06 死ノ予告
充電を始めたばかりの携帯電話を手に取って、慌ててニュースサイトをチェックし、現れた記事を凝視する。
「………………」
速報という形で、カフェモルア新町中道店で起こった火災の様子が伝えられていた。
何やら私怨を抱いた犯人が、油を撒いて火を放ったらしい。
発生は今から三時間ほど前なので、もし何も考えず、のこのこ中道店に行っていれば、巻き込まれていた可能性が高い。
見つけた速報は、発生から一時間ほど経ってからのものだったが、三名の従業員と、十名以上の客が行方不明だと書かれていた。
今回に関しては、ラジオのお陰で助かった……と言えなくもないが、またしても多くの被害者が出ているだけに、巻き込まれなくてよかったとは、とても言えない。
薄気味悪さに身震いしながらも、ラジオを手に取り、スイッチを入れる。
もしまた同じようなことが起こるのなら、聞き逃すと命が危ない。そう思うと、耳を傾けずにはいられなかった。
流れてきた音楽を聴きながら、食事を再開する。
春巻き、餃子、八宝菜……全てミヤのお手製だろう。
もちろん春巻きの皮とかは買ってきたものだろうけど、それでも手作りするのは、かなり大変だと思う。
小皿に醤油を入れ、賞味期限の切れたラー油を数滴たらす。
気分的には食事をする気分ではなくなっていたが、さすがミヤの料理というべきか、香りだけでも食欲がそそられる。
レンジで温めた八宝菜は、すでに冷めかけていたが、気にならないほど美味しかった。
もちろん、他のおかずも好み通りの味で、夕方にあれだけケーキを食べたのに、余すことなく平らげてしまった。
それにしても……
食器を洗い終わり、歯磨きも済ませたと言うのに、ラジオに変化はない。
毎日のように大惨事が起こっても困るので、それはそれで良い事なのかも知れないが、無ければ無いで気になって仕方がない。
さすがにもう、今日はないのかと諦め、ラジオに手を延ばした時、雑音と共に、あの男性キャスターの声が流れ始めた。
──次のニュースです。
八月三日の昼一時過ぎ、大幡市新町にある超幸まぁとで、盗難騒ぎがありました。
「な……!?」
なんだそりゃ……と叫ぼうとして、声を噛み殺す。
近隣への迷惑もあるが、それよりも内容を聞き漏らしたら大変だ。
──当初、波竹智矢さんが容疑者と思われてましたが、調査により、蓮貝帝王さんが通路に放置していただけだと判明。
これにより波竹智矢さんの嫌疑は晴れましたが、この店では以前から(ザザッ)…紛失が頻発しており…(ザザッ)………
「いやいや……まさか………?」
僕への警告だろうか……
名前が出てきたのは偶然じゃないだろうし、内容も……こう言っては何だが、職場内で通達されるレベルのものだ。
明日は、昼の一時からシフトに入っているのだが……
その直後に窃盗犯と間違われるだなんて、どんな状況だろうか。
──続いてのニュースです。
再び、あのキャスターの声が流れる。
まさか、二つ目もあるとは思わなかった。
──八月三日の夜十時十分ごろ、大幡市新町の公園で、刃物のようなもので滅多刺しにされた男性の遺体が発見されました。
被害者は、近くに住む食料雑貨店アルバイト、波竹智矢さんと思われ、身元の確認が急がれています。
二時間以内に殺害されたとみられ、争った形跡はなく、不意を突かれたものとみて捜査が(ザザッ)…ます。普段は、あまり…(ザザッ)……とした場所であ(ザザッ)…などの…(ザザッ)…………
いま、なんて言った………?
僕が殺された……?
気付けば床に座り込んでいた。
部屋がやけに揺れると思ったら、震えが全身に走っているようで、まるで手足に力が入らない。
頬を流れる涙に気付いて、腕で拭おうとするが、それすらまともにできない。
(殺害の……予告?)
そのまま床に倒れ込み、仰向けに寝転がる。
焦点の定まらない天井のLED照明が、やたらと眩しく感じる。
僕の人生、どこで狂ったんだろう……
何を間違えたんだろう……
誰が、何のために僕を……
どうすれば………………!?
(いや、ちょっと待て……)
もう一度、未来予告の内容を思い返す。
たしか、波竹智矢さんと思われ……と言っていた。
さらに言えば、身元確認をしている……とも。
(これって、まだ僕が殺されるって確定してない……とか?)
未来予告の内容が、全くのデタラメってわけじゃないことは分かった。でも、どこまで正確なのかまでは分からない。
少なくとも、ニュースサイトで発表されている内容とは、細かな部分でいろいろと違っているようだ。
実際の記事には、芳乃さんの名前はもちろん、それらしい情報も書かれていない。そりゃそうだ。個人情報保護に厳しい世の中だけに、その場に居合わせた人物の情報をニュースで垂れ流したりはしないだろう。
それを踏まえて、さっきの未来予告だ。
実際に殺害されたのなら、名前ぐらいは出てきてもおかしくないが……
特にひとつ目の内容は、僕の名前どころか、キングの名前まで出ていたし、そもそも勘違いなら記事にはならないだろう。社内の混乱を収めるための通達なら、まだ分かるが。
今日の火事についてもそうだ。
未来予告で火災としか言っていなかった事に、すごく違和感を覚える。
ニュースであれば、放火の件をスルーするはずがない。
(ちょっと冷静に考えてみよう……)
放火事件の時は、その現場を避けたら実害はなかった。だったら……
公園で刺されるのなら、公園に近付かなければいいだけ……かも知れない。
仮病でも使って、部屋から一歩も出なければ……
(……いや、違う!)
バイトに行かなければ、窃盗犯に仕立て上げられる可能性が高い。
そうなれば、バイトはクビになり、別の働き口も見つけにくくなる。
つまり、路頭に迷うことになる。
それを避けるには、バイトに行ってえん罪を晴らし、終わったら寄り道せず、公園を避けながら帰る。……そうするしかなさそうだ。
まだ震えは収まらず、心臓の鼓動もガンガン鳴っているが、方針が決まったことで少しだけ気分が楽になった。
涙を拭って身体を起こし……
「ふぉっ?!」
不意に流れ始めた電子音のメロディーに、飛び上がって驚いた。
兄から電話が掛かってくるなんて珍しい。
とにかく落ち着こうと、深呼吸を繰り返してから、通話ボタンを押す。
「もしもし、智矢だけど、何か用?」
「おう、久しぶり……って、この前会ったばっかだよな」
最悪のタイミングで掛けてきて、死ぬほど驚かされたのだから、少々不機嫌になっても仕方がないと思う。
でなくても、兄から連絡がくるときは、気が滅入るような用件ばかりなのだ。
正直なところスルーしたかったのだが、そういうわけにもいかない。
「僕の部屋は、どうなった?」
「ああ、まだ子供部屋に改装してるところだ」
「改装って……、そんなお金があるなら、先に僕に返して欲しいんだけど」
「そんな事より、智矢は空也叔父さんのこと、覚えてるか?」
露骨に話を逸らされてしまった。
なぜ今、そんな話を……と思ったが、そういえば、このラジオの元の持ち主は、空也叔父さんだった。となれば、無視はできない。
せっかく気が紛れていたのに、一気に現実に引き戻されてしまった。
「そりゃまあ、小さい頃、よく遊んでもらったから……。でも、心の病気で入院して、そのまま亡くなったって」
「まあ、そうだよな。俺もそう聞かされた」
なんとも……嫌な予感しかしない。
知らないほうがいい真実がある……という心と、現状を打破するヒントがあるかもしれない……という心がせめぎ合う。
いや、聞かなければ気になって仕方がなくなるのだから、ここは聞くしかないだろう。
「どういうこと?」
「もう十年……いや、十一年前になるな……。俺も高校の時だから、あんまり詳しく教えて貰えなかったんだけど、滅多に会わなくなったとはいえ、あの叔父さんのことだからな」
「そういえば、葬式の時、兄ちゃん泣いてたな」
「人のこと言えないだろ。お前がみっともなく泣きじゃくるから、みんな困ってたんだぞ。……いやまあ、その話はどうでもいい。叔父さんは入院してるって言われてたけど、俺、本当は入院してなかったって知ってたんだ」
「えっ? なんで?」
「叔父さんが亡くなる二か月ぐらい前だったかな。たまたま外を歩いてるのを見つけて、どこに入院してるのか探ろうと後を追っかけたら、アパートの中に入っていったんだ」
あまり考えたくはないが、兄の暇つぶしに付き合わされているだけかも知れない……と思い始める。
大人になってからはそんな機会も無くなったが、小学生ぐらいのときは、よく作り話でからかわれたりしていた。
その事を思い出した。
「……まさかだけど、それが僕のいる部屋だ、とか言わないよね」
「あー、違う違う、場所は……西幡のほうだったかな。 ……そこで俺は、叔父さんと会ったんだけど、その時にちょっとだけ話が聞けたんだ」
「えっ? 会ったって……空也叔父さん、人が変わったみたいになって、すごく人間嫌いになったって……。叔父さんが入院する前だけど、会いに行ったら滅茶苦茶怒られて追い返されたし、他にもいろいろ……」
他人に話したことはないが、電気ポットを投げつけられた時は、さすがに本当に人が変わってしまったんだなと理解して、あまり会いに行かなくなった。
なのに、そんな叔父さんから話を聞いたと言われても、なかなか信じられない。
「俺も入院してるって思ってたから、そのことを聞いてみたんだけど、叔父さん、笑いながら、病気になんかなってないし、みんなに迷惑をかけたくないから一人暮らしをしてるんだって言ってた。あとは……そうだな、他人に信じてもらえないのが辛いとか……」
「どういうこと?」
「さあな。詳しく聞こうとしても、教えてくれなかったし。また会いに行こうって思ってたのに、その前に叔父さん、自殺したからな」
「……えっ? 自殺?」
「ああ……、それも聞かされてなかったんだな」
「うん、聞いてないけど……それって、ほんと?」
「噂になってたからな。葬式に前に聞いたらアッサリ教えてくれた。その代わり、絶対に外部には漏らすなって、かなり強く念を押されたけどな」
空也叔父さんが……自殺?
精神を病んだ末に……というのは、ありそうな話だけど、まさか叔父さんが?
今さら聞かされたところでどうしようもないのだが、思った以上にショックが大きかった。
だけど、なんで兄が、このタイミングで、わざわざ電話をかけてまで、こんな話を持ち出してきたのかが分からない。
正直なところ、明日、どうしようかと考えるだけで精一杯だった。
「そっか、わざわざ教えてくれてありがとう。明日もあるから今日は……」
「あっ、智矢、ちょっと待て。お前、ラジオを手に入れたって言ってたよな。叔父さんのラジオだっけ?」
一瞬息が詰まり、携帯電話を握る手に力が入る。
「うん。母さんからそう聞いたけど? ……っていうか、兄ちゃんが荷物に入れたんだろ?」
「違う、違う。俺は入れてないぞ」
「三つあった段ボールの、一番大きなやつ……」
「ラジオなんてものがあったら、迷わず売ってるよ」
それもどうかと思うけど、たしかにその通り……かも知れない。値段がつくのか分からないけど、出品ぐらいはするだろう。だけど、渡された物品売買所の出品リストには無かった。
もちろん、兄が真実を語っているとは限らないし、全てが嘘という可能性もある。
とはいえ、兄に演技の才能があるとは思えないし、小さい頃にからかわれたような、そんな雰囲気も感じない。
「まあいいや。それで、そのラジオがどうしたの?」
「そうそう、叔父さん、あの時、ラジオに殺されるって言ってたのを思い出して、それで心配になって電話したんだが……」
それを聞いて、全てが繋がったような気がした。
空也叔父さんもラジオの声を聞き、それに悩まされていたんだろう。
そして僕は、まさに今、ラジオに殺害を予告されて……
「おい、智矢? 何かあったのか? おい、どうした?」
「あ……、うん。ごめん、ごめん……」
その後の記憶は曖昧だった。
早く話を終わらせるため、兄を心配させないよう、適当な言葉を並べていたように思う。
なんとか通話を切った後、エアコンも電気もつけっぱなしのまま……
僕は魂が抜けたように、無言のまま布団の中で丸くなった。