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第4章 寝耳に水の初試験(4)

 博多駅前で高速バスを降りた俺たちは地下鉄に乗り換えて試験会場となる大学に向かった。実は地下鉄に乗るのは初めてで先の見えない線路を進む列車にドキドキしたのだが、イヤホンを耳に突っこんで鼻歌交じりの水無瀬に気づかれなくてホッとした。

 地下鉄にビビったなんてバレたら、変なからかわれ方をするに決まっている。

 大学の校門でどこかの気象予報士スクールのチラシを受け取って、俺たちは構内に入った。大学に来るのは初めてであまりに広さに迷いそうになったが、勝手知ったるって様子の水無瀬のあとについてどうにか試験が行われる校舎までたどり着いた。

「いよいよだね? 準備はできてる?」

「たぶん。まずは学科一般だからな。せいぜい学科の一つしか通らないだろうって来栖からみっちりたたき込まれた科目だからなんとかなるような気がする」

 キボウ部に入るまで当然知らなかったけれど、気象予報士試験は大きく分けて三つに分かれている。マークシート式の学科一般と学科専門、それに実技。実技といっても気象キャスターの真似ごとをするってわけではなくて、筆記式のペーパーテストだ。

 来栖から教えられたのは、これから始まる学科一般。大気の構造だとか、雨が降る過程といった文字通り気象の世界での一般知識が問われる。

「麻帆は厳しかったでしょ?」

「何度も逃げようかと思った」

「だよね。わたしも勉強を始めたころはずっと麻帆に教わってたんだけど、教えてって頼んだことを後悔したもんね」

「ほんとだよ。課題が次から次に出されるし。同じ問題を間違うと『ふざけているのか?』って冷たい目を向けられるし」

「うんうん、わかる。でもさ、なんで逃げなかったの?」

「へ?」

「キボウ部に入ったのだってわたしが強引に誘ったからなのに、面倒な試験勉強から逃げようって思わなかったの?」

「水無瀬がそんなことを言うのかよ?」

 俺が嫌々ながら入部したきっかけをつくったことを自覚していながら、そう訊ねる神経が理解できない。

 ただ、俺自身もなんで試験勉強を続けたのかよくわからない。部費で受験料を出したからというのが表向きの理由ではあるけれど、それにしたって無駄にしたとしても俺の知ったことじゃない。

 でももしかすると――単純なことなのかもしれない。

「悪くないでしょ? なにかに熱くなるのって」

 無邪気に白い歯を覗かせる水無瀬に心のうちを見透かされた気がして俺は顔を背ける。

「暑いのは今日の気温だけでいい」

 早々と梅雨入りした鹿児島と違って福岡はここ数日晴れが続いている。地表にたまった熱が朝から上がってきてじんわり汗がにじんでくる。

「あっ、もしかして熱いと暑いをかけたの? ちょっとそれはどうかな? 親父ギャグを言うには一真はまだ若いと思うけど」

「そんなつもりじゃないから! さっさと中に入るぞ」

「うん、がんばってね」

「え?」

「だってわたしは実技試験だけだから」

「は?」

「だから前回の試験で学科は二科目とも合格したから今回は免除されて、昼からの実技だけなんだよ」

「そうなのか?」

「もしかして知らなかった?」

「……全然。だけどようやくわかった。来栖が俺の今回の試験の目標は学科一般の合格だって言ってた理由が」

「今日で学科一般に合格したら次は学科専門と実技の勉強に専念できるからね。だいたいの人はそんな感じで少しずつ合格していくんだよ」

「どうりで学科専門と実技はひと通りの勉強しかしなかったんだな……」

「ま、そういうわけだから、がんばってね。わたしは空き教室でゆっくり参考書の復習をしとくから」

 なるほど……バスの中で水無瀬が参考書を開こうともしなかった理由がようやくわかった。会場に着いてから昼までじっくり時間があるからだったのか。余裕があるのかと思って、俺もそれにつられてバスの中では眠っていたのに。こんなことなら少しでも復習しとけばよかったと思うけど、後悔している場合じゃない。

「……じゃあ行ってくる」

「ファイトだよ!」

 胸の前で両手でガッツポーズする水無瀬に見送られて俺は試験会場へと向かうのだった。


□  ■  □


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