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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第六章 私がライバル
92/149

89th BASE

 同点の延長八回裏、ツーアウト満塁。マウンド上の万里香に、八番の栄輝が対する。


 今日の栄輝は共に得点へと繋がる二安打を放っており、亀ヶ崎としては願ってもない打者に回ってきたと言える。今度は自らが勝利を決める打点を挙げたい。


(今日の私は初球から打ちにいって結果が出てる。この打席も同じだぞ)


 栄輝は一球目から果敢にスイングしていく。しかし万里香も彼女の考えを見透かし、カーブでタイミングを外す。バットは虚しく空を切った。


(やっぱり手を出してきたか。とりあえず初球は空振りさせられたけど、こういう場面で縮こまらず積極的にバットを振られるのは怖いね)


 二球目。万里香は細心の注意を払いつつ、初球と同じカーブを投じる。これも栄輝はバットを出していくが、空振りを喫する。


(うーん、最初はストライクに見えるんだけど、変化した後はボールなんだ。落差が大きいし、やっぱり打ちにいくべきじゃなかったのかな……)


 栄輝の心が消極的になりかける。しかしそれをネクストバッターズサークルにいた真裕の言葉が食い止めた。


「栄輝ちゃん良いよ! 最後までどんどんバット振っていこう」


 真裕としても栄輝には結果はどうあれとにかくバットを振ってほしかった。力強いスイングこそが彼女の最大の魅力であり、それを発揮した上での三振や凡打なら後悔は少ない。


(……そうだ。せっかく良い手応えを掴みかけてるんだから、ここで止めたら勿体無い。きさらだって最初はボール球を空振りしてたし、それでもバットを振り続けて打てたんだ。私にもまだチャンスは残ってる)


 栄輝はほんの少しバットの握りを余す。ただしこれはスイングを小さくすることが目的ではなく、持ち手の柔軟性を上げて緩い変化球に対応しやすくするため。フルスイングを止めるつもりは無い。


 マウンドの万里香が大下からのサインを伺う。栄輝を抑え、大ピンチを切り抜けるまであとストライク一つ。その一つをどうやって取るのか。


(ボールカウントには余裕がある。バッターの様子を見る限りカーブには合ってないし、ボール球にすればもう一球投げても良さそうだよね)


 サインに頷いた万里香がセットポジションに入る。彼女はクイックモーションなどの小細工はせず、大きく足を上げてから三球目を投じる。カーブが外角から沈む。見逃せばボールになるだろうが、万里香の腕から離れた瞬間はストライクに見え、栄輝は手を出さざるを得ない。


「……えいやっ!」


 これまで見てきた球筋に(なぞら)えてバットの軌道を調整し、栄輝は何とか打ち返す。打球は一二塁間へのゴロとなったものの、スイングスピードが速い分だけ勢いが付く。


「ファースト!」

「オーライ!」


 それでもファーストの東條が打球の正面に入った。キャッチすることはできないものの、体に当てて前に落とす。


「東條、落ち着いて! ランナー全然来てないよ」


 一塁のベースカバーに回った万里香が東條を呼ぶ。この時点で栄輝はまだ塁間の半分に到達した程度だ。


「くそ!」


 懸命に走る栄輝だが、こればかりは間に合いそうにない。ボールを拾った東條は万里香と歩調を合わせ、少し彼女に寄ってから丁寧にトスする。


「よし!」


 万里香はベースの前方で足を止め、東條の方に体を向けて捕球する。タイミングは悠々アウトだ。


(あとはベースを踏むだけ……)


 右足を引いてベースを踏もうとする万里香。ところが、そのベースが思ったところに無い。


(あれ? やばい……)


 万里香は慌てて後ろに目をやり、必死に足を動かす。何度か踏み直したところでようやくベースに触れられる。


 ――だがその時には、既に栄輝が一塁を駆け抜けていた。


「セーフ、セーフ!」


 一塁塁審が両手を広げる。その宣告を無情にも、楽師館の敗北を意味する。


「え、一塁セーフ? やった! 勝った!」


 亀ヶ崎の選手たちは一瞬戸惑いながらも、自分たちが勝利したことを理解してベンチから嬉々として飛び出す。栄輝も左腕を掲げ、笑顔で仲間の元に向かう。


「栄輝、よくやった!」

「ナイスバッティング! ナイスラン!」

「ナイスかどうかは分かんないですけど、とにかくやりました!」


 栄輝はチームメイトと喜びに浸る。彼女のタイムリー内野安打で勝敗は決した。


 これから試合終了後の挨拶となるのだが、楽師館の選手たちは呆然と立ち尽くして動けない。特に万里香はその場に膝から崩れ落ち、地面に頭を付けて(うずくま)っている。


(そんな……、そんな……。こんな終わり方なんて……)


 万里香は投手としても非凡な才を発揮し、満塁のピンチを抑え切る寸前まで漕ぎ着けた。本職ではないながらも練習を積んできた成果が出たのだ。


 しかしピッチング以外のところに落とし穴があった。一塁ベースカバーは投手の守備の中で一番難しいと言われている。ファーストとの呼吸の合わせ方やバッターランナーと交錯しない立ち位置など、実戦を通してでしか上達できない要素もあり、万里香の犯したベースの踏み損ないも稀に起こる。真裕や石川のように普段から投手をやっている人間であれば冷静に対処できるだろうが、その二人に比べて圧倒的に経験の乏しい万里香では、ミスが重なってしまうのも不思議ではなかった。


「万里香ちゃん……」


 チームメイトと共に整列を済ませていた真裕は、何とも言えない面持ちで万里香を見つめる。万里香の元には大下や東條らが集まり、彼女を労わった。


「万里香、よく投げくれたよ。胸を張ろう」

「ごめん、私のせいで……」

「万里香のせいじゃないさ。寧ろ万里香がいたおかげで私たちは強くなれたんだし、今日だってこういう試合ができたんだ。万里香と一緒に野球ができて幸せだったよ」


 大下が万里香の肩を抱きかかえ、彼女を立ち上がらせる。万里香も己の、そして主将の誇りを汚さぬよう、最後は真っ赤に腫らした顔を上げて自力で歩を進めた。


「四対三で亀ヶ崎高校の勝利。礼!」


 決着が付いてから数分を要して、球審からゲームセットが告げられる。挨拶をし終えた選手たちは互いの健闘を称え合い、真裕も万里香と握手を交わす。


「……おめでとう。私たちを倒したんだから、絶対に優勝しなよ」

「うん。分かった……」


 二人は浮かない表情で黙り込む。結末が結末だけに、両者の気持ちは複雑だった。


「……これで終わりじゃないから」


 先に口を開いたのは万里香だ。真裕は言葉の真意が分からず、僅かに首を傾げる。


「私はプロに行く。決着はそこで付けよう」


 万里香は一切の迷いも躊躇いも無く言い放つ。その堂々とした態度に、真裕は思わず気圧される。


「プロ……」

「真裕だって考えてるんでしょ。だから私たちの戦いは終わらないよ」

「えっと、私は……」


 真裕が何かを言いかけて止める。自らの中途半端な心境を口にすれば、万里香はどう思うだろうか。


 亀ヶ崎と楽師館のライバル対決は、思わぬ形での幕切れとなった。結果的には亀ヶ崎が辛くも勝利し、三回戦へと駒を進める。



See you next base……

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