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第2章 うろこ雲と厚化粧(1)

 春のぼんやりとした空にうろこ雲が浮かんでいる。

 部室の狭い窓から眺めているとゆっくり自由に流されているのがうらやましく思える。

 俺もなにも考えず、ただ風に流されていきたい。

「ちょっと聞いてる?」

 空を見上げて現実逃避をしていると水無瀬に叱られてしまった。

 気象台に行った週末が明けて月曜日。週末に活動したんだから代休があってもいいはずだと勝手に判断してこっそり帰ろうとしていたら昇降口で水無瀬に見つかって部室に連行された。

 俺はほそぼぞとツイッターを更新するだけの広報係だから家でもできるという主張は「みんなで活動することに意味があるの」とあっけなく斬り捨てられた。

 そんなわけで部活にいそしむことになったわけだ。

 この日の活動のテーマはツイッターのフォロワーをいかに増やすかというもの。

 テーブルにノートPCを広げて『フォロワー 増やす』とか『ハッシュタグ 人気 高校生』などと打ち続けながらいろんなサイトを覗いていた。

 といってもそんなのをいまさら見たところですぐに「これだ」っていうアイデアは思い浮かばなくて、俺は窓の外に視線を向けていた。

「だから聞いてるのって訊いてるんだけど?」

「聞こえてるから、そんな大声出すなよ」

「だったらちゃんとアイデア出してほしいんだけど」

「偉そうに言うなよ。俺が入部するまでフォロワーが三人しかいなかったのに、この週末で十六人になったんだぞ」

「三人も十六人も変わらないし。それに一真がやったのって、わたしと麻帆の後ろ姿を盗撮してアップしただけだし」

「盗撮って言うなよ! ちゃんと許可取っただろ?」

「アップする前にでしょ? ちゃんと撮る前に教えてほしかったんだけど」

「水無瀬も来栖も写真を嫌がったからいけないんだぞ。正面から取らせてくれたらフォロワーがもう一桁増えててもおかしくなかったのに。……せっかくお前も来栖も顔はいいんだから、使えばいいだろ」

「え? ごめん、なんか言った?」

 人には話を聞けてと言っておいてこの態度である。

 まあ勢いとはいえものすごく恥ずかしいことを言ってしまったので、聞き流されてよかった。

「わたしと麻帆がかわいいのはわかるけどさ、それを前面に出すのはちょっと違うと思うんだよね」

「聞こえてたのかよっ!」

「大声出さないでほしいんだけど?」

 ああ言えばこう言うし、俺はどうすればいいんだろう?

 来栖はいつものようにノートPCに向かってなにやらカチャカチャやってるし、誰か俺を助けてほしい。

「やっぱりツイッターだけじゃ限界があるのかな?」

「そりゃそうだろ。天気予報ならちゃんとしたサイトを見たほうが早いし正確だしな」

「だよね。だったら脱ぐしかないか――一真が」

「なんで俺が脱ぐんだよ? そんなの誰も見たくないし」

「うん、知ってる」

「そう突き放されるのもそれはそれで寂しいというか複雑な気持ちなんだが?」

「じゃあ脱いでみる?」

「冗談でもやめてくれ」

「もうっ、どっちなの? 優柔不断なのは一真のよくないとこだよ」

 相変わらず理不尽な水無瀬。頬をぷくっと膨らませて俺にジト目を向けてくる。

 その視線から逃れるように俺はテーブルの上に開いておいたノートPCのマウスを操作する。

 さっきまでの検索の続きをしようとして、検索窓に触れると、『気象予報士』って言葉が勝手に表示された。部室に備え付けのノートPCだから、水無瀬か来栖かが以前検索したんだろう。

 そういえば、気象予報士ってなんなのかよく知らないしな、とそのまま検索してスクロールさせた画面に俺の目が留まった。

「これはありかもな」

「どうしたの?」

 つぶやく俺の隣に水無瀬が身を寄せて画面を覗きこむ。

 鼻がすっとするような甘い香りが漂ってきて不意に胸が高鳴ってしまう。

 どぎまぎしたのに気づかれるとまたからかわれてしまう。俺はすっと身体を動かして水無瀬と距離を取る。

「なんでそっち行くの?」

「画面が見にくいかなと思って」

「ううん、だいじょうぶだよ」

「いや、それでもこのほうがいいだろ」

「どっちでもいいけど……まあいいや。で、なにか見つけたの?」

「ああ、これを見てくれ」

 俺は検索エンジンの動画タブをクリックする。

 表示されたのはずらりと並ぶ気象予報士による解説動画。

 ためしにいくつかクリックしてみると再生回数は万単位のものばかり。少ないものでも四桁はある。特に女性が出演しているものは高評価を受けている。

「俺たちに必要なのはこれだよ」

「動画配信ってこと?」

「そうだ。これなら気象予報を発信したいっていう水無瀬の思惑と、女子高生を見たいっていう世間のおっさんたちの願いが一致するからな。再生数は放っておいても伸びるはずだ。そうなれば活動実績が乏しいだなんて言われることもなくなるだろ?」

「でもわたしは気象キャスターになりたいわけじゃないし、動画やるなら一真が出てよ」

「なんでだよ? 男が出る動画なんて見ても面白くもないだろ」

「ううん、そんなことないよ。あの人キモいって人気が出るよ」

「お前、俺のことをキモいとか思ってたのか?」

 ツッコむ俺に「あっ」と声を上げて口元に手をやる水無瀬。

「いつもはそれほどじゃないけど、さっきおじさんたちが女子高生を見るのが好きだって熱く話してたのはちょっと本気でキモいと思ったかな」

「結局思ってるんじゃねえか」

「たはは、ごめんね」

 まったくそうは思っていなさそうな軽い口調で水無瀬。

「予報はわたしと麻帆でやるし、台本だって準備するから一真が出てよ」

「絶対に嫌だ」

「どうして? 前に動画配信やってたって言ってたよね?」

「やってはいた。だが一回だけだ」

「なんでやめちゃったの?」

「……いまはそのときじゃないと思ったからだ」

 実はひどく酷評を受けたからだなんて言えない。

 ゲームの話やら最近見たアニメの話やらをしたのだが、自分でも滑りまくっているのが話しながらわかった。それでもせっかくつくったのだからとアップした。ツイッターと連動させて導線は確保したし、動画のサムネイルや概要欄も流行りを押さえたから再生回数はそれなりにあった。

 だがコメント欄は荒れに荒れた。『なにがしたいのかわからない』なんていうのはマシなほう。『時間を返せと文句を言うのももったいないレベルのひどさ』とすら書き込まれた。

 自分で自分の限界をこれ以上見たくなくて俺は動画配信を封印した。

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