第5章 馬の背と土のにおい(1)
天気図に描かれた梅雨前線は九州の北端を経由して中国大陸と関東を結んでいた。
鹿児島では雨は降らないものの、前線が残していった湿気のせいで蒸し暑い日が続いている。
あと二、三日で気象台が梅雨明けを発表するだろうというのは来栖の見立て。
名倉に一方的に廃部を告げられてから一週間あまりが過ぎた放課後。俺たちは部室に集まっていた。
「今週末に配信する動画は外で撮影するよ」
水無瀬が来栖、松本、そして俺の順に顔を見回す。
廃部宣告の直後、何度か名倉のもとへ撤回するように直談判に行ったが、まともに話すら聞いてもらえなかったらしい。部室に戻ってきて、悔しそうに顔を歪ませていた。
けれど水無瀬は水無瀬だった。
落ち込んでいたのはわずかな間だけ。自分たちにできることをやり続けて存続を認めさせるしかないと前を向いて、次の活動に向けての話し合いをしている。
そんな水無瀬を見て否定的なことを言うような野暮なことはしたくない。
「そろそろ梅雨が明けそうだから、外で撮影するのはいいかもな。雨が降ってると外に行くのは面倒だけど、だんだん天気も安定してきているし」
「一真はほんとにわかってないな」
「はあ? なんでだよ?」
話をうまく進めてやろうと思って言ったのに、水無瀬にあきれ顔を向けられてむっとする。
「そんなことじゃ何回試験を受けても気象予報士にはなれないよ」
憎まれ口をたたく水無瀬。落ち込まずに前を向く部長に俺はほっと胸を撫で下ろしていたのだが、もうちょっと優しくしてくれてもいいと思う。
「悪かったな。でもだったらなんで外に行くんだよ? いつもみたく室内で撮影してクロマキーを使って天気図を表示したほうがいいんじゃないのか?」
「だからそうじゃないんだってば。けど梅雨明けが近いからってのはいい線いってるけどね」
「そうじゃないってどういうことなんだ?」
「わたしたちの動画配信を見てくれてる人は最近増えてるよね?」
「だな。もうすぐ五〇〇〇を超えそうだし。動画配信を始める前にはツイッターのフォロワーが三人だったってのを考えると増えてるってもんじゃないな」
「そだね。でもあの生徒会長はそれでもキボウ部を潰すって言ってるんだよ」
「高校の部活に限らず、動画の再生数が四桁に乗るってのは間違いなくすごいはずだ。活動実績って意味では飛び抜けてるはずなんだよな」
だから活動実績をどうこうしても意味はないんじゃないかと言外に告げたつもりだったのだが、水無瀬はふふと不敵な笑みを浮かべる。
「量だけじゃ足りないって言うんだったら、質で勝負するしかないよね」
「質……って、それが屋外で撮影することと関係あるのか?」
「外で撮れば室内で撮るより見映えはよくなるじゃん。アタシたちはちゃんとした照明を使ってないんだから、明るい外で撮影すると希ちゃんのかわいい顔がばっちり写って質が上がるってことに決まってるし」
怪訝な顔をする俺にツッコんだのは松本。わかりきったことを言うなと、ジト目を向けてきているが、「そうじゃないんだよ」と水無瀬が首を横に振る。
「違うの?」
「わたしが言ってる質ってのは、動画の内容を変えるってことなんだ」
「変えるってどういうふうに?」
フラットに訊ねた松本に水無瀬は少しだけ真剣な表情を浮かべてみせる。
「これまではさ、天気予報の話ばっかりしてたよね? 週末は晴れるでしょうとか、雨が降るでしょうとか。琴音ちゃんのアドバイスをもらったりして、天気に合わせてコーデの話を入れたりもしてたけど、軽い話題が中心だった」
「それで再生数が伸びてるんだからいいんじゃないの?」
「ううん、やっぱり量じゃないんだよ。わたしはもっと防災の話をしたいの。それがわたしの言ってる質ってこと」
「けど固い話をしたら再生数が逆に減っちゃいそうだけど……」
「いいんじゃないのか」
反論しようとする松本に俺が割って入った。
本人は誤魔化すけど水無瀬が気象予報士を目指したきっかけは、きっと小学生のときにあった『七・六豪雨』でじいちゃんを亡くしたこと。だったら気象予報士として防災に力を入れたいっていう思いは大切にしてやりたい。それがキボウ部を守ることにつながるというのならなおさらだ。
「難しい話をしても視聴者を飽きさせないようにするのは松本の仕事だろ? 動画のアドバイスをするために入部した副部長なんだしな」
いつだかの意趣返しをするようにニカっと笑いながら言うと、松本は唇を尖らせる。
「わかってるけど、でもセンパイにそんなふうに言われるとムカっとするんだけど?」
「松本がぐだぐだ言うのが悪いんだろ。自分に与えられた仕事はしっかりしろよ」
「ああっ、もうっ! わかったわよ、プロでもできないような防災の話をできるように組み立ててあげるから! それでいいんでしょ?」
「琴音ちゃん、ありがと」
俺と松本のやり取りを目を細めて眺めていた水無瀬は頷く。
「ちょうどそろそろ梅雨が明けて、台風シーズンが来る前だからタイミング的にはばっちりだと思うんだ。よろしくね?」
「でもこれでうまくいったとしてもキボウ部は残せるのかな?」
松本が髪の先をいじりながら寂しげにつぶやくと、
タンっ――
軽快な音を響かせて水無瀬が立ちあがった。
「大丈夫。きっとなんとかなるよ」
口の端を上げてニッと笑うその姿は俺の知っている水無瀬だった。
強引に、マイペースに、なんでもなんとかできると信じ切っている。
「ま、どっかの誰かさんみたいにぐじぐじいじけてばっかりいてもしょうがないし」
「誰のことだよ?」
つられて笑う松本に俺がツッコむ。
「自分でわかってんじゃん?」
「やっぱり俺のことなのか?」
「一真以外にいないもんね」
水無瀬も調子にのってたははと声に出して笑う。
「それが一真の役割だからな」
来栖も丸眼鏡の奥で瞳を細めていた。
「ったく、俺には広報担当という役割があるんだからな」
俺がわざとらしくため息をつくと、部室に響く笑い声はより大きくなるのだった。
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