エピローグ(1)
無事に廃部の危機を乗り越えたキボウ部は夏休みに入っても活動を続けていた。
週に一、二回集まって予報をして、それを動画にして配信している。とはいえ、さすがにお盆は休みにしようということになっていた。
しかし俺は世間が盆の帰省ラッシュを迎えた日に水無瀬に呼び出されていた。
適当な理由をつけて断ろうと思っていたのだが、「じいちゃんの所に行くからついてきて」と言われて断りづらくなってしまった。水無瀬が気象を勉強するきっかけとなったという「じいちゃん」の墓参りに行くのであれば、一人で行かせるわけにはいかない、となぜか思った。
集合場所は薩摩半島と大隅半島を結ぶ垂水フェリー乗り場。帰省客で混み合うフェリーターミナルの待合室でぼんやりテレビを眺めていると、
「おっ、一真にしては早いね」
水無瀬がいつもみたく頬を上げながらこちらに近づいてきた。身にまとっているのは黒のワンピース。普段は明るめの服を着ることが多くて暗色を着ているイメージは薄いけれど、墓参りにはふさわしい色だと思う。
「ちょうど乗船案内があったから、行くぞ」
「あれ?」
腰を上げた俺に水無瀬は首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「一真が妙に素直だなと思って。せっかくツッコみどころのあるあいさつをしてあげたのに。いつもだったら、俺が早いんじゃなくて水無瀬が遅いんだろ、みたいなこと言うでしょ?」
「……たまには俺が素直な日もあるんだよ」
盆の墓参りに行くというのに茶化した空気はなんかふさわしくない気がする。ただ、そう口にするのも気恥ずかしいので適当に誤魔化した。
「ふーん、そっか」
水無瀬は特に気にした様子もなく、フェリー乗り場へと歩き始めた。
垂水フェリーは四〇分ほどで大隅半島の入り口、垂水市に着いた。俺と水無瀬はそこでバスに乗り換えて大隅半島の東端を目指す。途中でバスも乗り換えて、目的地にたどり着いたのは太陽が一番高くなったころだった。
「ほんっと、なんもないでしょう」
透明なビニール傘をくるくる回して水無瀬は雨粒を弾き飛ばす。
ここ最近、ハードワークをしていた太平洋高気圧は今日はお休みらしい。朝からしとしと小雨が続いている。猛暑日続きだったからわずかに気温が下がっただけでほっとする。
しかし、水無瀬が言う通りほんとに周りにはなにもない。視界に広がるのは青々とした田んぼばかり。バスを降りて五分ほど歩いているけれど、コンビニどころか自販機も目に付かないし、民家もポツポツと点在しているだけだ。
小雨の降る中、ところどころひび割れたアスファルトを歩いていると、この先に水無瀬のじいちゃんの家が本当にあるんだろうかと不安になる。
「大隅半島まで来るのは久しぶりだけど、ほんとに田舎だな」
「むう。薩摩半島も鹿児島市から外に出れば田舎だし」
自分でなにもないと言っておきながら、それに同意すると反発する水無瀬。
相変わらず理不尽なやつだ。
でもこんな日に無駄に反論するのも気が引けるので、なにか目に付かないかと視線を走らせてみる。
かといって簡単に見つかるわけはなく、のどかな田園地帯を取り囲む山並みに沿って首を動かしていると、杉林の中に背の低い一角が目に付いた。
「なんかあそこだけ妙に木が小さいな」
「ああ、あそこはね、『七・六豪雨』のときに崩れた所なんだ」
こともなげに言う水無瀬は山の一角を指さす。横目でうかがうけれど、表情に変わりはない。声はいつもより落ち着いて聞こえる。
水無瀬はすっと指を左下に動かして続ける。
「で、その下の辺りがわたしのじいちゃんの家。家は無事だったんだ。昔、牛を飼ってたっていう小屋は土砂に流されちゃったけどね」
「そっか……」
「うん、あと五分も歩けば着くはずだよ」
ふわり微笑む水無瀬。けれど俺はこんなときにどんな言葉をかければいいのかわからなくて、無言で頷きだけを返した。




