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第1章 ようこそキボウ部へ(3)

 水無瀬に連れて行かれたのは部室棟の二階。階段を上っていくつかの部屋を通り過ぎて倉庫と書かれた部屋の前も通過してたどり着いた一番隅っこの小さな部屋だった。

「ごめんね、遅くなっちゃった」

 水無瀬は扉を開けると、部屋の中央の長机に置いたノートPCでなにやら作業をしていた女子生徒に声をかけた。

「問題ない」

 制服のブレザーの上から白衣を羽織った小柄な娘はノートPCから顔を上げて水無瀬に答える。フラスコの底を切り取ったような丸眼鏡をしているけれど、その不格好な眼鏡をしていても整った顔立ちが目を引いて、つい見とれてしまう。

「あっ、一真、麻帆には手を出したらダメだからね」

「出さないから! それに『には』ってどういうことだよ? 俺は誰にも手は出してないぞ」

「あっ、そうだったね。ごめんね。一真はわたしのブラを凝視してただけだったね」

「ほう、こいつはそんな男なのか。覚えておくことにしよう」

 眼鏡をくいっと持ち上げる女子生徒。その奥で眼光が鋭くなったような気がして俺は水無瀬に抗議する。

「ほら、変な誤解を招くからちゃんと訂正してくれよ」

「えー、事実は事実なんだけどな。でも少ない部員同士仲良くしてくれない困るから、ちゃんと紹介しとくよ。この娘は来栖麻帆。わたしの同い年の幼馴染。ちなみに麻帆はものすごく記憶力が良くて一度聞いたことは忘れないから」

「間違ったことは忘れたほうがいいぞ」

 来栖は俺の忠告に怪訝そうな表情を浮かべて水無瀬に顔を向ける。

「希、この男は何者なんだ?」

「小野寺一真くんだよ。わたしたちの部に入ってくれるんだって」

「入らないといけないんだろ?」

「別にわたしは強制するつもりはないよ。けどもし入ってくれなかったらどうなるかわからないけどね。あっ、そういえば最近、部活の一環でツイッター始めたんだよね」

 強制するつもりはないと言いながらも水無瀬は空恐ろしいことを平気な顔をして告げる。入部しなかったら俺がブラを見ていたことを全世界に発信するつもりなんだろうか?

 まあ……しかしここまで来ておいて、なにも聞かずに回れ右するつもりはない。

「そろそろこの部がなんなのか教えてくれないか?」

「ちょうど麻帆がいま作業をしてるから、こっちに来てくれる?」

 来栖の後ろに立ってタオルで髪やら服やらを拭いていた水無瀬が手招きしてくる。

 作業とはなんだろうと首を傾げながら俺が隣に並ぶと、水無瀬はノートPCの画面を指さす。

 そこに映っていたのは――天気図だった。

 ただ不思議なのはそれが一つだけじゃないこと。

ノートPCの画面は四つに分割されていた。テレビのお天気コーナーででよく見るような単純に見えるものと、あと三つの図が表示されている。

なんか点線とか実線がぐるぐると引かれていてよくわからない。

「天気図だよな?」

「そうだよ。一目見てわかるってことは、やっぱり一真を誘って正解だったみたいだね」

「いや、天気図ぐらい誰でも知ってるって。でもなんで四つもあるんだよ?」

「なにを驚いているんだ? 地上天気図だけを眺めていたってなにもわからない。上空の風や渦度や鉛直p速度が記された高層天気図のほうが気象予報にはむしろ重要だ。四つじゃ足りないぐらいだ」

 来栖がさも当たり前のことを言うかのような口調で答えてくれたがさっぱり理解できない。

 上空の風ぐらいまでは言葉が頭の中で意味をなしたけど、そのあとはもはや日本語とは思えなかった。

 鉛直p速度? 渦度? あのぐるぐる回る渦となんか関係があるのかとか考えていると頭がぐるぐるしてきた。

 そんな俺を見て水無瀬が苦笑する。

「いきなり言われてもわからないよね。麻帆は小学生のときに気象予報士の試験に通った天才だから許してあげて」

「気象予報士って天気を予報する気象予報士か?」

「そだね。ほかの気象予報士はないね」

「そりゃすごいな。合格率って相当低いって前にテレビで見たことがあるけど、しかも小学生のときに合格するなんて……」

「だが史上最年少合格ではなかった。あと半年早く勉強を始めていれば……」

 来栖は親指の爪を噛みしめて苦渋の表情を浮かべるが、

「まあそれは運命みたいなもんだからしょうがないよ」

 取りなすような口調で水無瀬が言うと、慌てて顔を上げた。

「すまん、希。余計なことを言ってしまった」

「ううん、だいじょうぶ。もう気にしてないから」

「なんの話かわからんけど、要するにこの部は科学部みたいなもんなのか?」

 俺が口を挟むと水無瀬は「ふっふっふ」と不敵に笑う。

 「そんな甘っちょろいもんじゃないよ」と言いながら服を拭いていたタオルを長机に置くと、部屋の前のほうへと進む。

 もったいぶるかのようにゆっくり時間をかけて黒板の前にたどり着くと、くるりとこちらを振り返って人差し指をピンと立てた。


「この部はね──気象予報部。人呼んでキボウ部だよ」


「なんかビシッとかっこつけてるところに悪いんだが、人呼んでなんて言うけど俺はそんな部があるなんて初めて聞いたんだけど」

「だよね……」

 冷静に俺がツッコむと水無瀬はがっくりと肩を落とす。

「もともとこの部はわたしが気象予報士試験の勉強をするためにつくったんだ。だから部員もわたしと麻帆しかいないの。ゆくゆくは気象予報の発信もしていきたいとは思ってるんだけど、なかなかわたしが試験に合格できなくてね。そこまで手が回ってなかったんだよね」

「試験ってのは難しいんだろ。だったらしょうがないんじゃないか」

「そうなんだけど、でも最近、なんの活動もしてなくて部員も少ない部を存続させるのはいかがなものかって意見が職員会議で出たらしくて」

「それで俺を強引に誘ったってわけか」

「そう。というわけで一真をキボウ部の広報担当に任命します。小説書いたり動画配信したりしたことがあるっていうからちょうどいいでしょ?」

「断ったら?」

「この青い鳥さんに一真の秘密を伝えるよ」

 スマホを起動させてツイッターのアイコンを指さす水無瀬。どうあっても俺を入部させたいらしい。

「なんで部にこだわるんだよ? 水無瀬がやってることは部活じゃなくてもできるんじゃないのか?」

「そうかもだけど、部活のほうがかっこいいでしょ」

「そんな理由で人を巻き込まないでほしいんだが?」

「諦めろ。希は一度言い出したことを曲げることはしないぞ」

「そうそう。わたしは一度やるって決めたことは絶対に諦めないの」

 来栖の援護を受けてますます勢いづいた水無瀬は「これがキボウ部のアカウントだから」とIDとパスワードの書いた紙を俺に手渡してくる。

「ったくほんとに強引だな」

 悪態をつきながらも俺は紙を水無瀬から受け取ってしまう。

 なぜならキボウ部だなんて変な略し方はともかく、高校で気象予報をする部なんて楽しそうだと思ってしまったから。なんかでかいことができそうだなんて思ってしまった。

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