表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/52

第5章 馬の背と土のにおい(5)

 ささやくように言う来栖に頷きを返すと俺は水無瀬のもとへと向かった。水無瀬が待っていたのは、公園の中ほど――道路と川とのちょうど真ん中辺り。

 撮影用のスマホをあらためてアームにセットしていると、

「麻帆と二人でなに話してたの?」

 手鏡で前髪を整えながら水無瀬。

「……なんでもない」

「あやしい」

 手鏡をポケットにしまってジト目を向けてくる。下手なことを言うわけにもいかず、俺は話題を変える。黙っていれば水無瀬のペースにのせられてしまうことは散々体験してきた。

「そんなことより、生徒会長に連絡はついたのか?」

「……いちおう連絡はできたよ」

「いちおうってどういうことだ?」

「なかなか返信がなかったから、何度も同じようなメッセージを送ったんだよね。そしたら『いまはそれどころじゃないから』って返ってきちゃってさ」

 たははと笑って頬を指先でかく水無瀬。

 しつこくメッセージを送るとかえって心証が悪くなったんじゃないかと思うものの、ツッコんでいる場合ではない。大雨になる前に配信を始めたい。来栖が言っていた通りになれば、途中で配信ができなくなる可能性だってある。心証を考えるのであればさっさと始めて早く終わらせるしかない。

 俺は不安を胸のうちにしまって、フラットな口調で水無瀬に言う。

「録画もサイトには残すし、最悪そっちを見てもらえばいいんじゃないのか?」

「そだね。それも見てらえなかったらデータを送りつければいいしね」

「ったく、動画のデータは大きいんだから、そんなことしたら迷惑だろ」

「見ないほうが悪いんだからしょうがないよ」

 やはりツッコみたくなる気持ちを抑えて俺は「そろそろ始めるぞ」とスマホのレンズを水無瀬に向ける。

 ふわり微笑みながら水無瀬が頷いたのを見て、俺はアームの録画開始ボタンを押して水無瀬に合図を送った。

「みんな、こんにちはー。みんなに愛と希望と勇気を届けるキボウ部のキボウチャンネル、始めるよっ!」

 お決まりの口上を述べて水無瀬は配信を始めた。

 ちなみに、この口上は松本が考えた。キボウ部だから希望はわかるけど、愛と勇気は意味がわからないという俺の主張は「はあ、そんなのノリと勢いに決まってるじゃん」と一蹴された。

「今日はね、いつもと違ってなんとライブ配信だよ。しかもっ! 部室からじゃなくて外から、甲突川ほとりの公園からお届けしちゃいますっ! ……って知ってたよね? だよね、事前にツイッターでも予告してたもんね」

 ペロッと舌を出して頭にげんこつをこつんとする水無瀬。

 この無駄にあざとい仕草ももちろん松本プロデュース。やりすぎじゃないかという俺の懸念は当然、一顧だにされなかった。とはいえ、視聴者の反応は好意的で、再生回数が伸びたのは松本のアイデアがよかったからだと認めざるを得ない。

「ではではっ! 今日もいつも通り週末の天気予報をお伝えしてくねっ!」

 水無瀬は後ろ手に持っていたスケッチブックをレンズに向かって掲げる。軽妙に言葉を継ぎながら、ページをめくって手書きの天気図や週末の予報を解説していく。

 俺は撮影用のスマホをセットしたアームを持つ手と逆の手で私用のスマホを取り出す。動画に寄せられたコメントなんかは松本がノートPCで確認している。でも俺も反応が気になってサイトを開くと、視聴者数は八〇〇〇を超え、九〇〇〇に近づいていた。

「これは……一万を狙えるんじゃないのか?」

「撮影しながら話さないでよ」

 思わず口に出してしまうと、いつの間にやら俺のそばに来ていた松本に睨まれた。

 お前のほうこそしゃべるなよ、という言葉をのみ込んでスマホをポケットに戻そうとすると、ぶるっと震えてメッセージが届いた。

『ま、希ちゃんはピンマイクしてるからこっちの音はあんまり拾わないと思うけど』

『だったらいいじゃないかよ』

『万が一ってことがあるし。センパイの声を聞きたい人なんていないし』

『…………』

『けどものすごく伸びてる。さすがに視聴者数が一万を超えればキボウ部の存続は認められるでしょ』

『だったらいいけどな』

 そう返すとため息をつくゾウのスタンプが送られてきた。松本は続けてメッセージを送ってくる。

『希ちゃんからセンパイは後ろ向きなところがあるって聞いたことがあるけどほんとだね』

『違う。俺は後ろ向きなんじゃなくて慎重なだけだ』

『どっちも同じじゃん。行動するのが大事だとかなんとか言ってたのはどこの誰だったの?』

 うっせえな……余計なお世話なんだよ。

 どう返してやろうかとスマホの画面を睨みつけていると、ふいに画面の端が滲んだ。

 ポタっ――

 雨粒が落ちてきていた。

 雨が降るのは北のほうだと来栖は言っていたけれど、大雨になれば多少はこちらに雨雲が流れてきても不思議ではない。

「ありゃ、雨が降ってきちゃった」

 レンズの向こうで水無瀬は天を仰ぎ見る。

「でも安心してこの雨はすぐにやむから。さっき伝えた通り、明日はいい天気になるからね!」

 これは台本にないアドリブ。ライブ配信は初めてだけど、これまで何度も撮影を重ねただけあって、不測の事態にも対応できるようになっている。

 サイトの反応を見ても、『のぞみんが言うなら間違いない』『雨の中、大変だけど頑張って』なんてコメントばかり。ちなみに、のぞみんという愛称も松本が考案したもので、すっかり定着している。

「じゃあ、じゃあ、次は月曜日の予報だよっ!」

 水無瀬はアドリブをうまく交えて、台本通り順調に撮影を進めていく。雨も時折、小粒な水滴が落ちてくるだけにとどまっている。

 来栖が心配していたような事態にはならずに済みそうだと俺は胸を撫で下ろした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ