第2章 うろこ雲と厚化粧(5)
紅茶がうまいということを知れたのはキボウ部に入ったメリットかもしれない。
翌日の放課後、逃げても無駄だと悟った俺は素直に部室に来ていた俺はそんなことを思っていた。水無瀬が「ちゃんと一人で来られて偉いね」とからかってきたあとに、紅茶を淹れてくれたのだ。
紅茶なんて気取った人間の飲み物だと思っていたから意識して飲んだことはなかったのだが、マグカップに口を付けると絶妙な甘みが広がった。
そうして動画配信の段取りを進めるように水無瀬に命じられた俺はこの日もヒントを得ようとノートPCの画面と向き合っていると、
「一真は女の子の出ている動画しか見ないのか?」
俺の隣に椅子を引いてきて来栖がモニターに目を向けていた。
「そんなんじゃないから。水無瀬が出るんだったら女の子が出る動画を参考にしようと思ってるだけだから。てか来栖はなにしてんだよ? いつもは予報してるんじゃないのか?」
「今日は希が予報をする日になってる」
「水無瀬がしていいのか? だってあいつはまだ予報士の資格持ってないんだろ?」
「予報業務の許可はキボウ部として受けている。だから自分がこの部にいる限り問題ない」
「許可って気象庁から受けてんのか?」
「当たり前だろう。ほかに誰が許可するんだ」
「そんな言い方すんなよ。知らないからしょうがないだろ。……しかし結構本格的なんだな」
来栖はけれど、ふるふると首を横に振る。
「実はそうでもない」
「ん? どういうことだ? わざわざ公的な許可まで受けてやるってことはちゃんとした予報なんだろ?」
「たしかにちゃんとした予報を出そうと思えば出せる。そのための許可だからな。でも自分たちがやっているのは予報というよりも解説に近い」
「解説と予報って違うのか?」
「そんなこともわからんとはな……。これは合宿でもする必要があるかもしれんな」
あきれたように言う来栖。合宿なんてされるとますます自分の時間がなくなるから絶対にやめてほしい。
「そんなことなんて言うけど、解説と予報の違いは俺だけじゃなくて普通の人は誰も知らないと思うんだが」
「予報というのは気温とか気圧とか風向とかさまざまなデータから文字通り天気を予測することで、解説はすでにできあがった予測をわかりやすく伝えることだ」
「解説なんて必要か?」
「必要だからやっているに決まっているだろう」
「だからそんな言い方をされてもわからないって」
俺の抗議に来栖は「まったく困ったやつだ」と嘆息して言葉を続ける。
「予報は対象となる範囲が広いんだ。鹿児島市は雨と言われても鹿児島市のどこで雨が降るかはわからない。けれどそれじゃあんまり役に立たない。だから自分と希がやってるのは、自分たちの高校の近くの天気がどうなるかをすでに出された予報を基に細かく分析することだ」
「そんなことができるのか?」
「かなり難しい。予報っていうのは対象となる範囲や時間が狭くなるほど難しいものだからな。だが不可能ではない」
来栖はPCに向かっていることが多いし、水無瀬はろくに理由を説明しないまま俺にあれをしろ、これをしろと言ってくるばかりだからキボウ部がなにをしてるのかよく理解していなかった。来栖の説明は難しくて全部を理解できたわけじゃないけど、少しはこの部がなにをしているのか見えてきた気がする。
顔を上げて水無瀬のほうを見やると、ノートPCの前でメモを取りながら作業をしている。
いつもおちゃらけたことばっかり言ってくるくせに、珍しく真剣な表情を顔に浮かべていた。
それに刺激されたわけじゃないけど、俺も作業に戻ろうとマウスに手をやると、横からじっとこちらを見つめる来栖の視線に気づいた。
「そんなに見られると気になって仕方ないんだが」
「気にするな」
「気にするなって言われてもな」
「自分は希から一真を監視しておくように言われたんだ」
「監視って……」
「学校のネットに接続したPCで変なサイトを見られたらそれだけで部がつぶされてもおかしくはないからな」
「見ないから! 変なサイトを見るなら家で見るから!」
「ほう、やはり家では見ているのか」
「ぐっ……」
思いっきり墓穴を掘ってしまった。来栖が淡々と言葉を紡いでくるものだからつい余計なことを口走ってしまった。ちらと横目でうかがうと来栖は丸メガネの奥でにやり笑っている。
このままじゃ話の流れが変になりそうだ。
離れた所で作業をしている水無瀬に気づかれるともっとややこしいことになるのは間違いない。こうしてはいられない。
慌てて次の動画を再生させると、松本の『ハープメロディ』チャンネルが画面に表示された。
そういえばあいつの下の名前は琴音って言ってたな。だからこのチャンネル名なのか。バレたら困るとか言ってたわりに安易なネーミングセンスだ。
「これが昨日、希と一真が会ったという娘か?」
「そうだな。学校でのあいつは全然違う見た目だったけど」
「というと?」
「きれいな黒髪で清楚そのものって感じだった」
「ほう、一真は清楚な娘が好みなのか」
「違うから! そんなことひと言も言ってないからな!」
「まあ一真の好みなんてどうでもいい」
変な話を振っておきながら来栖はほんとにどうでもいいとばかりに画面に目をやる。
「なるほど、自分はあまり動画サイトは見ないが、これはたしかに引き込まれるものがあるな」
「だよな。妙にテンポがいいんだよな。真似しようって思ってもこれは真似できない」
「ふむ。一真には期待できないし、キボウ部を存続させるためにはこの娘の協力を仰ぎたいな」
しれっと俺のことをディスる来栖。俺が頼りないということを否定できないのが悲しい。
『ハープメロディチャンネルはこれまでずっと家の中で撮影してきたんだけどぉ、今週末は甲突川のほとりから配信してみるねぇ』
画面の中では松本がひと際甘い声を出していた。
対照的に来栖はいつものように淡々と言葉を紡ぐ。
「甲突川か……。今年は桜が少し遅かったから週末が見ごろかもな」
「たしかにそうだな」
俺たちの高校からもほど近く、鹿児島市中心部を流れる甲突川河畔には五〇〇本もの桜が植えられ、毎年この季節になると大勢の花見客でにぎわう。地元の精肉店がコンロごと貸し出すバーベキューも人気で、花が目的なのか肉が目的なのかわからないけど。




