92nd BASE
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早いもので夏大も準々決勝まで来ました!
今回の亀ヶ崎が対戦するのは、データ野球を行う鯖江戸高校です。
データの活用は現代となっては当たり前となりました。
鯖江戸はベンチにタブレットまで持ち込んでおり、間違いなく保持しているデータの量は参加チームです。
そんな相手に亀ヶ崎は自分たちの野球ができるのか?
注目です!
夏の大会も瞬く間に折り返しを過ぎた。四〇を超えた参加チームも、現時点で戦うことを許されているのは八チームのみ。生き残っているチームはどこも相応の実力を持っており、頂点を極める戦いは更なる激しさを増していく。
真裕たち亀ヶ崎女子野球部は、準々決勝でデータを用いて戦う福井県の鯖江戸高校と対戦する。科学の発展により、野球界においても取得できるデータの質や量は格段に向上。各打者の打球傾向はもちろん、カウント別のスイング率や球速毎の打率など、幅広く細かな数値も把握できるようになった。打者に限らず投手や走者にも同じことが言え、今や取ろうと思えばどんなデータでもほとんど手に入る。
鯖江戸は全国各地を回って各校の様々なデータを収集してきた。今夏はそれらを参考にして戦術を組み立てることで強豪校とも渡り合い、下馬評を覆してチーム初の準々決勝進出の躍進に繋げている。
当然ながら亀ヶ崎についてもデータは収集済み。これまでに戦ったことのないタイプと対戦する亀ヶ崎だが、準決勝へと進むべく鯖江戸のデータを打ち砕くことができるのか。
《亀ヶ崎高校のスターティングオーダーを発表いたします。一番ショート、陽田さん。二番ファースト、山科さん》
試合開始を前に、両チームの先発メンバーが場内アナウンスで発表される。亀ヶ崎は三回戦で控えに回っていた嵐がスタメンに復帰。その後は三番の紗愛蘭、四番のオレスと不動のメンバーが並ぶ。今日はエースの真裕ではなく祥が先発するため、普段よりも多くの援護点が必要となるかもしれない。クリーンナップの働きがより重要となってくる。
《五番センター、西江さん》
そしてオレスたちと共にクリーンナップを担うもう一人の選手が、三年生の西江ゆりである。彼女は昨秋から外野の一角としてレギュラーを掴み、様々な打順で起用されてきた。年度の変わった四月以降は五番に定着。ランナーを還す一打はもちろん、小技などで後続にチャンスを繋ぐ役割も熟し、チームに貢献している。
「へいチャンオレ! 今日も頑張ろうぜ!」
ひょうきん者のゆりは、ベンチ前で素振りをしていたオレスに唐突に体をくっ付けてスキンシップを取る。オレスは鬱陶しがってすぐさま彼女を引き剥がす。
「もう、毎回毎回絡んでこないで! あとその呼び方止めろって言ってるでしょ!」
「えー、そんな釣れないこと言わないでよ。こちとら老い先短いんだし、これくらい許してくれたって良いじゃん」
「嫌に決まってるでしょ。試合前だってのに、どうしてこうも呑気なのよ……」
オレスは呆れた表情で首を傾げる。亀ヶ崎に来て以来、ゆりには振り回されると感じることが多い。相手にしないようにしても怒涛の如くちょっかいを掛けられ、結局反応してしまう。そうして気付いた時には彼女の馴れ合いに付き合わされているのだ。群れを嫌うオレスからしたら堪ったものではない。
「集合!」
「行くぞ!」
「おお!」
そんなこんなで試合開始の時刻となる。本塁に立った球審の号令を聞き、両チームがベンチから飛び出してくる。
「ただいまより、亀ヶ崎高校と鯖江戸高校の試合を始めます。礼!」
「よろしくお願いします!」
昼過ぎの晴れ渡る空に、少女たちの麗しい声が溶ける。挨拶が終わると後攻の鯖江戸ナインが守備に散った。一方の亀ヶ崎は例の如く、紗愛蘭を中心に円陣を組む。
「今日の相手は私たちが想像していないことを行ってくるかもしれない。けどそっちに気を取られてばかりいては駄目だよ。相手の作戦の意図を考えつつ、それでいて自分たちの長所を見失わないようにプレーしよう」
「おお!」
先攻の亀ヶ崎は一回表、一番の京子が左打席に入る。昨日のミーティングで鯖江戸が打者毎に守備位置を大きく変える可能性があると指摘されていたため、始めにそれを確かめる。すると極端ではないが、内野手は若干左側に寄っていた。特に二遊間や三塁線が締められているように見える。
(なるほど。ウチはセンターから左方向に打球が飛びやすいってデータが出てるのかな? 確かに一塁線を破るようなヒットは少ないから、このシフトはおかしくないかもね。ただ始まったばかりなのにああだこうだ考えるのも大変だし、ひとまず普通に打ってみよう)
鯖江戸の先発ピッチャーはサウスポーの雪野。スリークォーターよりも僅かに腕を下げたフォームから、スライダーやツーシーム、チェンジアップなど多彩な変化球を操る。絶対的な決め球こそ無いが、どの球種でもストライクを取れる制球力を備え、今大会でも与四死球が非常に少ない。打たせて取る投球で凡打の山を築く投球が特徴だ。
雪野がセットポジションから足を上げ、この試合の第一球を投じる。真ん中付近に来た投球に対し、京子は果敢にスイングしていく。
ところがバットは空を切った。球種はチェンジアップで、京子は上手い具合に躱される。
(やっぱり打ってきたな。陽田は初球のスイング率も打率も突出して高い。加えてヒットを打った球種のほとんどはストレート。つまり初球はストレートを狙ってバットを振ってきてるってことだ。だとすればチェンジアップは空振りしやすい)
そう京子を分析するのは、鯖江戸の正捕手にして主将を務める有村である。校内でも随一の記憶力を誇る彼女は、チームの持つ対戦相手の情報のほとんどを頭の中に入れている。それをリードに活用し、雪野とのコンビネーションで各校の打線を封じてきた。鯖江戸のデータ野球の象徴的存在と言える。
(陽田は次の球もストライクなら手を出してくる。際どいコースで引っ掛けさせるぞ)
二球目は外角へのストレート。京子は有村の予想通り打ってきた。
「サード!」
コースに逆らわず弾き返された打球が三塁線を襲う。だがサードを守る参藤は逆シングルであっさりと捕球し、ステップを踏んでから送球する余裕まで見せる。
「アウト」
「そうだった……。そこ守ってたんじゃん」
一塁を駆け抜けた京子は、力無く首を横に振りながら引き揚げる。まさしく鯖江戸のデータ通りのバッティングをしてしまった。
See you next base……
PLAYERFILE.16:西江ゆり(にしえ・ゆり)
学年:高校三年生
誕生日:8/6
投/打:右/右
守備位置:外野手
身長/体重:158/56
好きな食べ物:ラーメン




