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ヒズみ  作者: かみきほりと
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02 運命的な再会?

 喫茶カフェモルア新町中道店の前を通り過ぎる。

 雨は上がっていたが、空は雲で覆われており、まだまだ予断を許さない。

 閉じたままの傘をしっかりと持ち、周囲に気を配りながら歩道を歩く。


 時刻は、朝の六時半を少し回ったところ。

 この道は地元民から中道と呼ばれている国道なのだが、電車と並行している本道の、駅前の混雑を避ける迂回路として使われる事が多い。

 まだ通勤の時間には早いが、それなりに車や人の往来があった。

 活気に乏しい町だと思っていたのに、こんな早い時間に、これほどの人が活動していたことに少し驚く。

 その道を進んでいくと交差点と信号が見え、その向こうにオレンジ色の煉瓦を詰んだようなデザインの外壁が見えてきた。

 その箱型の建物が、新町郵便局だった。


 なぜ、僕……波竹智矢が、こんな場所にいるのかというと……

 もちろん、前日に聞いたラジオのことが気になったからだが、珍しく目覚まし(アラーム)が騒ぎ出す遥か前に目覚め、なかなか訪れない二度寝を諦めたからでもあった。


 言うまでもないが、あのニュースを信じているわけではない。

 この生活を守るため、ただ必死に食いつないでいるだけの毎日を振り返り、朝の散歩を兼ねて、ちょっとした息抜きになればと思ったのだ。

 今になって考えてみれば、誰かが僕のことをからかうために、仕掛け入りのラジオで嘘の情報を流したと考えたほうが……、それでも荒唐無稽だが、まだ納得ができる。

 そうなると、祖母の遺品という話が出た時点で、家族が怪しくなるのだが、そんなことを考えそうな相手は……兄ぐらいしか思い浮かばない。


(バカバカしい……)


 消去法で残ったのが兄なだけで、兄もそんなに暇じゃない……はずだ。

 迷走する思考をため息と共に吐き出し、六時五十五分の郵便局前を目指して、足を早めた。




 郵便局前の歩道に立ち、周囲を観察する。

 中道と交差しているのは、旧道と呼ばれている国道だ。

 かつては毎日のように渋滞していたのだが、バイパスができた今では、かなり交通量が減り、ピーク時でも渋滞することはなくなった。

 あのニュース通りに事故が起こるのならば、僕が通ってきた中道から左折をしようとして横転したのだろう。

 それ以外となると、駐車場に突っ込むのはかなり難しい。

 横転の仕方にもよるが、この場所も危険そうだ。


 事故車が通りそうな場所を確認すると、篠辺芳乃の姿を探し始める。

 事故が起こるとは思っていないのに、彼女を助けたいというのは矛盾しているが、どちらも掛け値なしの本心だ。

 これを無視して、万が一彼女の身に何かが起こってしまったら、さすがに寝覚めが悪い。


 高校生なら制服を着ているはずだ。……いや、運動部なら体操服やジャージの可能性もあるが、それはそれで目立つはずだ。

 あまりジロジロ見ていると怪しまれそうなので、信号待ちを装いつつ、ごく自然な動作で周囲の人物を観察する。


(それっぽいのは……いないな………。えっ!?)


 手元しか見えなかったが、チラッと手首に巻かれたアクセサリーが目に映る。

 一瞬なので断定はできないが、恋人(ミヤ)のブレスレットのように思えた。特徴的な猫の影絵姿(シルエット)を模した白いチャームが見えたのだ。

 だが、こんな時間、こんな場所に、彼女がいるわけがない。

 もちろん、絶対に……とは言えないが、まだ夢の中のはずだ。

 偶然、同じようなモノを持った人がいたのだろうか。

 僕の手首にも、お揃いで買ったブレスレットが揺れている。ただし、猫のチャームはミヤの誕生月の色、緑色になっている。

 気にはなったか、完全に相手を見失ってしまった。


 引き続き、篠辺芳乃の姿を探してみるが、周りは大人ばかりで、子供や学生の姿はないように思える。


(そろそろか……)


 時間が迫ってきた。

 まさかと思いつつも念のため、車が通るだろうと想定した場所(ルート)を避けるように移動しようとする。だが……

 タイミング悪く信号が変わり、人の波に流されそうになる。

 その直後、ざわめきが一気に広がり「なんだあれ」と指差す人が現れ、慌てて逃げるように走り出す人が増えていく。


 周囲には、二十人ほど居るだろうか。

 横断歩道を渡ろうとしていた人たちも、何か危険が迫っていると感じ取ったようで、歩道に戻ろうとする人と先を急ごうとする人で押し合いが始まる。

 人波に押されて前に進んでしまい、これなら横断歩道を渡ったほうが安全だと思ったのだが、とても進めそうにない。

 仕方なく急いで引き返そうとしたのだが、そこへ何が起きているのかと見物しようとする人たちが押し寄せ、立ち往生してしまった。


(ちょっ、待っ……、これ、ヤバイ!)


 もし昨日の内容が本当なら、この辺りが一番危ない。

 覚悟を決めて強引に突破しようとする。

 聞こえる金属音と悲鳴、そして……


 少しでも人の少ない場所を目指して進もうとするが、転びそうになって必死に足を踏ん張る。

 横転して、地面でバウンドする車の姿が見えた。

 逃げ惑う人、逃げ遅れた人、火花や舞い散る何かの部品……


(間に合え……)


 体勢が不十分なまま両足に力を込め、背中で人垣を押すようにして、少しでも離れようと足掻く。

 徐々に鉄くずと化した凶器が迫って来て……

 ドンと、背中を押された。


(なっ……)


 これはヤバイ。シャレにならない。

 漠然と迫る「死」という言葉。

 次の瞬間、何かに引っ張られるような感覚がして、ガクンと膝が曲がり、背後に倒れそうになる。

 顔の、ほんの数センチ前……だと思う。

 至近距離で自分の顔を見た気がした。

 その直後、風というには余りにも暴力的な振動が通り過ぎ、すぐ前に居た人の姿が消えていた。その代わり……と言っていいのか、靴やカバン、何かの書類らしき紙吹雪、他にも様々なモノが曇天の空で舞い踊っていた。


 仕事を忘れていた重力が、役目を思い出したかのように、僕の身体を歩道タイルに押し付ける。

 金切り声、悲鳴、何だか分からない様々な音が飛び交う中、右腕に伝わる重みが感じて、そちらに視線を向ける。

 女の人だった。

 学生服の女性が、僕の腕にしがみついていた。

 まさかと思いつつも、声を掛ける。


「だ、大丈夫ですか?」


 ペタリと座り込んだ学生は、放心した様子で顔を上げ、ゆっくりとこちらを見つめる。………やはり、その顔には見覚えがあった。

 だが今は、それどころではない。

 二人とも、怪我をしている様子は……少なくとも、事故に巻き込まれたような怪我はなさそうに見える。


 まだ信じられなかった。

 現実感もなかった。

 まさか本当に事故が起こるとは思わなかったし、助けようと思った相手に助けられるとは思わなかった。

 あの瞬間、彼女が腕を引っ張ってくれなければ、頭に車が激突していただろう。

 そう考えると、得も言われぬ恐怖に襲われ、全身に震えが走る。


 しばらくして……と言っても、ほんの数分だろうか。無秩序にして不明瞭な声をかき分けるようにして、無事を確かめ合ったり、怪我人の有無を確かめたりする声が聞こえてくる。

 そんな喧騒の中、遠くにサイレンの音が聞こえた気がした。

 腕の震えは彼女から伝わってきたものだと気付き、気力をかき集めて恐怖に抗う。

 深呼吸を繰り返し、石のように重い身体を動かす。


「……ここにいると、邪魔になりそうだから……、向こうに行きませんか?」


 そう声を掛けると、未だ強く腕にしがみついたままの学生は、無言のままコクリとうなずいた。

 その傍らに転がっている学生用のスポーツバッグに気付いて、手繰り寄せる。


「これって、キミのカバン?」


 まだ少し目が泳ぎ気味だったが、再び無言でうなずく。

 彼女の荷物は、それだけらしい。

 僕の手荷物は傘だけだが、彼女が抱き付いている手に握られたままだった。壊れた様子はないが、確かめるのは後だ。


 まだ手足は震えっぱなしだが、二人で支え合いながら立ち上がり、彼女のバッグをしっかりと抱きかかえ、ふらつきながらもゆっくりと郵便局の建物へと向かう。

 ここなら、それほど邪魔にはならないだろうと思い、日陰になっている外壁に背を預ける。

 できれば、座れる場所がよかったのだが……

 自分ひとりなら、迷わず歩道タイルに座り込むのだが、彼女にそれを勧めるのは少し違う気がする。


「こんな時に失礼だけど、キミは篠辺さんの娘さん、芳乃さんだよね」

「は……はい。その……あなたは、波竹さんですよね。父の葬儀でお会いした」

「そう……だけど、僕のこと覚えてたの? ほんの数分、会っただけなのに……」


 パトカーや救急車が集まってきたようだ。

 人々の騒めきを切り裂くように、様々なサイレンが響く中、場違いな可愛いメロディーが流れ始める。


「ご、ごめんなさい。私の電話です」

「いいよ。急ぎの用だったら大変だし」


 遠慮せずにどうぞと促すと、彼女は目礼して通話を始めた。

 その結果、腕が解放されたので、礼儀として少し距離を取り、彼女から視線を外す。

 さっきまで自分たちがいた場所でも、なぎ倒された人が救護を受けていたりするが、駐車場のほうは余程凄惨な現場なのだろう。騒ぎが収まらない中、あっという間にブルーシートで囲まれて、目隠しされた。


「波竹さん、お待たせしました。私、部活があるので失礼しますね。でもその前に、連絡先を交換してもらってもいいですか?」

「うん、別にいいけど……そうだね。キミは命の恩人だから、何かお礼をしないとね」

「……? 命の、恩人ですか?」

「そうだよ。あの時、キミが僕の腕を引っ張ってくれなかったら、たぶん事故に巻き込まれてたからね」


 なんだか納得いかない様子だったが、彼女は何か用事があるようで、また連絡をするという約束をして去っていった。


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