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第3章 海も山も全部ある(10)

 昼前まで遊び倒した俺たちは水無瀬のじいさんの軽トラに乗って民宿へ戻っていた。

 行きと同じように俺が助手席で、水無瀬たちは荷台。南の島の陽射しは思っていたよりもずっと強くて肌がじんじんする。こんなことならちゃんと日焼け止めを塗っておくべきだった。

「ずいぶん楽しそうだったね。集会所の中まで声が響いていたよ」

 肌を手でさすっていると、水無瀬のじいさんが嬉しそうな表情を浮かべていた。

「楽しいと言えば楽しかったですけど、水無瀬……じゃなくて、希さんにはなんかずっと振り回されっぱなしなんですよね」

「希ちゃんがつくった部活だって言っていたね」

「はい、女子高生気象予報士になるのが目標だとかで、そのために部活をつくったらしいです。人を巻き込むことはないと思うんですけど」

「まあ、あの娘がマイペースで強引なのは小さなころから変わらないからね」

 苦笑するじいさん。祖父にすら強引と言われるってことは水無瀬は生まれたときからいろんな人に迷惑をかけてきたらしい。

 荷台のほうからは水無瀬の声に続いて松本の悲鳴みたいな声が聞こえてきた。きっとまた水無瀬が突拍子もないことを言ったんだろう。

 バックミラー越しに様子を窺っていると、

「でもあの娘が元気を取り戻してくれてよかった」

 不意にじいさんが声を落として俺は視線をじいさんに向ける。窓越しに射す陽が皺だらけの顔の陰影を濃くしていた。

「元気を取り戻したってどういうことですか?」

「そうか、君は高校に入学してからの付き合いだったね。だったら知らなくて当然だな」

「なにかあったんですか?」

「……なに大したことじゃない」

「そんなふうに言われたら気になるんですけど」

 俺が食い下がるとじいさんはバックミラーで後ろの様子をチラと窺って小さく咳払いする。

「あの娘が小学五年生のころだった。梅雨の終わりごろに、本土で大雨が降ったのを覚えているかね?」

「小五のころ……」

 鹿児島では梅雨になれば毎年のようにどこかで大雨が降る。だから小五のころと突然言われてもすぐには思い当たらなかったが、記憶をたどると、「七・六豪雨」と呼ばれている大雨のことを思い出した。俺が住む鹿児島市にはほとんど影響はなかったけれど、大隅半島で大きな被害が出たとテレビのニュースで見た覚えがある。被災者を励まそうと俺が通っていた小学校でも折り鶴をつくって被災地に送った。

「たしかにありましたね」

「鹿児島では人柱が立たないと梅雨が明けないと言われているけれど、あの年もまさにそういう年だった」

 神妙に言葉を紡ぐじいさんに俺はごくりと唾をのみ込む。

「あの大雨が希さんと関係あるんですか?」

「あの娘の父方の祖父の所でちょっとあってな……」

「っ……!」

「その後、しばらくふさぎ込んでいたんだ。島に遊びに来てもつまらなそうな顔ばっかりしてたよ」

「そんなことがあったんですか」

 いつだって我が道を行くって感じの水無瀬からはまったく想像がつかない。いまだって軽トラの荷台で松本や来栖とケラケラ笑っているし。

「希ちゃんが元気になったのは、気象予報を勉強するって決めてからなんだよ。だから高校生になって部活までつくってがんばってるって聞いて嬉しいんだ。合宿って言ってほかの部員の人たちも島に連れてきてくれたしね。ほんとに来てくれてよかったよ」

「いえ、俺はなにもしてませんから」

「それでいいんだ。希ちゃんは強引で振り回されるだろうけど、支えてやってくれよ」

 軽トラはちょうど民宿にたどり着いて、水無瀬のじいさんはにかっと笑うと、先に車を降りた。思いもしていなかった話を聞いて俺はしばし呆然とする。

 ――女子高生気象予報士って格好いいでしょ。

 たしか水無瀬はそんなことを言っていた。あいつの性格を考えると、気象予報に興味を持つ理由としてもっともらしいと思っていたけど、そうじゃなかった。想定外のことを耳にして動けずにいると、コンコンと助手席の窓がノックされた。

「一真、どしたの?」

 窓の外では水無瀬がきょとんと首を傾げていた。

 じいさんから話を聞いて、これからどう接するのがいいんだろうかと頭を悩ませていると、

「あっ、わかった! わたしたちの水着姿が頭から離れなくて立てなくなってるんでしょ?」

「違うからっ!」

「ほんとかな? 顔、真っ赤だよ」

「水無瀬がおかしなことを言うせいだからな。……でも変なことで悩む必要なんてなかったな。水無瀬は水無瀬なんだから」

「なんの話をしてるの?」

「なんでもない」

 車から降りると、俺はからかう笑みを浮かべる水無瀬の横をすり抜けて民宿へと向かう。

「お昼ご飯はそうめん流しだって。ほらそこに準備してるからね」

 声につられて視線を向けると、民宿の庭に丸いそうめん流しの機械が準備されていた。

「お腹ペコペコだね」

「あれだけはしゃいだら腹が減るのも当たり前だ」

「だよね」

 ふいに海のほうから吹いてきた風が民宿を囲う広葉樹を揺らした。その風に背中を押されるように水無瀬は軽快な足取りで俺を追い越す。

「早くしないとそうめんなくなっちゃうからね」

 こちらを振り返ってそう言うと、あははと笑うのだった。

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