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第4章 寝耳に水の初試験(3)

 試験当日の早朝。まだ夜が明けきる前に、俺と水無瀬は鹿児島中央駅前のバスターミナルに集合して、高速バスに乗り込んだ。

 気象予報士試験が行われる全国六会場のうち、鹿児島から一番近いのは福岡。新幹線ならあっという間なのだが、移動費はさすがに生徒会の予算からは出ないので、こうしてバスを利用することにしていた。高速バスの座席は路線バスのものよりはるかに心地よくて、バスが出発して間もなく俺は眠りに落ちた。

 のだが、

「一真、走るよっ!」

 トイレ休憩のためにバスがどこかのサービスエリアの駐車場に止まったのと同時に、水無瀬が俺の手を引いた。

「……なんだよ? トイレなら一人で行ってくれよ」

「トイレじゃないから! それに女の子にそんなことを言うのはデリカシー不足だよっ!」

 なにやらいつも以上にテンションが高い水無瀬。ぷくっと頬を膨らませている。

 試験を受けるということで気持ちが高ぶっているんだろうか。なんでもいいけど人を巻き込むのはやめてほしい。早起きしたから俺は眠いんだ。

「早くしないと売り切れちゃうよ!」

「売り切れるってなにが?」

「メロンパンに決まってるでしょ」

「決まってるって言われても知らんけど」

「プレミアムメロンパンだよっ!」

「いや、だから知らないんだけど」

「いいから、とにかく早く行くよっ!」

 あまりの勢いで水無瀬がまくし立てるもんだから周りの乗客たちがなにごとかとこちらを見ている。

「しょうがねえな」

 俺は水無瀬にげんなりした顔を向けてやりながら腰を浮かべる。周りの人たちに迷惑をかけたくないし、なにより注目されていて居心地が悪い。メロンパンなんて食べたくはなかったけど、俺は仕方なく水無瀬とともにバスを降りてメロンパン売り場へと向かった。

「なはっ、ほんとにきれいな色してるね」

 売り場へ駆けこんだ水無瀬は無事にお目当てのプレミアムメロンパンを入手して満足そうに微笑む。太陽に向かってメロンパンを掲げている。

「早速食べてみようよ?」

 待ちきれないとばかりに大きく口を開く水無瀬に俺はこくり無言で頷く。

 買うつもりはなかったのだが、あまりの水無瀬もしつこさに負けて俺もしぶしぶメロンパンを買っていた。

「いただきます」

 がぶり頬張る水無瀬につられて俺も一口かじる。

「……甘い」

 オレンジ色のパン生地は正直、その辺で食べるものとほとんど変わらない。けれどメロンクリームが極上だ。思わず口に出したように甘いのだが、甘すぎない。全然しつこくないから、またすぐに口に運びたくなってしまう。気づけばあっという間に完食していた。

 水無瀬も唇の端についたクリームを舌先でなめとって恍惚の笑みを浮かべている。

「ほんとにおいしかったね」

「不覚にも感動してしまった。水無瀬に強いられることはつらいことばっかりだから、このメロンパンもそうなのかと思っていたけど間違いだった。こんなことならもう一個買っておけばよかった。っていうか、いまから行ってくる」

「えーっ、一個しか買ってなかったの?」

「あんまり食欲がなかったからな」

「もしかして試験を受けるから緊張してるの?」

「……悪いかよ?」

 唇を尖らせる俺に水無瀬は「あはは」と笑う。

「なに笑ってんだよ?」

「だってわたしが勝手に試験に申し込んだから一真はやる気ないのかなって思ってたんだけど。でも緊張するってことは少しはやる気があるってことでしょ?」

「理由はどうであれ、せっかく受けるからには結果を残したいって思うのは当然だ」

「そだね。ごめんね、笑っちゃって」

「いいけど……。でも水無瀬は緊張しないのか? 何度も受けてたら今度こそって思うんじゃないのか?」

「たしかにね、でもやるべきことは全部やったからね」

 毎回そうなんだけどね、とペロッと舌を出す水無瀬。おどけた表情をしているけれど、その瞳は澄んでいて、しっかりと前を見据えているように感じた。失敗しても諦めないで、しかもその失敗にも向き合えてるんだろうな。すごいなと思うと同時に失敗を恐れてばかりいる自分のことが恥ずかしくなってしまう。

「もう一個メロンパン買ってくる」

 だから水無瀬に背を向けたのだが、

「もうバスが出る時間だよ。もう戻らなくちゃ」

「走ればなんとかなるだろ」

「あと一分しかないから無理だってば。じゃあわたしが余分に買った分をあげるから、それでいいでしょ?」

「余分って、お土産にするつもりだったんじゃないのか?」

「お土産じゃなくて昼ごはんと帰りのおやつのつもりだったんだけど、あと八個残ってるから一個ぐらいならいいよ」

「八個って……。どんだけ食べるつもりだったんだよ」

「試験は夕方まであるからね。ちゃんと糖分取らないと頭が働かなくなっちゃうし」

「それにしても多いとは思うけど……まあもらえるならありがたくもらうよ」

「うん、じゃあそういうことでバスに戻るよ」

 そう言うと、水無瀬は楽しげに大きく腕を振りながら歩き始めた。


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