第3章 海も山も全部ある(2)
生徒会室に行くのは初めてのことだったけれど、扉を開いて最初に受けた印象は、なんかガラッとしている、だった。
キボウ部に限らずいろんな部から部費の申請なんかを受け付けているわけだから、もっと書類が雑然としているかと思っていたのだが、意外にもすっきりしている。
「どうかしたの?」
イメージと現実のギャップに思わず立ちつくしていると、扉のそばの席に座る三年の女子生徒に声をかけられてしまった。
「いえ、すいません。なんかきれいな部屋だなって思って」
「もうすぐ代替わりの時期だからね。最近、片付けたんだ」
ゴールデンウイーク明けに生徒会長選挙があるとホームルームで担任が言っていた気がする。自分には関係ないと思って全然聞いてなかったけど。
「なにか用事があったんじゃないのかな?」
「あっ、はい。すいません。合宿届を出しにきました」
「ちょっと見せてもらえるかな」
俺が合宿届を手渡すと三年の先輩はそこに書かれていることをじっくり確認し始めた。
手持ち無沙汰になった俺はなんとはなしに生徒会室を見渡す。
さっき聞いたように書類はほとんどなくて、数人の生徒会役員も仕事っていうか雑談をしてるみたいだ。
「勉強合宿やりましょうよ。高校生活のいい思い出になると思うんですよ」
雑談の中、ちょっと違ったトーンの声で男子生徒に詰め寄る女子生徒の声が耳に入ってきた。
水無瀬と似た強引な響きにつられて目を向けると、そこにいたのは同じクラスの名倉美空。そういえば生徒会の庶務みたいなことをしてると教室で話していた気がする。詰め寄られているのはたしか生徒会長だ。
女子に強引に詰め寄られる男子というどこかで見覚えのある構図に思わず同情してしまう。
が、生徒会長は俺とは違ってしたたかだった。
「もう代替わりだから俺にはできない」
「ゴールデンウイークがあるじゃないですか。いまから企画すればなんとかなりますって」
「そもそも勉強合宿をする予算なんてない。うちは伝統的に部活に予算を重点配分することになってるから、生徒会独自のイベントをするお金はほとんどないって名倉にもわかってるだろ?」
「わかってますけど、でもなんとかなりますって」
「なんともならないんだよ。もしなんとかしたいんだったら、名倉がしてみろよ。生徒会長選挙出るんだろ?」
「……出ますけど」
「なんだ、自信がないのか?」
「自信だってありますよ。どうせほかに出る人なんていないんでしょうし」
生徒会長は「だな」と苦笑を浮かべる。
「選挙とは言ってるけど、実際は信任投票だしな」
「ちゃんとした選挙になってくれたほうが、予算配分のあり方とかを議論できるのに」
「信任投票でも同じことだよ。しっかりがんばれよ」
「……はい。やりたいようにやってみます」
名倉はうまいこと言いくるめられていた。
俺もあの生徒会長みたく水無瀬に言い返せたらいいんだけどな……。
「確認できたよ」
目の前の女子生徒に声をかけられて、俺は慌てて視線をもとに戻す。
「ちゃんと書けてるみたいだから、これで受理しておくね」
「はい、お願いします」
どうして俺が部の名代みたく頭を下げないといけないのか納得はいかない。でも代替わり目前の先輩に余計な仕事を増やしてしまったのが申し訳なくて、俺は丁寧に頭を下げてから生徒会室をあとにした。
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