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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第六章 私がライバル
94/149

86-89th BASE Re:Build

いつもお読みいただきありがとうございます。


前回で決着の付いた楽師館戦ですが、八回以降の延長戦をタイブレークで描くことを忘れており、86話を投稿した辺りで気が付きました。

そのため今回はタイブレークが行われていた場合についての八回以降の展開を、ifのストーリーとして掲載させていただきます。


結末が少しばかり変わりますので、その違いをお楽しみいただければ幸いです。

 試合はタイブレークを伴った延長戦に入る。亀ヶ崎は春歌に代打を出した関係で自ずと投手が交代するわけだが、誰が投げるのか。


「真裕、行けるか⁉」


 監督の隆浯が選択したのは真裕だった。彼は真裕に状態を確認する。


「大丈夫です! 行けます!」


 真裕は二つ返事で了承。一塁からホームまで長駆してきたばかりで若干息も切れているが、そんなことはお構い無し。せっかく巡ってきたリベンジのチャンスを、拒むはずがなかった。


《亀ヶ崎高校、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、柳瀬さん》


 場内アナウンスがエースの再登板を告げる。真裕は水分補給をして顔全体の汗を拭い、ベンチから飛び出していった。その姿を、隆浯は腕組みをして見つめる。


(正直、誰を行かせるかはギリギリまで迷った。だがこの痺れる展開、そして相手の打順が一番から始まることを考えれば、やっぱりエースが投げるべきなんだ。真裕自身もやり返したい思いがあるだろうし、必ず良いピッチングしてくれるはずだ)


 隆浯は真裕の反骨心に賭けた。当然ながら真裕も捲土重来(けんどちょうらい)を期してマウンドに上がっている。


(きさらちゃんが凄いのはもちろんだけど、その前に春歌ちゃんのピッチングが流れを引き寄せたんだ。私だって負けてられないぞ)


 真裕は心に宿る炎を再点火させるべく、普段よりも時間を掛けて投球練習を行う。レフトに回って間隔を空けたことで体のバランスが修正され、投げる球の質は降板直前よりも良くなっている。


《八回表、楽師館高校の攻撃は、一番ショート、円川さん》


 タイブレークはノーアウトランナー一、二塁の状態から始まる。この回の先頭打者が万里香となるため、バッテリーを除いた彼女の直前の打順を打つ二人、即ち八番の本条と七番の東がランナーを務める。


 真裕と万里香の対戦は本日三度目。互いの持てる力を発揮しての勝負は初めてとなる。


(ようやく万里香ちゃんとちゃんとした勝負ができる。でも今は楽しもうとか悠長なことは言っていられない。チームのためにも私のためにも、何が何でも抑える)


 万里香がヒットを打ってランナーを還せば、大量得点に繋がる可能性もある。真裕はエースの誇りに懸け、必ず阻止しなければならない。


 初球、真裕はアウトローに糸を引くようなストレートを投げ込む。万里香は投球が放たれてから菜々花のミットに収まるまで一瞬たりとも目を離さず、球筋を脳裏に焼き付ける。判定はストライクだ。


(やっぱり良い球投げるなあ。真裕はこうでなくちゃね。最後の最後で追い付かれたのは残念だけど、おかげでもう一回真裕と勝負できる機会が巡ってきた。味気の無いまま終わるのは嫌だし、決着を付けようか!)


 既のところで楽師館は試合を振り出しに戻されたが、万里香個人としてはそれほど悲壮感を抱いていない。彼女の中では消化不良に思う部分もあり、改めて真裕と剣を交えられることにこの上無い喜びを感じている。


 二球目はカーブが外角低めにワンバウンドする。万里香のバットは僅かに動いただけで止まる。


 三球目も真裕は、同じコースにカーブを続ける。今度はストライクゾーンから曲がったため万里香は打ちにいく素振りを見せるも、途中でスイングを中断する。


「ボール」


 菜々花と真裕は万里香がバットを振ったのではないかと主張するも、判定は覆られず。ボールが一つ先行する。


(二球連続でカーブとはね。真裕が本気で私を抑えにきてるってことか。でもバッティングカウントになったし、次が狙い目だぞ)


 万里香は微かに口角を持ち上げる。対する真裕には万里香の表情の変化など眼中に無い。彼女は顔を強ばらせて菜々花のサインに頷く。


(万里香ちゃんは間違いなく次の球を打ってくる。ここが勝負だ)


 真裕は頬を膨らませて長く息を吐きながら、投球モーションを起こす。四球目、彼女が投じたのは内角のストレートだ。


(やっぱり真っ直ぐだったか!)


 もちろん万里香は打ちに出る。両軍の選手と指揮官、観客が固唾を飲んで見つめる中、短い金属音を鳴らして打球が上がる。


「ファール」


 高いフライが一塁側ベンチ上のネットに当たる。ターニングポイントと思われた一球はファールとなり、結果的にストライクが一つ増える。


(あー、真っ直ぐに差し込まれちゃった)


 万里香はストレートと分かっていながら、球威に押されて前に弾き返すことができなかった。彼女は思わず顔を顰める。


(今のは今日の中で一番良いボールだったんじゃないかな。だから仕方が無いとは言えないけど、切り替えるしかない。こうなったらスライダーを捉えるまでよ)


 気を取り直してバットを構える万里香。次に来るであろう真裕の決め球、スライダーを打ち砕くことだけを考える。


 ツーボールツーストライクからの五球目。これで勝負が決するか。

 サイン交換を終えた真裕がセットポジションに入る。力感無くゆったりと足を上げてテイクバックに入ると、そこから全身の力をボールに乗せるようにして右腕を振り抜く。


 投球はアウトコースを進む。ただボール一個分ストライクゾーンからは外れていた。

 空振りを誘うスライダーだとすれば、ここから更に外へと曲がってしまう。そのため万里香はバットを出そうとしない。


「……え?」


 ところがそれは罠だった。投球はベースの手前で中に入ってくる変化を見せる。慌ててスイングしようとする万里香だが、脳からの命令に体の反応が追い付かない。結局彼女は何もできないまま、菜々花のミットにボールが収まる音を聞く。


「ストライクスリー」


 球審のコールが高らかに響く。見逃し三振となり、スタンドからは歓声と拍手が沸き起こった。


「ツーシーム……」


 万里香は大きく目を見開き、茫然自失としてその場に固まる。これまでの真裕なら、たとえ狙われていると察していてもスライダーを投げただろう。それが彼女の追い求めていた投球スタイルである。だが今回はその理想を一旦捨て、万里香の虚を衝いてツーシームを投げた。


(……やられた。ツーシームなんて全く頭に無かったよ)


 我に返った万里香が一度真裕を見やってから打席を後にする。真裕はその視線に気付いていたものの、何も反応することなく後ろを振り返って仲間たちとアウトカウントを確認し合う。


(ごめんね万里香ちゃん。本当ならスライダーで勝負したかったし、空振りさせられる自信もあった。だけど狙われてる以上、万里香ちゃんが相手ならどうなるかは分からない。もう打たれるわけにはいかないんだ)


 真裕は自分の感情を内に秘め、確実に万里香を抑えにいった。春歌に圧巻のピッチングに刺激されたと共に、自分がマウンドに立って失点してはならないと危機感を覚えていたのだ。


 決め球にツーシームを選んだことは万里香にとっては予想外だったかもしれないが、元を辿れば彼女も先ほどまで似たようなことを行っていた。この試合では互いに、勝利に拘ったプレーが功を奏する展開となっている。


「……くそ」


 ベンチに帰った万里香は小さな声で吐き捨て、バッティンググラブを乱雑に外す。最後となるかもしれない真裕との対戦がバットを振れずに終わってしまい、悔やんでも悔やみ切れない。


(序盤の私がそうだったように、真裕も試合に勝つことを優先したんだ。私も同じ姿勢を貫いて今の打席に臨んでいれば、結果は変わってたかもしれない……)


 万里香は地面を見つめ、唇を強く噛み締める。だが長々と下を向いている暇は無い。主将としてベンチの最前列に立ち、仲間を鼓舞する。


(まだだ、まだ終わってない。試合も、私たちの対決も……)


 ワンナウトとなって打席に立つのは二番の中本。ここからでもタイブレークのランナーを還したいが、調子を取り戻した真裕に太刀打ちできない。


「アウト」


 中本は四球目を打ってファーストゴロに倒れる。続く西本も凡退し、真裕はタイブレークのランナーすらも還さず無失点で切り抜けた。


「ナイスピッチング! 万里香へのツーシームは完璧だったよ!」


マウンドを降りる真裕に菜々花がミットを叩いて賛辞を送る。ベンチの選手たちも戻ってきたエースに手を差し述べ、ハイタッチを要求している。


その中には春歌の姿もあった。不意に真裕と目が合うも、二人は特に会話を交わすことも表情を変えることもない。しかし彼らの手は、確と重なった。


 迎えた八回裏。マウンドに石川の姿は無い。三点のリードを守り切れず無念の降板となったが、エースとしての役割は十分に果たしたと言える。彼女に勝利を届けるため、後を継ぐのは誰か。直後に流れたアナウンスに、球場全体がひっくり返った。


《楽師館高校、選手の交代をお知らせいたします。ショートの円川さんが、ピッチャー……》


 スタンドが騒然する。何と万里香がマウンドに上がると言うのだ。真裕は俄に状況を飲み込めず、傍にいた菜々花に確かめる。


「え? 円川さんって万里香ちゃんのことだよね? 私の聞き間違い?」

「そんなことないよ。私にもそう聞こえたもん。これはびっくりだ……」


 二人が驚きを隠せない中、万里香がマウンドに上がる。公式戦では初登板。亀ヶ崎に相手には練習試合を含めて一度も投げていない。秘策とも言える投手・円川万里香は、この絶望的な窮地で如何なるピッチングを見せるのか。


《八回裏、亀ヶ崎高校の攻撃は、三番ライト、踽々莉さん》


 万里香の投球練習が終わり、先頭打者の紗愛蘭が打席に立つ。亀ヶ崎は京子を二塁、きさらを一塁に置いて攻撃が始まる。


(真裕も春歌もよく投げてくれた。絶対にこの回で決めるぞ!)


 セオリーでは送りバントだが、亀ヶ崎ベンチは紗愛蘭にフリーで打たせる。ランナー二、三塁として一塁が空けば、次のオレスは敬遠される可能性が高い。それならば主将の一打に期待する選択肢を取ったのだ。


「ふう、さてと……。皆、打たせていくから守備は頼んだよ!」


 マウンド上の万里香は大きく息を吐き出し、後ろを守る選手たちに向かって声を上げる。それからロジンバックに触れて臨戦態勢を整え、紗愛蘭と対峙する。


(紗愛蘭か……。これまた厄介なバッターに当たったもんだ。でも低めへのコントロールを徹底すれば、ゴロを打たせることができるはず)


 万里香は手早くサインを決め、セットポジションに入った。この場にいる者たちの視線を一身に浴びながら、彼女は一球目を投じる。


「ストライク」


 ストレートがアウトロー一杯に決まった。これでは紗愛蘭も手が出ない。


(真裕や石川ほどじゃないけど球速はそこそこ出てるし、コントロールも良さそうだ。これは急造投手なんかじゃない。ちゃんと練習を積んできてるな)


 紗愛蘭は胸の内で驚きながらも表情には出さず、気を引き締め直す。いくら万里香が良い投球をしてきても、泥臭くうっちゃってしまえば勝てるのだ。


 二球目。万里香が一転してインコースを突く。死球となれば押し出しだが、彼女は狙った場所に投げ切る。


「ボール」


 外れはしたものの、初球がストライクのためこれで良い。万里香としてはボールになることを嫌がって投球が真ん中に入れば、痛打を浴びる可能性も高くなる。


 三球目、万里香は縦に放物線を描くカーブを投げてきた。緩やかな軌道で外角高めから縦へと大きく落ちる。打ちに出た紗愛蘭だが、捉え切れずファールにする。


(速い球で内を攻めた後に外の緩い球か。オーソドックスな配球だけど、これだけきっちりコースに投げ分けれたら簡単には打てないよ。流石は万里香だ)


 紗愛蘭は万里香の見事なコーナーワークに感心する。付け焼き刃の練習では、まずできない技術だ。


(投球練習を見る限り、万里香の持ってる球種は真っ直ぐとカーブの二つだ。いくら万里香でも、一点でも与えたら負ける場面でぶっつけ本番の変化球を投げるのは難しいと思う)


 追い込まれている紗愛蘭だが、冷静に万里香の特徴を分析して今後の投球に備える。たとえ初見だとしても、球筋を把握できれば打てないことはない。


 四球目、万里香は再び外角低めへのストレートを投じる。これまた絶妙なコースに行っているが、紗愛蘭は一度見ているためそれほど厳しい球とは感じなかった。


(真っ直ぐか。良いコースだけどバットは届く。これで決めるぞ!)


 紗愛蘭が快音を響かせる。センター返しの打球が万里香の足元を襲う。


「抜けろ!」


 真裕を筆頭に、亀ヶ崎の選手がベンチから身を乗り出す。サヨナラヒットとなるか。


「抜かせてたまるか!」


 ところが万里香は瞬時にグラブを出し、自分の右膝付近に飛んできた打球を叩き落とす。ボールはマウンドの左に転がった。


「万里香、サードに投げろ!」


 キャッチャーの大下が呼び掛ける。万里香はそれに応えて素早くボールを拾い、三塁に送球する。


「アウト!」

「おし!」


 万里香が右の拳を握り締める。普通の投手ならヒットになっても不思議ではない打球だったが、群を抜く反応速度でグラブに当てた。日頃からショートを守る彼女だからこそできたのだろう。これでまずは一つ危機を脱する。


「あー! 惜しい……」


 ベンチの真裕は膝を叩いて悔しがる。仮にこの回で試合が決まらなければ九回もマウンドに上がることとなるが、彼女は休むことなく立ち上がって仲間に声援を送る。


(凄いよ万里香ちゃん。投げる方もここまでできるなんてね。できることなら私も打者として対戦したいけど、このチャンスは逃せない。頼んだよ、オレスちゃん……)


 アウトが一つ増えた上でランナーが入れ替わり、打順は四番のオレスに回る。得点圏にランナーを置いて迎えた六回の第三打席では、打点こそ挙げたものの記録としてはセカンドゴロに倒れている。その悔しさを晴らす打席とできるか。はたまた楽師館が九回の攻防に望みを繋げるのか。


(紗愛蘭が終わったと思ったらネイマートルが控えてるのか。怒涛のラインナップだね。でも怯むわけにはいかないぞ。攻める気持ちを持って投げるんだ)


 初球、万里香はインコースへのストレートを投じる。投球はオレスの胸の下を通過し、ボールと判定される。


(この場面でもしっかりインコースを抉ってくるか。肝が据わってるのは野手としてのプレーを見てれば分かるけど、それを活かせるだけの制球力も備えてる。ただどんなに良いピッチャーでも、どこかで必ずズレが生じる。そしてそのズレがこの展開では命取りになる。私は焦らず打つべき球を待つだけだ)


 オレスは地に足を付け、どっしりとバットを構える。球場全体が息の詰まるような緊迫感に包まれている中、彼女は泰然として自らに課された使命を果たそうとしている。それだけ自身の実力に自信があるということだ。


 二球目、万里香はストレートを続け、一球目とは反対の外角低めに投げる。ここはオレスの得意なゾーンであり、彼女は打ちに出る。


「ファール」


 打球はライトへと飛んだが、フェアゾーンからは遠く離れていた。万里香がきっちりとコーナーを突いていたため、オレスでも簡単にはヒットにできない。


(やっぱり手を出してきたか。こういう場面で積極的にバットを振られるのは怖いね。丁寧に、けど大胆さも忘れずに)


 万里香は自分にそう言い聞かせてから三球目を投じる。カーブが真ん中から低めに落ちていく。コースとしては厳しくなかったが、緩く大きな変化にオレスはタイミングが合わない。


「ストライクツー」

「よし」


 球審のコールを聞いた万里香は誰からも分からない程度に白い歯を覗かせる。大ピンチを切り抜けるまであとストライク一つ。その一つをどうやって取るのか。


(ボールカウントには余裕がある。高めのボール球で空振りを狙っても良さそう。打ち気があるなら絶対に反応はしてくる。見逃されても次の低めで高低差を付けられるしね)


 四球目のサインを決めた万里香がセットポジションに就く。彼女は大きく足を上げて投球モーションに入ると、そこで溜めた力を解き放つようにして腕を振り切る。


 大下の構えていたミットの位置は高めのボールゾーン。万里香の投じたストレートもその付近に行っている。バッテリーの狙い通り、オレスは手を出してきた。


 見逃せばボールだと分かっていたオレスだが、スイングを止めない。腰を押し込むようにしてバットを振り切り、右方向に飛球を打ち上げる。


「ライト!」


 定位置から前寄りに守っていたライトの本条が背走する。打球は勢いこそ無いものの意外と伸びており、万里香の顔には焦燥感が漂う。


(……待て待て。ボール球だぞ。こんなに飛ぶもんなのか……)


 打球が落ちてきた。同時に万里香の叫び声がグラウンドに木霊する。


「本条、捕って!」


 本条が懸命に腕を伸ばす。白球はグラブの先に引っかかったようにも見えたが、最終的には地面に弾む。


「おっしゃあ! きさら回れ!」


 ベンチの仲間たちの声に導かれ、きさらがウイニングランを決めるべく三塁を蹴った。一方で本条も急いで打球に追い付き処理する。だが彼女の送球が中継に達するよりも前に、きさらはホームを駆け抜ける。


「やった! 勝った!」


 亀ヶ崎の選手たちがベンチから嬉々として飛び出してくる。オレスのタイムリーで勝敗は決した。


「ああ……」


 万里香はマウンドで両膝を付いてしゃがむ込み、動けなくなってしまう。大下と決めたサイン通り高めのボール球を投げたが、結果的には打ち返されてしまった。実のところ投球は本来の狙いよりも少し低くなっており、その分だけオレスのバットが届いたのである。


 高めで空振りを奪いたいのであれば、低め以上にコントロールには気を付けなければならない。バットに当たればフライになりやすく、外野が前進している状況ではヒットになる可能性は高くなる。低めや内外のコーナーワークに対する丁寧さは持っていた万里香だったが、高めに関してはその意識がやや欠けていた。投手経験が浅いが故の甘さが出てしまったのだ。


「万里香ちゃん……」


 チームメイトと共に整列を済ませていた真裕は、何とも言えない面持ちで万里香を見つめた。万里香の元には大下や東條らが集まり、彼女を労わる。


「万里香、よく投げくれたよ。胸を張ろう」

「ごめん、私のせいで……」

「万里香のせいじゃないさ。寧ろ万里香がいたおかげで私たちは強くなれたんだし、今日だってこういう試合ができたんだ。万里香と一緒に野球ができて幸せだったよ」


 大下が万里香の肩を抱きかかえ、彼女を立ち上がらせる。万里香も己の、そして主将の誇りを汚さぬよう、最後は真っ赤に腫らした顔を上げて自力で歩を進めた。


「四対三で亀ヶ崎高校の勝利。礼!」


 決着が付いてから数分を要して、球審からゲームセットが告げられる。挨拶をし終えた選手たちは互いの健闘を称え合い、真裕も万里香と握手を交わす。


「……おめでとう。私たちを倒したんだから、絶対に優勝しなよ」

「うん。分かった……」


 二人は浮かない表情で黙り込む。結末が結末だけに、両者の気持ちは複雑だった。


「……これで終わりじゃないから」


 先に口を開いたのは万里香だ。真裕は言葉の真意が分からず、僅かに首を傾げる。


「私はプロに行く。決着はそこで付けよう」


 万里香は一切の迷いも躊躇いも無く言い放つ。その堂々とした態度に、真裕は思わず気圧される。


「プロ……」

「真裕だって考えてるんでしょ。だから私たちの戦いは終わらないよ」

「えっと、私は……」


 真裕が何かを言いかけて止める。自らの中途半端な心境を口にすれば、万里香はどう思うだろうか。


 亀ヶ崎と楽師館のライバル対決は、思わぬ形での幕切れとなった。結果的には亀ヶ崎が辛くも勝利し、三回戦へと駒を進める。



To 90th base……

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