表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒズみ  作者: かみきほりと
5/10

05 穏ヤカナ時カン

 十分ほどの距離とはいえ、真夏の午後四時に出歩くのは、相当な暑さを我慢しなければならない。

 その点、篠辺芳乃は抜かりなく、日傘を用意していた。

 服装も、Tシャツにショートパンツ、その上にロング丈のブラウスを羽織り、キャップ、色が薄めのサングラスを装着し、真夏の暑さに対抗している。

 事前に少し歩くと伝えてあったからか、ショートソックスとスニーカー、落ち着いた雰囲気のポシェットで、なかなか活動的な装いだ。

 それに加え、メイクやネイルを施し、髪型も変えているので、あの学生と同一人物だとはとても思えない。ボーイッシュながら大人の雰囲気を醸し出し、見事に化けていた。

 ……いや、女性に化けたという言葉は、失礼だろう。ここは、見事に魅力を引き出していると言ったほうがいい。


 季節柄、服装も似るのだろう。こちらもTシャツにハーフパンツ、その上に丈の短いシャツを羽織り、キャップを被ってボディバッグを装着している。

 歩き回ることを前提にしているが、少しでも若く見えれば……という意識もあった。とはいえ、ファッションに無頓着なので、成功しているかどうかは、いまいち分からない。

 健康維持のためハイキングに出かけるオジサン、なんて風に思われなければいいけど……と思っていたのだが、芳乃には好評だった。もちろん、お世辞じゃなければ……だが。

 

 

 

 程よく風が通り抜け、道中は日陰を多かったので、目的地──カフェモルア新町本店に到着しても、少し汗ばむ程度で済んだ。

 とはいえ、店内の乾いた涼しい空気は、格別に心地いい。

 

 思った通り、学生の姿はなさそうだ。

 周囲の視線が気になるが、それは僕にではなく芳乃さんに注がれたものだろう。なので、こちらに向けられる視線は、そのついでに相手の男もチェックしようって程度の、おこぼれだと思われる。

 さすがに、自分が視線を集められるほど、容姿に恵まれているとは思っていない。

 

 調べた通り、店の内装は、他の店舗と同じように、若者受けしそうな明るい雰囲気に変わっていた。だが客層が、中道店とは随分違う。

 お客もそこそこ入っているようで、行列や待ち時間こそないものの、座席の八割ほどが埋まっていた。

 案内された席に座り、メニューを広げる。

 

「教えて頂いた通り、落ち着いた雰囲気ですね。向こうとは大違いです」

「改装前は木造建築って感じで、照明も控えめな喫茶店だったから、もっと雰囲気があったんですよ」

「そうなんですか? それも素敵そうですね」

「向こうの壁に前の写真が飾ってあったから、後で見てみるといいですよ。……はい、メニューをどうぞ」

 

 納涼スイーツフェアを目当てに来たのだから、そのメニューを中心に眺める。

 単品の商品もあるが、目玉はひと口サイズのケーキ盛り合わせだろうか。

 定番のチョコやクリーム、イチゴやミカンなどもあるが、青いゼリーのようなものや、トロピカルフルーツなどで、夏や清涼感を感じさせるものも多い。

 全部で十六種あり、六個、八個、十二個、十六個の中から、数が選べるようになっている。

 何が出てくるかは店員にお任せらしいが、全部を堪能したければ十六個を選べばいい……ということなのだろう。

 折角だからと、十六個と六個の盛り合わせに、ドリンクバーを注文する。

 もちろん、芳乃さんが好きなものを食べ、残ったものを頂くつもりだ。

 

「飲み物とってきますね。波竹さんは何がいいですか?」

「あっ、自分で行きますよ」

「いいえ、おごってもらうのですから、これぐらいさせてください」

 

 そういえば、以前も同じようなやりとりをして、「こういう時は、ついでに小用を済ませたいって時もあるから、大人しく待ってなさい」と、ミヤに怒られたことを思い出す。

 メイクを直したり、汗や臭いの対策をしたり……など、女性にはいろいろあるらしい。

 

「じゃあ、オレンジジュースを。なければ、メロンソーダかコーラでお願いします」

「はい。じゃあ、ちょっと行ってきますね」

 

 ポシェットを手に持ち、芳乃が席を立つ。

 そういえば学生の頃、ミヤに「オレンジジュースかメロンソーダ」と注文したら、二つを混ぜて持ってきたことがあった。

 どっちも飲みたいのかと思って……と言っていたが、飲んでいた僕の顔が余程奇妙だったのか、楽しそうに笑っていた。

 それが切っ掛けだったのだろう、自作の混合飲料(オリジナルブレンド)にハマり、僕の反応を楽しむようになったのは……


「参ったな……」

 

 こんな時に、ミヤのことばかり思い出すのは失礼だと思い直し、改めて芳乃のことに思いを巡らせる。

 

 彼女のことは、元上司が自慢していた以上のことは知らない。

 その内容も、親バカ補正が多分に入っているだろうから、アテにはならない。

 それらを排除して考えると、大人しくて聡明そうな雰囲気だが、意外にも行動的で思い切りのいいタイプのように思える。それに……


 店員がケーキを運んできたので、思考を中断する。

 それにしても見事なものだ。

 四角にカットされたものや、丸いカップに入ったものなどが、チョコやナッツ、様々な果実などで装飾され、見た目にも華やかで、見ているだけで楽しくなる。

 携帯電話(スマホ)を取り出して撮影し、当たり前のようにミヤに送る。よければ今度一緒に行こうという言葉を添えて。


「わぁ……すごいですね。かわいい。……あっ、お待たせしました。オレンジジュースです」

「ありがとう。ケーキの写真を撮るなら待ちますよ」


 少し戸惑いながらも、彼女は手早く画像に収めて席に座る。

 

「気に入ったものを好きなだけ食べてください。他にも気になるものがあったら、追加してもらってもいいですよ」

「うれしいですけど、そんなに食べられないですよ」

 

 少し表情が硬いように思え、少し気になっていたが、どうやら大丈夫そうだ。

 彼女は、クスクスと笑うと、乳製品っぽいもので喉を潤す。

 

 六個だけ乗った小さなお皿を引き寄せ、手始めにチョコケーキを口に放り込む。

 見た目だけでなく、味にもこだわりがあるようで……

 美味しいのはもちろんだが、中はスポンジケーキになっていて見た目ほど重くなく、これならいくらでも食べられそうだ。

 紙っぽい不思議な素材のストローで、オレンジジュースを飲む。

 

「…………!?」

「波竹さん、どうかしましたか?」

 

 なんだか、すごく心配されてしまった。

 いや……、イタズラを仕掛けたものの、怒られないかと心配しているのだろうか……

 

「いや……、うん、すごく美味しいよ」

 

 オレンジジュースにしては、やや色が濃い気がしていたが、思った通り、数種類の飲み物を混ぜた、オリジナルブレンドだった。

 ベースは桃ジュースだろうか。そこにキャラメル系のものと乳製品。ほんの少し炭酸が入っているような気もする。

 こういうイタズラは、ミヤもよくやっていたが、まさかこの芳乃さんが仕掛けてくるとは思わなかった。


「ちょっと不思議な味だけど、とてもいいと思うよ」

 

 そう言って、もうひと口飲む。

 それを聞き、芳乃さんは少しホッとした様子で、次のケーキを食べ始める。

 

 カメラのシャッター音に気付き、視線を巡らせる。

 といっても、携帯電話(スマホ)アプリの効果音だろう。

 撮影している様子は見えなかったが、こんなケーキが出てくれば撮影したくなる気持ちも分かる。

 すでに数多く、SNSとかで拡散されているに違いない。

 

 二人の共通の話題と言えば、事故以外だと彼女の父親ぐらいしかない。

 ある程度、世間話が終わると、彼女は会社での父の様子を聞いてきた。

 とはいえ、まさか、あなたの父親は、会社では部下に責任を押し付けて怒鳴り散らす厄介者で、皆からの嫌われ者でした……なんて事は、口が裂けても言えない。


「そうですね……。僕は新米でしたので、それほど付き合いは長くないですが、指導に熱心で、部下に仕事を任せることができる上司……って感じでしたね」

 

 多少、言葉の方向性(ニュアンス)を変えたが、嘘は言っていないはずだ。

 

「何より、あなたの事を溺愛されていて、自慢の可愛い娘だと常々おっしゃられてましたね。家庭では、素敵なお父さんなのかなって思ってましたよ」

 

 やはりまだ、父の死が辛いのだろう。強く握った拳が震えているように見えた。

 だが、気丈にも表情には出さず……

 

「ええ、私にとっては、かけがえのない素敵なお父さん……でした」

 

 笑顔を浮かべてそう答えると、コップの中身を一気に飲み干した。

 

「あの……、おかわりを取ってきますけど、波竹さんは次、何にしますか?」

「あっ、じゃあ、コーラでお願いします」

「はい、分かりました」

 

 ポシェットを肩に掛けて二つのコップを運ぶ芳乃さんの、後ろ姿を見送る。

 彼女から振ってきた話題とはいえ、さすがにあの反応は見ているだけで辛い。

 せめて、残りの時間は、楽しい記憶にしてあげたいと思いつつも、そんな話術が自分にあればいいのに……と嘆く。

 

 彼女が用意してくれた飲み物は、確かに見た目はコーラっぽかった。

 だが、口を付けようと顔を寄せたら、匂いですぐにわかった。

 間違いない、これはコーヒーソーダだ。

 ミヤの中では定番となっているイタズラで、コーヒーにガムシロップを入れ、透明のソーダで割っただけのシンプルなもの。

 奇妙な味だが、慣れればそれほど悪くはない。もちろん、人を選ぶモノだとは思うが……


 芳乃さんは、父親が僕のことを「将来有望な新人」と話していたことを教えてくれた。だが、何度思い返してもとてもそんな風には思えなかったので、他人と間違えている可能性が高いだろう。

 それ以降は、できるだけ明るい話題に誘導していく。

 その成果か、順調にケーキが減っていくが……、残り四つで手が止まった。

 日が長いとはいえ、あまり帰りが遅くなると彼女の家族が心配するだろう。そう思い、残りを急いで平らげたのだが、たとえひと口サイズで美味とはいえ、貧乏生活に慣れた胃には負担が大きかったようだ。何だか少し胃が重い。

 とはいえ、まだ寄りたい場所もあるし、早々に会計を済ませて店を出る。

 

「波竹さん、今日はごちそうさまでした」

「いえいえ、芳乃さん、今日は僕のワガママに付き合って下さって、ありがとうございます。これで少しでも恩返しになればいいんですけど……」

「助けたのは偶然ですし、これで十分ですよ。それより、体調のほうは大丈夫ですか?」

「え? ……別に、大丈夫ですよ」

 

 苦しい様子は見せてなかったと思うが、食べ過ぎだと気付かれたのだろうか。

 なんだか真剣な表情なのが気になるが、こんなものは少し歩けば解消される……と思う。

 

「その……美味しいからついつい食べ過ぎちゃいましたけど、波竹さんに、残ったのを全部食べてもらいましたから。私よりも、多かったでしょ?」

「あっ、それなら平気ですよ。あまり食べる機会がなかっただけで、元々ケーキは大好きですから」

「……そう、ですか。じゃあ、お腹も一杯になりましたし、ちょっとお散歩でもしましょうか」

「はい、いいですよ」

 

 予想外の提案だったが……

 帰り道をダラダラと歩くだけでは辛いだろうと思い、何か楽しそうなものを見つけなければと考えていたのだが、ここは彼女に任せることにする。

 

 

 

 線路の北側には国道が並走しており、繁華街などでにぎわっているが、線路を越えた南側は、田畑が多くなり一気に寂しくなる。

 とはいえ、駅に近付けばビルが増えるので、のどかな雰囲気が味わえるのは、ほんの少しの間だけだ。

 

「この先に静かな公園が……あったんですけど、なんだか今日は賑やかですね」

 

 子供やその親なのだろう、軽く見て十人以上は居るようだ。

 芳乃さんは困ったように、別の場所を目指した。

 

「そこの角を曲がったところに神社があって、なかなかいい雰囲気なんですよ」

 

 角を曲がると、立ち並ぶノボリが見え、多くの話し声が聞こえてきた。

 

「風鈴祭りですか……。なかなか風流で、いいですね」

 

 屋台は出ていないが、参拝客に少しでも涼を感じてもらうためだろう。神社の境内に大量の風鈴を飾られ、ミスト送風機が設置されていた。

 小さな神社ながらも休憩所があり、かき氷や団子など、ちょっとした軽食が売られている。当然、別の窓口にはお札やお守りなどの定番アイテムもある。

 景色もいいので、近隣住民の憩いの場になっているようだ。

 

「芳乃さん、少し立ち寄っていきましょうか」

「ちょっと面白そうですけど、今日はやめておきましょうか。腹ごなしの散歩なのに、食べたくなっちゃいますから」

「たしかに、そうですね」

 

 苦笑しつつ神社を離れ、再び歩き出す。

 こんなにまったりと時間を使うのは、いつぶりだろうか……と感慨に耽っていたのだが、芳乃さんの様子が気になる。

 何だか視線をキョロキョロさせ、少し落ち着きがないようだ。

 どうしたのかと不思議に思っているところに、ミヤからメッセージが送られてきた。

 

──トモ、今日はお疲れ様。

  相手の人は喜んでくれたかな?

  時間があったから、夕食のおかずを冷蔵庫に入れておいたよ。

  食パンが無かったから、ご飯を多めに炊いたけど

  やっぱり朝は、パンのほうがいいよね?

  よかったら買ってくるから、その時は言ってね。

 

 買い出しに行ったのに、食パンが切れていたことをすっかり忘れていた。

 だけど、丁度よかった。どのみち、店には寄ろうと思っていたのだ。

 お礼の言葉と共に、自分で買って帰ると返信する。


「芳乃さん、ちょっと、キュリエに寄っていきませんか?」

「……はい、いいですよ」

 

 駅に近付くにつれて、ビルや集合住宅が増えていく。

 六階建ての建物、キュリエヴァリスの姿はすでに見えており、運よく信号に引っ掛からず、一分足らずで涼しい建物内に入ることができた。

 

「少しお店を見て回りましょうか」

「はい」

「あー、でもその前に、ちょっと用事を済ませてきますね。このフロアーで先に見ててもらってもいいですか?」

「用事ですか? 一緒に行きますよ?」

「明日の朝食を買ってくるだけなので、すぐに戻ってきますよ」

「じゃあ、分かりました」

 

 彼女に落ち着きがないのは、トイレを我慢しているからだと思ったのだが、これなら彼女も行きやすいだろう。

 見当外れならそれでもいいが、何にせよ、ひと息つく時間も必要だ。

 ついでに、他に買い忘れがないか、記憶を呼び起こしながら、食料品フロアーへと降りていく。

 

 

 

 食パンのついでに特売品のイチゴジャムを買い、一階に戻る。

 幸い、芳乃さんの姿はすぐに見つかった。

 何かを真剣な表情で見つめていたので、驚かさないよう少し離れた場所から声を掛け、ゆっくりと近付く。


「お待たせしました。何か気に入ったものがありましたか?」

「あっ、その……、これです」


 鍵付きの戸棚に飾られていたのは、果物ナイフだった。

 かわいい動物シリーズと書かれており、サヤはもちろん、白い刀身にまで動物の姿や足跡などの意匠が施された、なんとも可愛いものだ。

 そのネコ柄を見て、ミヤが好きそうだと思い、購入を決断する。

 

「よければプレゼントしますよ」

「そんな、悪いですよ」

「初めから何かプレゼントをするつもりだったんですけど、何を贈ればいいのか分からなくて困ってたんですよ。だから、何が欲しいのか言ってもらえると、すごく助かるんですけど」


 なおも尻込みしていた彼女だが、最後は押し切られるようにウサギ柄を選んだ。

 店員に話しかけて購入し、ネコ柄はソッとカバンに入れ、綺麗にラッピングされたウサギ柄の果物ナイフを芳乃さんに渡す。


「こんなにしてもらって、本当にいいんでしょうか……」

「そんなに高いものでもないし、僕の自己満足のためですから、どうか遠慮せず貰ってあげてください」

「じゃあ喜んで頂きますね。ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 なんだかまた、シャッター音のようなものが聞こえた気がした。

 散歩中にも何度か聞こえた気がするが、携帯電話(スマホ)で手軽に写真撮影ができる世の中になったせいで、シャッター音を聞く機会が増えただけなのだろう。

 芳乃さんと一緒にいるのは、ちゃんとした理由があるのだから、たとえ写真に撮られたとしても堂々としていればいい……と、今さらながら思い直す。

 

「……? どうかしましたか?」

「いえ……、もうこんな時間ですね。……そろそろ帰りましょうか」


 彼女が通う高校はこの近くだが、家は隣の駅だった。

 まさか学校で着替えるわけもいかないだろうし、荷物は駅のロッカーにでも預けてあるのだろう。

 彼女を駅まで送り届けると、寄り道せずに真っ直ぐ部屋へと戻った。




 シャワーを浴び、夕食の準備を始める。

 そういえば……と、ネコの果物ナイフを取り出し、ミヤへの感謝を綴ったメモと一緒に机の片隅に置いておく。

 直接渡せば、すごく喜んでくれそうだけど、このほうが確実で早い。


「いただきます」


 しっかりと手を合わせてから、食べ始め……

 チラッと見えた、メタリックブルーの物体に気付いて愕然とする。

 ここにきて、昨日のニュースのことを失念していたことに気付いたのだ……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ