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第3章 海も山も全部ある(6)

「おじいちゃん、ただいま!」

「希ちゃん、久しぶり。また大きくなったね」

 民宿に着くなり水無瀬はおじいちゃんのもとへと駆け寄った。

 しかしじいちゃんとかばあちゃんはなんで会うたびに「大きくなったね」と言うのだろう。小学生ぐらいならたしかにしばらく会わないうちに大きくなるんだろうけど、高校生にもなれば、そうそう見た目は変わらないと思うんだが。

「部活の合宿なんだって?」

「そうなんだよ。せっかくだから荷物を置いたらちょっとこの辺りを散歩してくるね」

「それがいい。お友達に島を案内してあげるんだよ」

「うん、晩御飯までには帰るからね」

「そうかい。暗くなるまでには戻るんだよ」

 水無瀬とおじいちゃんのそんなやり取りを経て、俺たちは荷物を部屋に置いて島の散策に出ていた――のだが、

「いいのか? 勉強するための合宿なんじゃなかったのか?」

「これも大事な勉強だよ。本土と島とは気候が違うからね。その違いを肌感覚で体験しておかなくちゃ答えられる問題にも答えられなくなっちゃうしね」

「うわ、それ完全にいま考えたことだろ?」

「おっ、一真も言うようになったね?」

 わざとらしく目を丸くしてにかっと笑う水無瀬。

「文句は初めて会ったときから言ってたぞ。水無瀬が聞いてなかっただけだろ」

「そうかな?」

「ほんとお前の耳は都合がいいよな」

「そだね。耳は都合がいいよ」

「なんだよ、その言い方? 都合が悪い部分でもあるのか?」

 あきれ顔を向けると水無瀬は「内緒」といたずらっぽく笑って、たたたっと駆け出す。船の中でかいだ柑橘系の香水の香りがふわり漂ってくる。島の高温の空気が香水を蒸発させているんだろう。船の中にいたときよりもはっきり感じられる。あのときより不快じゃないのは、船酔いがようやく収まったからだ。

「これ見てみて?」

 水無瀬は道端にしゃがみこんで小さな石碑を指さす。

「なんなの?」

 興味深そうな表情を浮かべているのは松本。動画撮影のときに使う金髪のウィッグが夏を感じさせる陽の光をきらきら反射させている。

「藤井富伝さんの功績をたたえる石碑だよ」

「誰それ? 有名な人なの?」

「ちゃんと勉強しろよ。学校で習ったはずだろ」

「習ってないし」

 俺がツッコむと、松本は青いカラーコンタクトを着けた瞳でこちらをぎろりと睨む。

 うっ……。軽くからかうだけのつもりだったのに、ギャルっぽい格好をしている松本に睨まれると怖い。が、こうなってはあとに退けない。退くのはかっこ悪すぎる。

「聞いてなかったんじゃないのか?」

「絶対に習ってない。アタシはこれでも学校の成績はいいんだから」

「ほんとか? その格好で言われても説得力はないけどな」

「人を見た目で判断するなんて最低なんですけど? でもそこまで言うからにはセンパイは誰なのか知ってんでしょうね」

「知らん」

「なに胸張って言ってんのよ……」

「知らないものは知らないんだからしょうがないだろう。俺はこう見えて学校の成績はよくないからな」

「それも誇るところじゃないし。ほんと、センパイって変わってるよね」

「そうだな。変人と言われるぐらいじゃないと世に名を成すようなことはできないからな」

「センパイは変人じゃなくて変態だから」

 苦笑いを浮かべた松本はけれどすぐに「あっ」とつぶやくと背中を隠すように両手を身体の後ろにまわす。

「見てないでしょうね?」

「は? なんのことだ?」

「だからっ、アタシのブラ見てないでしょうねって訊いてんの!」

「ああそういうことか。黒だったな」

 バチンっ――

 思わず素直に口にしてしまった次の瞬間、松本の平手が俺の右頬を打ちつけた。

「……いてえな」

「勝手に人のブラを見るほうが悪いんだし!」

「白い服を着てるほうが悪いんじゃないのか?」

「痴漢はそう言ってすぐに自分を正当化しようとするんだからたちが悪い」

「痴漢じゃないからな? 俺は見ようとしたわけじゃない。ただ見えただけだ」

 それに合宿中には海にも行くと水無瀬から聞いている。海に行くとなれば当然水着姿になるわけで。そうなればどうせいま以上に見えるものは見えるはずだ。俺の合宿の楽しみはその一点に尽きる。

「まあその辺にしておけ」

 顔を真っ赤にしている松本に諭すように言って来栖が俺たちの間に割って入ってきた。

「きっかけは藤井富伝だったな。自分が説明してやる」

「こういう説明は麻帆のほうが得意だもんね。よろしくね」

 俺と松本のことをにこにこ見守っていた水無瀬に来栖は頷いてみせる。

「一真も琴音も知らなくても不思議じゃない。学校の郷土学習でも十島村の歴史なんて習わないからな」

 だから言ったでしょうとも言いたげな松本はこちらに鋭い視線を向けてくるが、俺は気づかないふりをする。

「この諏訪之瀬島っていうのは、二〇〇年ほど前に一度、無人島になったんだ。こっから先はもうちょっと先に進んでから説明する」

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