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第3章 海も山も全部ある(7)

 黙って歩き始めた来栖。俺たちも無言で目配せし合うとそのあとに続く。五分ほど緩やかな坂道を上ると、視界が一気に開いた。道沿いに木の柵が並び、柵の中では牛たちが草を食べている。

「あれって……」

 のんきな牛たちを眺めて視線を徐々に遠くに向けると、そこには表面がごつごつした山がそびえていた。赤茶けた山肌が強い陽に照らされてくっきりとした陰影を刻んでいる。

「火山だよ。御岳って言うんだ」

 水無瀬に言われてあらためて目を凝らすと、山頂からうっすらと灰色の雲のようなものが流れているのが目に付いた。でも火山ってことは、雲じゃなくて火山灰なんだろう。

 鹿児島市に生まれ育った俺にとって火山の噴火は日常茶飯事のこと。桜島の火山灰がどちらに流れてくるかでその日一日の過ごし方が変わるから、天気予報の最後に流れる桜島上空の風向きを見るのは欠かせない。

 でも桜島以外の火山の噴火を見るのは初めてのこと。当たり前に思っていた自然現象でも、いつもと違ったシチュエーションで見ると不思議な気分がする。

「年によって違うんだけど、日本の火山で噴火回数が一番多いのはこの御岳なんだよ。じゃあここからは麻帆、お願いね」

 御岳を仰ぎ見る水無瀬に来栖が頷く。

「この島が無人島になったのはあの山のせいだ。いまから二〇〇年ちょっと前に文化噴火という大噴火が起こったんだ。当時の島民はみんな島外に避難して、それで無人島になった」

「その避難を誘導したのが藤井富伝って人なの?」

 訊ねる松本に来栖はゆっくり首を横に振る。

「避難ってのはそんな簡単なものじゃない。たった一人のヒーローがいれば命を救えるなんてのは映画や小説の中だけの話だ」

「……そうだよね」

 ぽつりとつぶやいたのは水無瀬。山のほうに顔を向けたままだから表情は見えなかったけれど、声の響きがどこかさみし気だったのは気のせいだろうか。

「藤井富伝というのは、無人島になったこの島の再入植を主導した人だ。奄美大島から来たそうだが、七〇年も無人だった土地を再び住めるようにしたのは大変なことだったはずだ。そんなわけで、さっき見たように石碑が建てられたらしい」

「へえー、すごい人がいたんだね。センパイもヤラシイことばっかり考えてないで人の役に立つことでも考えたほうがいいよ?」

「うっさいな。俺はヤラシイことなんて考えてないからな」

「はいはい、わかりました。口だけじゃなくて行動で示してくださいね?」

「棒読みで言うなよ。絶対に思ってないだろ?」

 ケラケラ笑う松本になにも言えず、俺は天を仰ぐ。視界の端では夏を先取りしすぎた入道雲が大きく育っている。

「さてと、そろそろ戻ろっか?」

 大きく伸びをした水無瀬がくるりと振り返って微笑む。

「だな。軽く夕立も来そうだしな」

 頷く来栖に松本も同意する。

「さんせーい。雨に濡れたらまたセンパイに背中を凝視されちゃうし」

「見ないからな!」

「そっか、一真は見ようとしなくても見ちゃうんだね。悪いことをさせちゃうのは気が引けるからやっぱりさっさと帰ろっか」

「まったくお前らは……。人のことをなんだと思ってるんだよ?」

 嘆息する俺に構わず水無瀬と松本は楽しげに言葉を交わしながら坂道を下り始める。共通の敵がいれば仲良くなりやすいというけど、あの二人にとっては俺がそうなのかもしれない。松本と出会ったころに俺が松本を水無瀬から守ってやろうだなんて思っていたことが、滑稽に思える。

「ぼさっとしていると降り始めるぞ。南の島の夕立は激しいからな」

「来栖は俺の味方でいてくれるか?」

「味方とはなんのことだ? バカなことを言っている暇があれば足を動かせ」

 あきれ顔を向けてくる来栖。すぐに顔を正面に戻して水無瀬たちを追い始めたその背中に俺も続くのだった。


□  ■  □


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