第4章 寝耳に水の初試験(9)
「気象予報部って……ああそうか、この部の正式名称はそんなんだったな」
水無瀬を筆頭にみんなキボウ部と変な略し方をするもんだから、つい本当の名前にすぐ反応できなかった。
「部の名前すらピンとこないって、やっぱりその程度ってことなのよね」
唇に人差し指を当ててうんうん頷く名倉。
「なにを一人で納得してんたよ?」
「すぐにわかるから」
「なにが?」
怪訝な顔をする俺に構わず名倉は「部長に話したほうが早いから」と部室を見回す。
「部長の水無瀬希はわたしだけど。どうかしたの? あっ、わかった。わたしが気象予報士試験に合格したことを聞いたんでしょ? それでお祝いに来てくれたんだね?」
「へえ、気象予報士試験に合格したのね。たしか難しい試験なのよね?」
水無瀬は松本から身体を離して名倉の前へと歩み寄る。
「七回も受けたから粘り勝ちって感じかな。でもこれでキボウ部の活動もますます勢いが出ると思うんだ」
殊勝な態度を見せる水無瀬に名倉は「そのことなんだけど」といったん言葉を区切る。栗色のボブカットの先を耳にかけて、水無瀬の瞳をじっと見つめる。
うまく読み取れない表情に首を傾げる水無瀬に向かって名倉は、
「気象予報部は今学期末で廃部になります」
感情のこもっていない冷たい声音でそう告げた。
「はいぶ……? はいぶってあの廃部?」
「あの、とか、この、とか言われてもわからないけど、とにかく廃部よ。この部はなくなるということ」
「そっかあ………………ってどういうことっ?」
「生徒会は勉強合宿を新規のイベントとして今年度実施するの」
ようやく事態を理解して水無瀬が声を荒げるが、名倉は事務的な口調を崩さない。
勉強合宿という言葉を聞いて俺は思い出していた。キボウ部の合宿届を生徒会室に提出しに行ったときに名倉が勉強合宿をしたいと言っていたのを聞いた覚えがある。たしか当時の生徒会長に「予算がないから、お前が生徒会長になったらやれよ」みたいなことを言われていた。
晴れて生徒会長になって自分のやりたいことをやってるってわけか。
「勉強合宿をやるための予算が足りないからキボウ部を潰して、そっからお金を回そうっていうことか?」
横から口を挟むと名倉はふっと口元だけで笑う。
「そういうこと。小野寺くんは物分かりがよくて助かる」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 一真はどっちの味方なのっ?」
微笑む名倉と目を吊り上げる水無瀬。
「どっちの味方か……。俺は無理やり水無瀬に引っ張り込まれてこの部にいるんだよな」
「やっぱり、生徒会長の味方をするんだ?」
「違う、そうじゃない。たしかに入部したてのころだったら、そうしたかもしれない。勝手に帰ろうとしても帰らせてくれないし、週末も気象台に行くとか言って強引に部活させられて、正直面倒くさいだけだった」
「……それは、ごめん。ちょっと強引だったかも」
「ちょっと?」
「かなり、かも」
「自覚してんのかよ?」
申し訳なさそうに肩をすくめる水無瀬に俺は「だけど」と笑いかける。
「いまは後悔してないぞ、キボウ部に入ったこと。水無瀬に連れてこられなかったら俺はきっと気象のことなんてなにも知らないまま毎日を過ごしてた。気象のことだけじゃないな。一生懸命になにかをするってことがそれなりに楽しいってことにも気づかなかったと思う」
言いながら恥ずかしくなって次第に俺は早口になっていた。
黙って俺の話を聞いていた水無瀬は小さく頷くと、
「聞いたでしょ? わたしたちはちゃんと活動してるの。一学期が始まったころは職員会議でも活動実績がないって問題になってたのは知ってるけど、いまは違うから」
名倉に堂々と告げた。
対する名倉はけれど表情を微動だにしない。
「私は別に活動実績がどうのこうの言うつもりはない。ただ決定事項を伝えに来ただけ」
そういうことだから、とだけ付け足すと振り返って部室をあとにした。
「……なんなの? なんでなの? せっかく予報士になれたのに。これから本格的に防災にも力を入れようと思っていたのに……」
力なくつぶやいて両手で顔を覆う水無瀬。
そんな姿なんて見たくはなかったけれど、どう声をかければいいのか俺にはわからなかった。




