第2章 うろこ雲と厚化粧(2)
「とにかく動画配信をやるなら出演するのは水無瀬だ」
「男子高校生の気象予報とかマニアックな人気が出そうだけどな」
「変な人気はいらないから」
「ほんとにいいの? 男子高校生でいられるのは一生に一度のことなんだよ?」
「それを言うなら女子高生でいられるのだって同じことだし」
「女子高生なんてありふれた存在なんだから希少性を追求しようよ」
「人口比で言ったらほとんど同じだからな?」
「そういう細かいことばっかり言ってるとモテないよ?」
「はいはい、どうせ俺はモテませんよ」
なおもぶつくさ言う水無瀬に適当に答えながら俺は参考になりそうな動画を漁る。
「ん? なんかこれ妙に再生回数が多いな」
検索ワードを気象予報士から女子高生に変えてポチポチやっていてたどり着いたチャンネルに俺の指は止まった。
『ハープメロディ』と銘打たれたチャンネルは派手目のメイクをした金髪のギャルっぽい女の子のもの。メイクのせいなのか、年上に見えるけど概要欄には女子高生だと書かれている。
動画の内容はというと、身の回りであったことをだらだらと話すだけ。ただ、なんというかものすごくテンポがいい。きっと編集がうまいんだろう。
撮影場所はたぶん自分の部屋なんだろうし、話していることにも変ったことはないけど、そのテンポの良さについ引き込まれてしまう。
そうしていくつかの動画を眺めていると、
「へえ、一真はこんな娘がタイプなんだ」
水無瀬が頬杖をついてにやにや笑っていた。
「違うって。特に変わったところはないのに再生回数が多いから気になっただけだ」
「照れなくてもいいんだよ?」
「照れてるわけじゃないから」
「ほんとに?」
「ほんとだって。俺はどちらかというとギャルより黒髪ロングの清楚系のほうが好みなんだよ」
「そっか、一真は優しそうな娘がタイプなんだね」
……水無瀬に乗せられて、つい余計なことを口走ってしまった。
気恥ずかしさを誤魔化すために俺は一つ咳ばらいを挟む。
「なにか参考にできそうなところはないか水無瀬も見てみろよ」
「どれどれ……」
からかう視線を俺に向けていた水無瀬は顔をPCに向け直してモニターを眺める。
マウスを俺から奪ってカチカチやっていたが、
「あれ、いまのって?」
「どうかしたのか?」
「えっと、ちょっと待って」
赤いシークバーの上でマウスのポインタを行ったり来たりさせる水無瀬。
最近アップされたその動画は香水の新作をレビューするってもの。水無瀬は香水に詳しいとか言っていたから新作が気になるのか、真剣な表情で画面を覗きこんでいる。「なかなか難しいな」と微妙な調整を繰り返していたが、やがて目当ての箇所にたどり着いたらしい。
「やっぱりそうだった!」
パンと合わせた手のひらを口元に近づけて微笑む。
「なにを一人で納得してんだよ?」
「ここ見てくれる?」
一時停止させた動画の右上のほうを水無瀬は指さす。
そこに映っていたのは――壁にかけられた俺たちの高校の制服だった。白いシャツに紺のブレザー、チェック柄のプリーツスカート。
カメラが横に振られた一場面を停止したからブレてはいるが、間違いない。
「わたしたちの学校のだよね?」
「だな。リボンタイは山吹色だから一年か。でもこれだけ派手な見た目なら見かけてもおかしくはないはずなのに、俺は見た覚えがないぞ」
「たしかにそれはちょっとおかしい。女の子なら誰彼構わず凝視する一真が気づかないことはないはずだし」
「おい、しれっと変なこと言うなよ。俺は誰彼構わず凝視なんてしないからな」
「じゃあわたしのブラを見つめてたのはわたしが魅力的だったからなの?」
「それも違うからな! しかも頬を赤らめたりなんかするなよ!」
「もっと素直になってくれてもいいんだよ?」
きょとんと首を傾げる水無瀬。
こいつのペースに巻き込まれると全然話が前に進まないし、なんの話をしていたのかすら忘れそうになってしまう。俺は一つため息をついて頭を切り替える。
「もしこいつに協力してもらえたら再生数が伸びるかもな」
ノートPCの画面を指さす俺に水無瀬も顔を輝かせて頷く。
「やっぱり一真は動画に出たくないの?」
「出ない」
「じゃあわたしが出るってこと?」
「最初から俺はそう言ってる。来栖もそのほうがいいと思うだろ?」
たまには絡んでほしくてずっと一人で作業を続ける来栖に声をかけると、
「ああ、そうだな。……よく聞いてなかったけど」
目の前のモニターから目を逸らすことはしなかったけれど、返事だけはしてくれた。
「来栖もああ言ってることだし出演は水無瀬で決定な」
「麻帆は聞いてなかったけど、でもいつものことだしな。……わかった、出るよ。部室棟の片隅でくすぶってるだけじゃキボウ部をつくった意味なんてないしね」
唇を尖らせる水無瀬は「じゃあ」と動画を停止させたままの画面に目を向ける。
「この娘に協力してもらおうよ。やるからには全力でやりたいし、なにより一真のプロデュースじゃ心もとないし」
強引に入部させたうえに、いざなにかをするとなれば俺じゃ頼りないだなんて言う。
あれ、もしこの娘が代わりに入部してくれたら俺はいらないんじゃないか?
部活に顔を出さなくて済めば、気ままな放課後や週末が戻ってくる。
俺はいつかなにかを成し遂げる人間なんだから、こんななにをしてるのかわからない部活を続ける暇はない。
「よし、そうと決まれば早速探しに行くぞ」
「ありゃ、意外と乗り気なんだ? いつもみたくもっとなんだかんだと屁理屈をこねくり回すのかと思ってたけど」
「俺はやるときはやる男なんだよ」
立ち上がった俺に続いて水無瀬も部室の出口に向かうが、なおも怪訝な表情を浮かべている。
「ほんとかな?」
「ほんとだから。たまには俺のことを信用しろよ」
そう告げると、俺は水無瀬の脇をすり抜けて一年の教室へと向かった。




