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第2章 うろこ雲と厚化粧(8)

「マジで?」

「だから言ったでしょ」

 ポカンと口を開く松本に水無瀬は得意げな笑みを返す。

「ほら、使って。この雨は長続きはしないけど、ちょっと強くなるよ」

「……ありがと」

 唇を尖らせながら松本は水無瀬から傘を受け取る。

 女の子にとって大きめなその傘はけれどデザインは洗練されている。ばさっと広がったエメラルドグリーンの背景が、水無瀬の言葉通りに金髪を映えさせている。

「……まだ帰るつもりは、ないのよね?」

 バツが悪そうに訊ねる松本に水無瀬は満面の笑みを返す。

「もちろん。琴音ちゃんがキボウ部に入ってくれるって言うまで帰るつもりはないよ」

「入るつもりはないって言ってるんだけど」

「知ってる。でもわたしは諦めないよ」

「…………」

 なにかを言いかけた松本は言葉を発する直前で口をつぐむ。

 視線を落としてスマホで時間を確認すると、

「配信を開始するって約束した時間だから始めるけど、絶対に邪魔だけはしないでよね」

「そんなことはしないよ。わたしは人に嫌がられることはしないって決めてるんだ」

 腰に手を当てて胸を反らす水無瀬。

 人に嫌がられることはしないなんて、どの口が言うんだ?

 無言でジト目を向けていると、

「一真、どうかした?」

「……なんでもない」

「あっ、わかった。美少女二人が話してるのを見て間に入りたいなって思ったんでしょ?」

「思ってないから」

「ほんと? でも一真も琴音ちゃんを説得するのを手伝ってくれてもいいんだよ?」

「俺はむしろ松本を救ってやりたいって思ってる」

「救うって?」

 きょとんと首を傾げる水無瀬。ほんとになにが問題なのかこれっぽっちもわかってなさそうだ。

「帰れとは言わないからちょっとだけ離れててくれる?」

 俺と水無瀬がしょうもない会話をしているうちに松本は撮影の準備を進めていた。自撮り棒に取り付けたスマホの画面を見ながら前髪を整えている。

「水無瀬、とりあえず離れとくぞ」

 俺の言葉に水無瀬は意外にも「そだね」と素直に従ってくれた。俺たちは来栖とともに松本から数メートル離れた桜の木の根元まで移動する。

「たっはー、雨じゃんね。せっかく屋外から配信する日に限って降るなんてサイアクなんだけど。でもでもっ、この傘良くない? なんかアタシのこの金髪を映えさせるために生まれてきた? みたいな」

 俺たちが離れたのを確かめて松本は動画配信を始めた。さっき俺たちと話していたときとは一八〇度違う華のある表情で軽快にレンズの向こうの視聴者に語りかけている。予想外だったはずの雨すらもツカミにするあたりにやっぱりセンスの良さを感じる。

 ちょっと前に降り始めた雨は目で見えるといっても大した強さではない。

 屋根のある所に避難している花見客はむしろ少数で、焼酎の飲みすぎですっかりでき上った酔客たちはがやがや宴会を続けている。

 木の下に入った俺たちにもほとんど気にならないほどの雨量だ。

 けれど桜は満開に花開いているのがあだとなったのか、雨粒に打たれた花びらがひらひらと散って春風に緩く流されていく。

 桜が終わるということはすぐに夏が来る。

 鹿児島の春は短い。四月も半ばになると学校にブレザーを着てくる生徒も少なくなってくる。

 しかし女の子が薄着になる季節は悪くない。暑いのはどちらかというと嫌いだけど、ずっとそんな季節が続けばいいのにと思う。

 そんなことを思いながら桜の花びらの行方をなんとなく目で追っていると、

「桜ながしだね」

 花びらが落ちるのに合わせたかのように水無瀬がぽつり漏らした。

「桜ながしって?」

「聞いたことない?」

「そうめん流しなら知ってるけど」

 ここ鹿児島では流しそうめんはなぜかそうめん流しと呼ばれている。竹を使って流すのはあんまりなくて、機械でぐるぐる回すのが主流だ。

「なにバカなこと言ってんの? 桜ながしってのはその名の通り、桜の花を散らしちゃう雨のことだよ」

「全然聞いたことないけど、どこの言葉なんだよ? 水無瀬が適当にでっち上げたんじゃないのか?」

「じいちゃんがよく言ってたんだよ。思い出すなあ……。いつもこの季節になると切なげに空を見上げていたのを」

 切なげに言う水無瀬の顔に浮かぶ表情は桜の花びらと空との境界みたいに淡くてよくわからない。

「ごめんね、変なこと言っちゃった」

 俺が境界をつかもうとしていると、水無瀬はすぐにいつもみたく「たはは」と笑う。

「いや、こっちこそ悪かった」

「別に謝ることないのに。でもたまにはデレる一真もいいから許す」

「デレてなんかいないからな! 人が下手に出るとすぐに水無瀬は強気になるからな」

「下手に出なくてもわたしはいつだって強気だよ?」

「自分でわかってるのかよ……」

「当たり前でしょ」

 なにを誇っているのかわからないが、水無瀬は大きく胸を張る。わかっているのなら、少しは俺の気苦労も察してほしい。

「配信、終わったみたいだぞ」

「ほんとだね。じゃあもう一回話してみよっか」

 来栖に頷くと水無瀬は松本のほうへと歩き出す。

 さっきの感じだと松本は入部なんてしてくれそうになかったけど、そう言っても水無瀬は聞いてくれなさそうだ。

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