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ヒズみ  作者: かみきほりと
9/10

09 逃走ノ結末

 どういうわけか、連続紛失事件を含め、ここのところ続いていた不可解かつ不愉快な出来事は、すべて蓮貝の仕業だったという噂が、あっという間に広がった。

 その影響で、今まで犯人だと疑われていた四人には同情と謝罪が集まったのだが、僕に対して真っ先に頭を下げたのは、南条さんと姫月さんだった。


 南条さんは、日頃から全員の動向を注視しており、かなり早い段階から蓮貝が怪しいと目星をつけていた。

 それとは別に、蓮貝が集めてきた人員(バイト)が増えてきていることもあり、人員確保と接客で、店長が蓮貝にかなり甘いことを知っていた。

 更に、何故か二人は波竹智矢に対して対抗心を持っており、申し訳ないと思いつつも囮として放置していたらしい。

 その成果か、二人はどうせ最終的に波竹が全ての責任を負うのだからと、犯行が大胆になり、お陰でこれほどの証拠を揃えることができたと、感謝された。


 姫月さんは、裏方として南条さんに協力していた。

 機材操作が苦手な店長は、そういうのが大好きな姫月さんをよく頼っていたのだが、防犯カメラの管理も姫月さんに任せていた。

 とはいえ、店長の許可がなければ映像チェックはできない。

 メンテナンスの合間に確認するにしても時間がないし、そもそも違法行為になりかねない。

 結局、証拠の画像は、たまたま駐車場の一部が映り込んだ、店が管理していない外部の防犯カメラ映像を用意した。

 それも難しそうに思えるのだが、相手が理解のある方で、堅山さんと一緒にお願いしたら、あっさりと協力してもらえたらしい。


 囮にされていたことにすら気付かなかったのは、かなりマヌケな話だけど、これでえん罪が晴れたのならば一安心だ。

 とはいえ、これは僕にとって前哨戦でしかない。もう頭の中は、帰りのことで一杯になっていた。


 業務はちゃんと、いつも通りにこなせていたと思う。

 それでも、どこか精彩を欠いていたのだろう。


「う~ん、波竹さん、やっぱりお疲れのようですね。お顔の色も少し良くないみたいですよ?」


 蓮貝の離脱で急きょ呼ばれた堅山さんが、異変に気付いて心配してくれている。

 事情を知った堅山さんは、自分も犯人だと疑われていたこともあって、すごく感謝してくれたのだが、一番の功労者は南条さんと姫月さんだと説明しておいた。

 その姫月さんも……


「そうみたいね。後片付けは私たちがやっておくから、波竹さんは上がってもらってもいいですよ。今日はゆっくり休んでください」


 閉店作業中に、そう言ってくれた。


 正直に言えば帰りたくなかったし、なんなら、このまま徹夜でもしたい気分だったのだが、そういうわけにもいかないだろう。

 まだ体力と、正常な判断力があるうちに、帰ったほうがよさそうだ。


「お気遣い、ありがとうございます。申し訳ありませんが、お言葉に甘えて、先に上がらせて頂きますね」

「は~い、気を付けて帰って下さいね」

「また、明日ね」


 このまま無事に帰ることができて、また明日、みんなに会えたらいいな……

 何気ない挨拶なのに、二人の言葉が身に染みる。

 

「それでは、失礼します」

 

 二人の笑顔を心に留め、着替えなどを済ませると、覚悟を決めて店を出た。

 

 

 

 児童公園の近くを避け、大きく迂回しながら家路を急ぐ。

 自転車ならばあっという間なのに、徒歩なのがもどかしい。

 それに、どの公園が犯行現場なのかが分からないのも厄介だ。

 周囲に気を配りながら、どんどん道を進んで行く。

 

 この辺りには、他に公園らしきものは無かったはず……

 完全に日が落ちているが、店や街路灯、通り過ぎる車のヘッドライトなどの明かりがあるので、不自由はない。

 いつもは、もっと夜中でも平気で出歩いているのだが、今は風に揺れるノボリや街路樹でさえも、襲い掛かって来るように見えてビクッと身体に力が入る。

 周囲の足音にも敏感になり、後ろから誰かが近付く気配があれば、必要以上に脇に寄り、ポーチや携帯電話(スマホ)のチェックをするフリをする。

 一瞬でも早く危険を察知しようと必死なのだが、どう考えても、こちらのほうが不審者だと疑われそうだ。


 不意に電子音が流れ、身体が無意識に硬直する。

 聞き慣れた……というほどではないが、自分で設定した通話の呼出音だった。

 

 まさか電話からあのニュースが流れ始めたり、犯人から呼び出されたりしないかと警戒するが……、画面を見て困惑が深まる。

 相手は坂東結(ユイちゃん)だった。

 教育係をしてもらっていた時に、困ったことがあればと連絡先を交換してもらったのだが、結局一度も使うことがないまま今まで忘れていた。

 何の用だろうかと不思議に思いつつ、通話ボタンを押す。

 

「もしもし、波竹です」

「あ、あの、坂東です。いきなり電話をして、ごめんなさい。その、時間、大丈夫でしょうか?」

 

 さすがに彼女が犯人だとは思わないが、なんだか深刻そうな雰囲気を感じ、別の意味で緊張する。

 

「いま外で、家に帰ってる途中なんだけど、歩きながらで良ければ……。もしかして、何か重要な話?」

「う~ん、そうですね。簡単ですけど、重要な話……ですかね」

「なんだか怖いけど、聞かせてもらってもいいかな」

「はい、わかりました」

 

 ひと言、ふた言で終わる用件ならともかく、相談事なら歩きながらというのは危険だろう。そう思い、信号待ちをするフリをしながら、閉まった店の壁際に寄って立ち止まる。

 

「その、私……まだお店には言ってませんけど、バイトを変えようと思っていて、次のところからは、もう採用を貰っていて……」


 低賃金のまま沈みかけの船で苦労するより、環境や条件の良い場所へと移りたいと願うのは当然なのだが……少し後ろめたさがあるのだろうか。なんだか、とても言いにくそうだ。

 それに、なぜ僕に打ち明けるのかも気になる。

 考えられるとしたら、店の事で何か引き継ぐことでもあるのだろうか。

 ……と思ったのだが、その予想は大きく外れた。

 

「それでですね……、その募集をしてるのが、キュリエヴァリスの大幡新町店で、まだまだ募集をするようなので、波竹さんもどうかと思いまして」

 

 まさかの勧誘だった。いや、斡旋と言えばいいのだろうか。

 ともかく、ありがたい申し出なのは間違いない。

 とはいえ……

 

「喜んで受けさせてもらうよ。……でも、そんな募集、あったかな?」

「あー、それがですね、まずは経験者や技能のある人を、知り合いや同業者を通じて内々に募集してるらしいです。それで足りなかったら、求人広告を出すことになるって言ってましたよ」

「それ、僕で大丈夫かな。これといった特技はないし、経験者って言っても雑用しかしてない気がするんだけど……」

「その……勝手に話を進めて、ごめんなさい。南条さんも、波竹さんたちの事をすっごく心配されてたみたいで……。私がバイトを変える相談に行った時、その……四人の受け入れ先にならないかって逆に相談されて……」

 

 まさか南条さんが、そこまでみんなの事を考えてくれていただなんて思ってもみなかった。

 一瞬でも、店長(あちら)側の人かと疑ってしまったのを、申し訳なく思う。

 

「……その時、波竹さんが書かれた改善レポートのコピーを頂いて、それをあちらに見せたら、ぜひ会ってみたいって事になって……。その……話を進めても構いませんか?」

「もちろん。ユイちゃん、ありがとう。上手くいくか分からないけど、がんばってみるよ」

「はい。じゃあ、また連絡しますね♪」

 

 心なしか、坂東結(ユイちゃん)が嬉しそうなのが、こちらとしても嬉しい。

 がっかりさせないように、せいぜい頑張るとしよう。

 

「その話は、本当かい?」

 

 何故、こんな場所に……?

 全身を強張らせながら、声のした方へ視線を向ける。

 今さら聞き間違えるわけがない。

 いま一番会いたくない相手、蓮貝の姿がそこにあった。


 考えるまでもなく蓮貝は、現状で一番気を付けなければならない相手だった。

 とはいえ、この男が、自分の手を汚すとは思えない。

 余程追い詰められていれば別だろうが、狂信者たちを操って襲わせるほうが、彼らしいように思う。


「なあ、タケ。お前、超幸まぁと、辞めるのか?」

「ああ、お前のせいでな」

「だったら、もういいだろ?」

「どういう意味だ?」

 

 蓮貝は貼り付けたような笑顔を浮かべ、両手を前に出し、フラフラとゾンビのように近付いて来る。不気味どころの話ではない。狂気すら感じる。

 携帯電話(スマホ)をポケットに差し込み、ゆっくりと後ずさりながら、いつでも逃げられるように……簡単に捕まらない程度の距離を保つ。

 幸運にも、今のところ野次馬(ギャラリー)はいないが、こんな事が続けば、いずれ騒ぎになるだろう。

 せっかく穏便に済んだと思ったのに、警察沙汰にでもなれば、超幸まぁとにトドメを刺すことになりかねない。

 

「俺の代わりに、品物を盗ったことにしてくれよ……」

「馬鹿を言うな。イヤにきまってんだろ!」

「そう言わずにさ……、俺たち友達だろ?」

 

 目が濁り、焦点も定まっていないように見える。

 明らかに異常だし、それ以上に危険だ。


「その友達に、お前は自分の罪を被せるのか?」

「罪? 罪ってなんだ? 俺が何をした?」

「店の物を盗むのは、立派な犯罪だよ」

「馬鹿いえ、ほら、あれは正当な対価だ。……勘違い。そう、店長の勘違いなんだ」

 

 もう、言っていることも無茶苦茶だ。

 この場で説得できればと思ったが、正常な思考を放棄した相手では分が悪い。


「そう思うのなら、店長に直訴すればいいよ」


 もうあとは、店長と二人で好きにやればいい……と思ったのが、なんだか蓮貝の様子が変だ。


「うっせぇ……」

「……?」

「うっせぇんだよ! お前、何様のつもりだ? バイトの分際で俺様に意見するのか! お前は……、お前は黙って俺の指示に従えばいいんだよ!」


 何が癇に障ったのか、激昂した蓮貝が襲ってきた。

 点滅している歩行者信号を見て、咄嗟に走り出し、横断歩道を一気に突っ切る。

 直後に赤になり、車も動き始めたのだが、蓮貝は構わず追いかけてきた。

 いくつものクラクションが鳴る中、着実に足音が近づいてきている。


 学生の頃は、それなりに体力には自信があったが、ここのところ省エネ節約生活に慣れ切っていたせいか、思った以上に疲れやすくなっているようだ。

 それに加えて、寝不足で気苦労が多かった一日も影響しているのだろう。

 迫る腕をかいくぐり、脇道へと入る。

 すっ転ぶ蓮貝の姿がチラッと見えたが、同情するつもりはない。

 今のうちに……と全力で走り、ある程度距離が離れたところで、足音を殺して小走りになる。


(撒いたか……?)


 耳を澄ませながら、先を急ぐ。

 この辺りは住宅地になっていて、来ることはない。なので、道も分からないのだが、大まかな方向ぐらいは分かるので、それを頼りに進んで行く。

 今すぐアパートに帰りたい。でも……このまま帰っていいのだろうか。


 蓮貝は、僕を待ち構えていたようだった。

 店で調べれば住所ぐらいは分かりそうだし、アパートの近くで待ち構えている可能性がある。

 ……いや、分からないからこそ、あんな場所で待ち構えていたのだろうか。

 だめだ、まったく頭が働かない。


 もういい! 店の命運より、自分の身が大事だ!

 とにかくアパートに逃げ込んで、何かあれば警察を呼ぼう。


 住宅地を抜けると、見覚えのある道路に出た。

 かなりアパートに近付いたが、さすがにもう体力が持たない。

 どこかでひと息入れたいが、安全に隠れられる場所でもあればいいんだけど……

 角を曲がったところに小さな神社があるはずだ。そこなら隠れる場所も多そうだ……と思ったのだが、無人なのか思った以上に真っ暗で、中でジッと息を潜め続ける勇気はなかった。

 石柱には「奇原神社」と彫られており、横の立て札にはその由来が書かれていた。

 詳しく読むつもりはないが、その序文にフリガナが振られていた。


「これでクシハラって読むんだ……」


 せっかくだからと、異次元にでも繋がってそうな鳥居の奥の暗闇に向かって「どうか、僕をお救い下さい……」とお願いしつつ、奇原(くしはら)神社の前を通り過ぎる。


「あれ、波竹さん? そんなに慌てて、何かあったんですか?」

「えっ?」


 まさかと思ったが、芳乃さんだった。

 しかも、私服で化粧を施した姿だった。

 不思議に思ったが、今はそれどことではない。

 こんな所を蓮貝に見つかったら、彼女を巻き込んでしまう。


「本当にどうしたんですか? お化けにでも追いかけられてるみたいですよ」

「……似たようなもんだ。変な男に絡まれて逃げてきたんだ。危ないから、芳乃さんも早く帰ったほうがいい」

「それなら、いい隠れ場所を知ってますよ。そこでしばらく様子を見ましょう」

「いや、本当に危ないから……」

「いいから、いいから。それに私、波竹さんに話したい事もありますし」


 芳乃さんに誘導され、路地を抜けて広場に出る。

 立ったままヒザに手を置き、前屈姿勢で荒ぶる呼吸を繰り返す。

 その時……


「トモ、危ない! しゃがんで!」

「えっ?」


 頭では不思議に思いつつも、身体は反射的にしゃがんでいた。

 その頭上を、一筋の光が通り過ぎる。

 それが何かは分からなかったが、芳乃さんの憎しみに歪んが顔が見えた。

 ものすごい形相で睨んでいる。


「死ね!!」


 込められた殺意は、気のせいではなかった。

 明確に言葉で殺意を表明される。


 何が起こっているのか分からないままだが、尻もちをついて奇跡的に二撃目も避けることができた。だが幸運もここまでのようだ。

 早く立ち上がって、芳乃さんから離れないと……と思うのだが、金縛りにでもなったかのように、身体が上手く動かせない。

 

(これが、ラジオの呪い……?)


 ギュッと目を閉じて、顔をそむける。

 その直後、身体が何かに押し倒された。

 だが、重みはあっても痛みはない。

 それに、この匂いは……

 まさか……


 恐る恐る、目を開ける。


「……ミヤ?」


 すぐ近くに、苦痛に歪むミヤの顔があった。


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