第5章 馬の背と土のにおい(9)
『キボウ部、大活躍。勉強合宿の生徒を救う』
週明けの放課後。キボウ部の部室のテーブルの上にはそんな大見出しが躍る学校新聞が広げられている。
水無瀬は新聞の文字を指でなぞって肩を震わせる。
「もう間違いないよね? これで絶対にキボウ部がなくなったりしないよね?」
「そうだな、なくならないな」
「一真っ、その棒読み口調はなんなの?」
「だって、同じ会話を何回してると思ってんだよ?」
あきれ顔を向けると水無瀬はぷくっと頬を膨らませる。
今朝登校して学校新聞を見かけてから水無瀬はずっとこの調子だ。授業の合間の休み時間にも同じ内容のメッセージを何度も送ってきたし、昼休みにはわざわざ俺の教室まで来て「キボウ部はなくならないよね?」って訊いてきた。
「キボウ部がなくなったらどうなるのか、一真にはわからないの? また友達が誰一人いない寂しい高校生活に逆戻りなんだよ?」
「友達が一人もいないなんて決めつけんなよ。少しはいるぞ」
ほんとに少しだけど、とは言わない。
俺だってキボウ部にいるのが楽しいからなくなってほしくない、とは絶対に言わない。
「一真はもっと真剣にならなくちゃダメだよっ!」
「そんなに心配なら生徒会室に行って、名倉と直接話してこいよ」
「行くつもりだったんだけど、なんか今日の放課後は緊急の会議を開くから生徒会室に来ないでって言われたんだよ。でも落ち着かないよ。このタイミングで緊急会議って絶対にキボウ部をどうするかって話をしてるよね?」
「希、とにかく落ち着け」
天気図の解析をしていた来栖が水無瀬のあまりの落ち着きのなさを見かねて声を上げた。
そのとき、
ガラガラっと音を立てて部室のドアが開かれた。
「……っ! なっ、なんなのっ? そろいもそろってこっちを見られたら入りにくいんだけど」
立っていたのは松本だった。クラスの用事があって遅れるとは聞いていたが、タイミングが悪い。
「なんだ、松本か」
「琴音ちゃんか……」
「松本のことは待ってない」
俺、水無瀬、来栖の順に言うと、
「えっ、今度はなに? アタシはこの部にいらないの?」
松本は扉の所で呆然と突っ立ってしまう。
「ちょっと入れてもらえる?」
その背後から声が聞こえて、松本はゆっくりと振り返った。
「あんた……じゃなくて、あなたはたしか生徒会長の名倉さんよね? どうかしたのかしら?」
振り返る一瞬の間にネコをかぶって松本は楚々とした表情で訊ねる。最近は部活でしか見てなかったからこの姿をすっかり忘れていたけど、こいつのネコの被り方はすごいな。
とはいえ名倉はそんなことを知らないわけで、感情の読み取れない声で松本に訊ねる。
「話があって来たの。水無瀬さんも中にいるんでしょ? 中で話したいんだけど」
ちらと振り返る松本に水無瀬は口元を引き締めて頷く。
「どうぞ」
「どうも」
松本がすっと身体をそらして、名倉はその隙間を縫って部室の中に踏み入った。
粛々とことを進めようとする名倉に顔をしかめながら松本が後ろ手にドアを閉めると、
「こないだの動画配信では視聴者が一万人を超えたの。高校の部活の活動実績としては十分だよね? だからキボウ部は残してくれるんだよね? 学校新聞にも大きく取り上げられたし、そんな部を潰したら生徒会の支持率も下がっちゃうし困るよね?」
名倉の正面に立った水無瀬は矢継ぎ早に訊ねて真剣なまなざしを向ける。
対する名倉は射貫こうとするかのような視線にたじろぐ気配も見せず受けとめて、じっと黙ったまま水無瀬の瞳を見つめている。やはり表情はフラットで、どう返すつもりなのか俺には読めない。
水無瀬も俺と同じ気持ちらしく、口を開けずにいる。
そうして静まり返った部室に、ばたっばたばた――雨の音が響く。
俺や水無瀬たちが部室に集まったときは晴れていたのに、いつの間にやら外はほの暗くなっていて大粒の雨が窓に打ちつけていた。夕立が始まっていた。




