいきなりあんな上から目線でガキなんて呼ばれると腹が立つよな」

「まあそれはいいんだけどね……」

 口元をふにゃり歪ませる水無瀬。どこか含みのある表情が気になったけれど、すぐに唇を引き結んだのを見て俺は結局なにも言えなかった。

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