第3章 海も山も全部ある(3)
日はとっくに沈んでいた――なんてレベルじゃない。
キボウ部の合宿の集合時間に指定されたのは、ゴールデンウイーク初日の午後十時。場所は鹿児島港南ふ頭。こんな時間だというのに意外と人けはある。
俺たちが乗る「フェリーとしま2」は小さな島々を巡るフェリーだが、それでも大型連休の初日ということもあって観光客や帰省客がそれなりにいるらしい。
「来ていたか」
あくびをかみ殺しながら周りの様子をうかがっていると、来栖に声をかけられた。
「昨日の夜から水無瀬からのメッセージが止まらなかったからな。サボったら連休明けになにをされるかわからないから仕方なくだ。……ってなんで来栖は白衣を着てんだよ?」
「白衣が正装だからに決まっているだろう。自分たちが泊まるのは希の親戚の民宿だが礼を失するわけにはいかない」
余りまくった袖をひらひらはためかせる来栖。白衣を着てるほうがびっくりするというか、失礼なことなんじゃないかと思わなくもない。
「水無瀬たちはまだなのか?」
「忘れ物があるからコンビニに寄ってから来るそうだ」
「島にはコンビニはないって言ってたもんな」
「コンビニどころか信号すらないからな」
「マジか……。だったら島の子どもたちは交通ルールをどうやって覚えるんだよ」
「年に何回か本土から警察官が来て講習をしているらしい」
本土から行くってことは普段は警察官もいないのか。南海の孤島っていうのはこういう所のことを言うんだろう。
「その代わりヤギはたくさんいる。ヤギ汁は意外とうまいぞ」
「食うのかよ……。なんか臭そうで嫌だな」
「一真は食わず嫌いしすぎなんじゃないのか? キボウ部にだっていやいや入ったはずなのに、こうやって合宿にも来てるわけだし」
「……別に食わず嫌いってわけじゃない」
「だったらなんなんだ?」
「それは……」
問われて俺は答えに詰まる。
来栖の言うようにキボウ部に入るのは嫌だった。部活なんて俺がしたいことじゃないと思っていた。だから高校二年になるまでなんの部にも入っていなかった。キボウ部に入部したきっかけは間違いなく水無瀬のせいなんだけど、逃げようと思えば逃げられたはずだ。
それがこうして貴重なゴールデンウイークを潰してまで合宿に参加することになっている。
その理由がなんなのか、あらためて問われると困る。
「わかったぞ」
パンと手をたたいて来栖がこちらを見上げてくる。
「わかったって?」
「一真が合宿に参加する理由だ」
「え? 俺にだってよくわからないんだが」
「なにを言っている。そんなの単純なことだろう――自分たちの水着姿を見たかったんだろう?」
「違うからな。来栖まで水無瀬みたいなことを言うなよ」
「そう慌てるな。思春期の男子にとって女子のそういう姿を見たいという欲求は自然なものなのだから恥ずかしくなんてないんだぞ」
冷静に言われると逆に恥ずかしいからやめてほしい。
「お待たせ」
どうしたものかと押し黙っていると、水無瀬と松本が大きなキャリーバッグを転がしながらこちらへとやってきた。入り口のあたりで合流したのだろう、新田先生も二人に続いている。
「忘れ物ってなんだったんだ?」
「女の子にそんなことを訊ねるなんて一真はほんとにデリカシーがないな」
俺にジト目を向ける水無瀬。はあとため息をつきながら、ショートパンツのポケットからなにやら取り出して俺に示してみせる。
「これだよ」
「……トランプ、だよな?」
「見ればわかるでしょ」
「デリカシーうんぬんの話はなんだったんだ? トランプぐらい素直に見せればいいだろ?」
「だから見せたでしょ。わたしが言ったのは一般論だから。これから四日間、一緒に生活するんだからちゃんと気を遣ってよね」
「……はい、気を付けます」
慣れつつあるとはいえ、水無瀬の理不尽さにうなだれていると、水無瀬たちはタラップのほうへと向かっていた。どこまでも振り回されている気がする。
「センパイ、行くよ?」
「小野寺くん、乗り遅れたら次の船は二日後だよお」
松本と新田先生の手招きに俺は力なく頷きを返してあとに続いた。
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