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第2章 うろこ雲と厚化粧(12)

「とにかく、まずは一本撮るよ」

「そうだね。麻帆、予報はできてる?」

「ん。今週の天気は安定してるから簡単だった」

「データをクロマキーに映せる?」

「やったことはないけど、すぐにできるはずだ」

「じゃあそっちはお願い。出演するのは希ちゃんでよかったんだよね?」

「琴音ちゃんが出てくれるのがいいんだけど、出てくれないよね?」

「アタシはアタシのチャンネルがあるから。出演するのはそっちに専念したい」

「うん、わかった。じゃあわたしが出るよ」

「希ちゃんは画面映えしそうだしいいと思う。じゃあ麻帆ちゃんの予報を基に台本をつくっちゃおうか?」

「そだね。善は急げってやつだね」

 という具合には俺以外の三人は淡々と動画撮影の準備を進めていった。

 俺はというと、完全に手持ち無沙汰でぼけーっと窓の外を眺めるしかない。

 春の青空の端っこに波雲がゆっくりと流されている。俺には気象予報のことなんてさっぱりだけど、来栖が言っていたように崩れそうにない天気だった。

「センパイ、なにぼけっとしてんの?」

 ほうけたように空を見上げていると、松本に叱られてしまった。

「いや、なにもすることないから世界平和に思いをはせていたんだけど」

「意味わかんないし。さっさとカメラセットしてよ」

「スマホでいいんじゃないのか?」

「たしかに最近のスマホは高画質の映像が撮れるけど、せっかくいいカメラがあるんだから使わなくちゃ損だし」

「そうそう、せっかく部費を使って買ったんだからね。使わないと生徒会にも怒られちゃうし。そこの三脚にセットしてくれたらいいからね」

 松本に次いで水無瀬まで俺に矢継ぎ早に指示を出してくる。

 俺は一つため息をついてから言われるがままにカメラの準備を始める。

 一般家庭にあるものよりしっかりした見た目で少し値が張りそうだ。

 しかし使う予定もろくになかったころにカメラの購入を認めてくれるなんてうちの生徒会はわりと予算の執行に甘いんじゃないのか。そのせいで先生たちには活動実績を求められているんだろう。

 と、いうことはそもそも水無瀬がカメラなんて買わなければキボウ部がやり玉にあげられることはなくて、部員を増やす必要もなくて、俺が無理やり入部させられることなんてなかったんじゃないのか?

 やっぱりすべては水無瀬が無茶苦茶やったせいだ。そのせいで貴重な放課後や週末がこの部活に費やされてしまっている。

 でも――

「ここのセリフはもうちょっと軽い感じがいいと思う」

「そう? 天気予報って生活に関係することだから固めなのがいいかなって思うんだけど」

「でも見てもらわなくちゃ意味ないし」

「そっか……うん、そだね。じゃあ琴音ちゃんの言うように変えてみるよ」

 ああだこうだ言いながら台本を仕上げている水無瀬と松本。

「週末に向けては雨が降る時間帯もありそうだからそこはちゃんと触れておいてくれ」

「うん、わかった。せっかくの週末を楽しむためにおしゃれな傘を準備しましょう、みたいな感じかな?」

「アタシがさっき言ったのはそういうこと。そんなふうに軽めなのが絶対にいいし」

 来栖も予報の部分に口を挟みながら、徐々に台本は仕上がっている。

 ――なんかいいなって思ってしまう。

 なにかをしたくて、でもできなくて。

 気持ちが急くばかりだったそんなころを思い返すと、毎日が充実しているような気がする。

 なんてことを考えていると、

「センパイ、ちょっと顔がキモイんだけど」

「ほんとだ。美少女三人が話してるのを見られるのが嬉しいのはわかるけど、顔には出さないほうがいいよ?」

「一真だからしょうがない」

 いつの間にやら三人の目線がこちらに向いていた。

 前言撤回。まったくの間違いだった。

「ちょっと三人ともひどすぎないか?」

「事実だから仕方ないよね。わたしたちはこれから天気予報を伝えていくんだから、正確な情報を発信したいといけないんだから」

「事実じゃないからな?」

 目を見開く俺に水無瀬は「わかってるって」と微笑む。

「認めたくても認められないことってあるよね」

「だから違うって言ってるだろ!」

「琴音、一真のことは気にしなくていいからな。害はない」

「わかってるし。さっさと台本の続きしよ」

 来栖と松本が目を合わせると水無瀬もそちらに向き直って作業を再開した。

「……なんなんだよ、これ?」

 独り言ちると俺もカメラの準備を再開するのだった。

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