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ヒズみ  作者: かみきほりと
8/10

08 紛失の行方

 いつものように裏口から、超幸まぁとの中へと入る。

 そこには何故か、バイトリーダーの南条さんがいた。

 業務中は滅多に近付かない場所だけに、少し不思議に思ったのだが、辺りをキョロキョロと見回し、何かを探しているようだった。

 他にもパタパタと複数の足音が聞こえてくる。


「こんにちは、南条さん。何だか騒々しいみたいですけど、どうしたんですか?」

「波竹さん、こんにちは。また紛失物があって、手すきの者が総出で探してますけど……。不審者とか、見ませんでしたか?」

「不審者……ですか? 裏口のほうには誰もいませんでしたけど、何が無くなったんですか?」

「タイムセールで提供する、目玉商品の高級肉です」

「えっ? ……それって大変じゃないですか。いくつ足りないんですか?」

「その……二箱、全部です」


 たしか昼の二時からだったので、あと一時間ほどしかない。


「じゃあ、ワゴンごと?」

「いえ、違いますよ」


 答えたのは姫月さんだった。

 姫月さんは「冷凍庫のほうは、やっぱり見つかりませんでした」と南条さんに報告し、僕への状況説明も買って出てくれた。


「では、姫月さん、お願いしますね」

「はい、説明が終わったら、波竹さんと捜索に戻ります」


 かなり参った様子の南条さんを見送ってから、急いで控室へと向かう。

 さすがに、これで遅刻になったら悲しすぎる。

 本来なら、着替える前にタイムカードを押すのが正しいのだが……

 ここでは休憩しつつ余裕を持って準備を整えることが推奨されており、自分のタイミングで労働を開始してもよい……とされている。

 要するに、着替えて万全の状態になってから、タイムカードを押してね……ということだ。

 いつもは鏡を使って自分でするのだが、今日は姫月さんに身だしなみをチェックしてもらい、OKをもらってからタイムカードを押す。

 

「ギリギリセーフでしたね」

「そうですね。助かりました。……それで、紛失の話を聞かせてもらってもいいですか?」

 

 南条さんに聞いた通り、タイムセールで提供する予定の高級肉が、段ボール二つまるごと消えたらしい。

 早めに冷凍庫から出して、解凍する手筈だったのだが、担当していた蓮貝(キング)が少し目を離した隙に、影も形もなくなったということだ。


「カーゴだったら目立ちそうですけど……」

「いえ、台車で運んでたらしいです」


 段ボールのサイズ的に、裏口から出るのは無理らしい。

 となると、運び出すには、商品搬入口か店内を通ることになる。だが……

 未来予告(ニュース)では、通路に放置されていると言っていた。

 裏口が通れないほどの段ボールなら、通路に置かれていたら邪魔になって仕方がないだろう。そんな物が放置されていても不審に思われない場所となれば、ある程度絞られる。

 でも、これで僕が見つけたら、それこそ怪しまれるだろう。

 姫月さんと一緒に冷凍庫の近くから探し直すことにしたのだが、すでにみんなが何度も確認したに違いない。困ったように姫月さんが呟く。


「やっぱり、ないですよね……。これだけ探しても見つからないって、やっぱり持ち去られたんでしょうか……」

「それなら、防犯カメラに映ってそうですけど……」

「そうよ! こういう時こそ、防犯カメラをチェックしないと!」

「たぶん、店長が真っ先に確認してると思いますけど……」

「この前のメンテナンスの時、ソフトのバージョンアップをしてもらったから、たぶん店長には使いこなせてないかも」

「こういうの、姫月さんが得意でしたね。見落としがあるかも知れませんし、もう一度調べるのもいいですね」


──業務連絡、業務連絡。焙煎担当は九番へお願いします。繰り返します。焙煎担当は九番へお願いします。……以上です。


 スピーカーから流れてきたのは、南条さんの声だった。


「焙煎担当って……何だろ。九番は休憩ですよね」

「捜索が始まる時に作られた符号なんです。焙煎はロースト、でロスト。つまり、捜索してる人は、休憩スペースへ集合ってことですね。私たちも行きましょう」


 まだ全然浸透していないようで、戸惑っている従業員を途中で拾いながら、休憩スペースへと向かう。


 南条さんや蓮貝(キング)を含め、十数人ほどが集まった。

 お客が少ない事もあり、売り場(フロア)からも応援が来ているようだ。

 こういう時こそ、倉庫主の茶中さんの出番だと思ったのだが、全ての手を休めるわけにはいかないので作業を続けているのだろう。


 かなりお疲れの様子の南条さんが、説明を始める。

 どうやら、もう一度状況を整理し、今後の対応を考えるそうだ。


「蓮貝さん、できるだけ詳しく、荷物が消えた時の様子を話してもらえますか?」

「ああ……、冷凍庫から売り場(フロア)裏に運んでる途中、電話がかかってきて、通路脇に寄せて少し離れたんだ。ほんの数分で戻ってきたんだけど、その時には無くなってて、周りを探したけど見つからなかったんだ」

「その、正確な場所を覚えていますか?」


 壁に掲示されている簡易マップのパネルに近寄ると、かなりフラフラと指を彷徨わせた末に、青果作業室の前、その少し脇辺りを指差す。

 もう少し進めば目的の場所──売り場(フロア)裏なのに、なんでそんな場所に放置したのかと思うが、たぶん私用の電話だったのだろう。

 当然、南条さんは、電話の内容を追及する。


「ああ、それはアレだ……。そう、波竹から今日は少し遅れるかも知れないって、連絡があったんだ」


 なぜか蓮貝(キング)は、僕の名前を出した。

 要するに「いいから俺を助けろよ!」って事なんだろうけど、冗談じゃない。

 気付かないふりをして即座に否定し、南条さんにロッカーのカギを差し出す。


「僕、キングの連絡先、知りませんし、遅れそうな時は店の電話に掛けますよ。僕の電話を調べてもらってもいいです。シャツの胸ポケットに入ってますので」


 若い女性が、首を傾げながらボソリと呟く。

 売り場(フロア)から応援に来た人だ。


「あれ? 波竹さんが商品を失くしたって聞きましたけど?」

「俺がいないと何もできない、本当に手のかかるやつだ……って」


 それに、もうひとりも加わる。

 二人は蓮貝(キング)の信奉者だが、どうせまた蓮貝(キング)が、自分に都合のいい事を吹き込んだのだろう。


「詳しく聞かせてもらえますか?」


 南条さんが問い詰めると、二人はまるで僕が悪いかのような口調で、蓮貝(キング)の言葉を話してくれた。

 他人を貶めて、自分のイメージに金化粧を施すのが、蓮貝の常套手段なのだろう。彼の言葉を純真に信じた彼女たちは、生じた矛盾を受け止めきれず、不思議そうに首をひねりながら、驚きの解釈を披露した。


「要するにあれですね。電話で注意を惹いている間に、波竹さんが持ち去ったってことですよね?」


 さすがにこれは、シャレにならない。

 こんな調子で噂が広まれば、後で間違いだと分かったところで、僕の悪評を完全に消すのは難しいだろう。


「何を言ってるんですか。僕は、ついさっき出勤したばかりですよ?」


 裏口から入ってきたところを南条さんが見ているし、シフトでもそうなっているのだから、犯人だと疑われることもないだろう……と思ったのだが、蓮貝(キング)の狂信者たちは執拗に疑い続ける。

 そこへ茶中さんがやってきた。

 フラッと立ち寄ったという感じで、南条さんに話しかける。


「ちょっと失礼するよ。南条さん、例のブツ、見つかったよ。いま、店に出せるよう準備をしてもらってる」

「……ほんとうですか? その……それで、間に合いますか?」

「多少、解凍にムラがあっけど、店に出す頃にはいい塩梅になんじゃないか」


 それを聞いて安心したのか、南条さんは倒れるように椅子に座る。

 それで息を吹き返した蓮貝(キング)は、さあこの件は終わったとばかりに、手を叩き……


「皆さんのおかげで無事にタイムセールが行えます。ご協力、ありがとうございました。この勢いで、景気よく売り上げを伸ばして行きましょう」


 などと調子のいいことを言って、様々な疑惑をうやむやにしたまま、焙煎担当たちを解散させた。




 わざわざ客が一番少ない時間帯にタイムセールを仕掛けるのは、かなり不思議だったのだが……

 その理由は、周辺のライバル店がやってないからという単純なものだった。

 セールを渡り歩く客は、セールの時にしか来店しないし、目が肥えているので、他の商品を見てもライバル店よりも一円でも高ければ、買おうとしない。

 このような奇襲で、固定客が増やせるかどうかは甚だ疑問だが……

 それは別として、高級肉がお得に、しかもお手頃価格で買えるとあって、ものの十分ほどで売り切れてしまった。

 たかだか四十パックしかないのに、瞬殺じゃないところが、この店らしいと言えるが……それでも大盛況と言ってもいいだろう。


 騒動もあったが、無事にイベントを乗り切ったことで、従業員たちはホッと胸を撫で下ろす。

 そんな中、僕は、何だか沈痛な面持ちの南条さんに呼ばれ、一緒に店長室へと向かうことになった。

 これで、いい報せな訳がない。

 このタイミングで店長に呼び出されるとしたら、この騒動が関係しているに違いない。それに、僕が呼ばれたとなると……

 今回の騒動の犯人に仕立て上げられ、クビを宣告されるってことも十分にあり得る。これは、覚悟を決める必要がありそうだ。

 もちろん、全力でえん罪を晴らすための覚悟だ。


 南条さんは、コンコンコンと扉をノックする。


「店長、波竹さんをお連れしました」

「ああ、入ってくれ」

「失礼します」


 中には、店長の他に、蓮貝(キング)もいた。

 和やかそうな雰囲気に見えたのだが、それも一瞬の事で、二人して厳しい表情をすると、こちらを見つめる。


「波竹智矢です。何か御用でしょうか?」


 一礼して、真っ直ぐ店長を見つめる。

 なんだか店長のほうは、少し困惑が入り混じっているように見える。


「あー、なんだ。波竹くん、今回の騒動は知っているか?」

「詳しくは分かりませんけど、あらまし程度なら皆さんから聞かせて頂きました」

「そうか……、それで、ぶっちゃけ、誰が犯人だと思う?」

「えっ? 犯人? ……って、キング……蓮貝さんがどこかに置き忘れただけで、無事に見つかったのでは?」


 その反応に、ガックリと肩を落とす店長。

 代わりに南条さんが説明をしてくれた。

 

 実は、紛失したものは見つからず、仕方なく店のストックを放出したらしい。

 お客様をガッカリさせてはいけないという、茶中さんの提案だった。

 もちろん、ちゃんとした高級肉で、客に文句が出ない程度のものを使ったのだが、セール価格の三倍で売られているものだけに、大赤字となった。

 でも、それは問題じゃない。……いやまあ、それも大問題なのだが、肝心なのは、セール肉はどこに行ったのか……だった。


「蓮貝くんからは、波竹くん、君に任せたと言っているのだが、違うのか?」

「違いますよ。僕が店に入ったのは一時前ですから」

「……と言っているが、蓮貝くん、どういうことだ?」


 やはり、蓮貝(キング)が適当なことを吹き込んで、僕を犯人に仕立て上げようとしているのだろう。

 

「それはほら、早めに会社にきて荷物を運び出した後、何食わぬ顔をして出社したふりをしたんでしょう」

「僕に荷物を預けた時、僕は、どんな格好をしていましたか?」

「恰好? 指定の服に決まってるだろ」

「僕が出社した時、南条さんと挨拶をしましたよね」

 

 南条さんは、僕が裏口から入ってきたこと、その時のやりとり、それに加えて私服だったことも証言する。


「そんなもの、どこかで脱いで持ち込めば……」

「今日は僕、手荷物はポーチだけですから。とても服やズボンは入りませんよ」

「だったら、荷物と一緒に置いてきたんだろ」

「ロッカーを見てもらえば分かりますけど、着ている分と合わせて、支給された三着、ちゃんと揃ってますよ」

「中に着込んで……」

「僕の私服でそれをしたら、さすがに分かるでしょ。ちなみに、ロッカーの鍵は南条さんに預けたままですよ。……そう言えば、焙煎担当が集まった時、蓮貝さんは僕からの電話を受けて荷物から目を離したっと言ってましたけど、それって、どういう事なんですか?」

「あっ、そ、それは……」

「ちなみに、僕はそんな電話、掛けてませんからね。電話の履歴を見てもらえば分かります」

「そ、そんなもの、いつでも消せる!」

「あのですね……蓮貝さん。あなたは僕に荷物を預けたのか、僕から電話があって荷物から目を離したのか、一体どっちなんですか? もちろん、どっちも違いますけど……。あなたは僕を貶めて、一体何を企んでいるのですか?」


 自分でも、らしくない事をしていると思うが、こうなっては全力で無実を証明するしかない。

 寝不足で疲れていたり、後に命がけの帰宅が控えているだけに、かなり気持ちが昂っているのかも知れない。


 パンパンと手を叩いて、店長が言い争いを止める。


「これは困った。私は、商品だけでも戻ってくれば、それでいいんだが……」

「でしたら、防犯カメラを確認すればどうでしょうか。何度も確認したとは思いますけど、まだ見落としがあるかも知れませんし」

「あー、残念だが、これは一時間で上書きされるから、もう残ってないんだよ」


 薄々気付いていたが、やはり店長は蓮貝(キング)の肩を持つらしい。

 さほど残念がっておらず、その質問を待ってましたとばかりに答えたので、たぶん間違いないだろう。

 とはいえ、全部で何台あるのか分からないが、その全てを記録するとなったら、費用も馬鹿にはならないのだろう。だが……


「それでしたら、この前のメンテナンスで三時間に延長されてますよ。たしか、姫月さんが詳しいので、彼女を呼びますね」

 

 店長室だけに、防犯カメラをチェックしたり、従業員を呼び出したりする設備が揃っている。

 すぐに姫月さんがやってきて、映像のチェックが行われた。その途中……

 コンコンコンと扉がノックされる。

 

「店長、茶中です。ちょっといいですかい?」

「なんだ、入れ」

 

 茶中さんは、かなり沈痛な面持ちで部屋に入ると、落胆しながら報告する。

 

「例のブツ、見つかりました。……ゴミのコンテナに捨てられてました」

 

 かなり無念だったのだろう。歯を食いしばり、絞り出すようにそう言った。

 

──誰が、いったい何のために?

 

 疑問と困惑、それに疑心暗鬼が加わって、互いに視線を送り合った面々が、急いで確認しようと動き出す。

 それを、姫月さんの声が引き止めた。

 

「ありました。これですね」

 

 茶中さんも加わり、みんなでモニターを見つめる。その映像は……

 台車を押す蓮貝(キング)携帯電話(スマホ)を確認すると、急いで台車を動かし、荷物を放置して立ち去った。

 これで、僕に荷物を任せたという嘘がバレたわけだが、問題はここからだった。

 

 放置された場所が悪かったとしか言いようがない。

 そこは、廃棄物(ゴミ)搬出口の近くだった。

 つまり、ここでも蓮貝(キング)の嘘が発覚したわけだが……

 しばらくして現れた男が台車を押して、搬出口から出て行った。

 その人物は……

 

「これ、店長ですね……」

 

 つまり、店長がゴミだと思って、破棄したのは疑いようもないだろう。


「お…、お、お前が悪いんだぞ、蓮貝。お前が、あんな場所に置いておくから……。だいたい、青果近くって言ってたくせに、全然違うじゃないか!」


 狼狽した店長は、そこまで一気にまくし立て、皆が見ていることに気付いて、咳ばらいをして取り繕う。

 ギュッと目を閉じて暫く考え込んだ末、諦めたように大きく嘆息すると、茶中さんに指示を出す。

 

「まだ傷んじゃいないだろ。回収して、今日の従業員(スタッフ)に騒動のお詫びってことで、一パック五百円で持ち帰ってもらってくれ。あっ、税別でな」

「はい。その様に、手配いたします」

 

 さすがに、一度はゴミとして捨てられたものを、お客に売りつけるほど堕ちてはいないようだが……

 売り物にならないのなら、破棄を減らす為にも従業員に配ってしまえというのは、この店長にしては真っ当な解決策だとは思うが、タダではなくお金を取るっていうのも、なんともこの店長らしい。

 

 

 

 茶中さんが退室後、部屋には重い空気が充満する。

 恐らく二人は、僕に罪を擦り付けて解決を図ろうと思っていたのだろう。

 だが、その企みは完全に潰えた。

 逆に、このことを公表しないよう、お願いという形で命令してきた。

 

 なんだろう……

 南条さんが、かなり深いため息の後に、キリッと引き締めて顔を上げる。

 

「この件は、これで終わりにしましょう。ですが、いい機会です。近ごろ多発している紛失の件についても、話し合いましょうか」

 

 そう言うと、厳しい表情で僕を見る。

 

「その紛失に、波竹さんを含む複数名が加担しているという疑惑がありますが、何か申し開きはありますか?」

 

 これでは、完全に犯人扱いだ。

 さっきまで、普通に接してくれていたのに、いや、むしろ好意的だと思ったのに、この豹変はさすがに悲しくなる。

 

 店長から犯人だと疑われていると、事前に姫月さんたちから聞いていなければ、大いに狼狽えていたところだが、こちらとしてもいい機会だ。

 疑われ続けるよりは、ここでハッキリさせたほうがいい。

 とはいえ、勝算はない。

 姫月さんを頼りにしたいところだが……

 なにか策がありそうだったが、下手に巻き込んで計画を台無しにしては申し訳ないし、あまり期待しないほうがいいだろう。

 

「心配して下さった方から、お話しだけは聞いていますが、僕としては、なぜそんな噂が広まっているのが理解できません。もし、僕が着服していると疑っているのでしたら、家宅捜索でも何でもしてもらって構いませんよ」

「ちょっと、波竹さん、落ち着いてください。何も、そこまでは言ってませんから……」

 

 できるだけ波風を立てないように、大人しく従順に振る舞っていた。目立たず堅実に……を、心掛けていた。

 そのせいで、トカゲの尻尾扱いされて切り捨てられるのなら、もう遠慮はいらない。言いたい事を言わせてもらうだけだ。

 

「みなさんも知っての通り、僕は質素な生活を続けています。それも疑いを持たれた原因なのでしょう。ですが、着服や背任などで、職や信用を失っては生活が破綻します。はっきり言わせてもらえば、この疑惑は迷惑です。ぜひ、その噂の出所を、厳しく調べて頂きたいと思います」

 

 少しトーンを下げ、淡々と語ったので、南条さんは少しホッとした表情を浮かべたが、再び険しい表情と作ると、今度は蓮貝(キング)に向き直る。

 

「私もそう思い、アルバイトの全員から、事前に話を聞かせて頂きました。……蓮貝さん、噂を流したのは、あなたですね。なぜそう思ったのか、根拠などがあれば説明して頂けますか?」

 

 てっきり南条さんも、あちら側の人かと思ったのだが、どうやら完全な不意打ちだったようで、蓮貝(キング)はしどろもどろになりながら、言いわけを始める。

 その目の前に、紙束が突き付けられた。

 紛失の日付と品物をまとめたリストだ。

 まあ、半数以上は店長による持ち出しだったが、それを除いた物の中には、大きさや重さを考えたら、徒歩で持ち帰るには無理なものも多い。

 

「アルバイトは、一部の例外を除き、徒歩での出勤が義務付けられています。波竹さんを含め、疑われた四人は全て徒歩や電車であり、また人目を忍んで立ち去ることも難しく、とても犯人とは言えないでしょう。これなんて、ポテトチップス二箱ですよ? どうやれば、こっそり持ち出せるのですか?」

「何人かで分けて持ち出したのではないのか?」

 

 店長の言葉に、南条さんはゆっくりと首を横に振る。

 

「その日は、二人が休みで、波竹さんは店長の指示で早めに退勤しております。残る一人も、閉店と同時に友人たちと退出したので、犯行は不可能でしょう。……ところで蓮貝さん、あなたは車通勤でしたよね?」

「もちろん、社員だからな。そっ、それが何か?」

「この日は最後まで残り、戸締りをしたとか……」

「そういう日もある。まさか、私を疑っているのか?」

 

 その言葉を聞いて、南条さんは新たな紙を突き付ける。

 防犯カメラの映像を拡大してプリントアウトしたものだろう。ポテトチップスと書かれた段ボールを自分の車に積み込む、蓮貝帝王の姿がはっきりと写っていた。

 

「そ、そそ、それはアレだ。日頃の褒美に……そう、頑張る私への褒美として、店長から頂いたものだ」

 

 動かぬ証拠を突き付けられ、観念するかと思いきや、なんとも往生際が悪い。

 

「店長、それは本当でしょうか。もし、下手に庇い立てをするようでしたら、店長も同罪ということになりますけれど……」

 

 狼狽える店長に対して、南条さんが更に追い打ちをかける。

 

「他店から学び、より良い店にすることに同意されたのは、店長ですよね。その為に波竹さんを採用し、様々な改善案を頂きました。ですが店長は、それを疎み、冷遇されているのを知っています……」

 

 冷遇されていたのは分かっていたが、まさか最初にまとめた改善案のレポートが発端だったとは思わなかった。

 

「だからといって、この件で波竹さんを解雇すればどうなると思いますか? 不当解雇で訴えられても文句は言えないでしょう。店長……店を潰す気ですか?」

 

 それがトドメの一撃だった。

 店長はガックリと肩を落として、ゆっくりと首を横に振る。

 

「蓮貝に、そんな褒美を与えたことはない。犯人は蓮貝だ」

「ちょっ、ちょっと店長、何を言ってるんですか。私は……」

 

 まだ言い逃れが出来ると思っているのか、なおも蓮貝(キング)は言葉を並べるが、それに負けじと、南条さんも次々と証拠を突き付けていく。

 それにしても、よくこれだけ証拠を集められたものだ。


「君には期待していたんだが……残念だよ。蓮貝くん、君を解雇する。手続きは後日行うが、今日はもう帰るように」


 最後まで薄っぺらな笑みを浮かべながら、言葉を並べ続けていた蓮貝だが、それが通用しないと分かると醜く顔を歪め、殺気を放つ目で僕を睨み、バンと叩き付けるように扉を閉めて去っていった。


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