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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第六章 私がライバル
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87th BASE

 延長八回表。真裕が万里香から始まる楽師館の上位打線を三人で抑え、裏の攻撃に繋げる。


《八回裏、亀ヶ崎高校の攻撃は、三番ライト、踽々莉さん》


 エースの力投でチームは上昇気流に乗った。この流れでサヨナラ勝利を収めるべく、主将の紗愛蘭が火付け役となる。


(真裕も春歌もよく投げてくれた。絶対にこの回で決めるぞ!)


 楽師館のこの回から投手が交代する。マウンドにはサウスポーの滋賀野(しがの)が上がっていた。

 石川は三点のリードを守り切れず無念の降板となったが、エースとしての役割は十分に果たしたと言える。彼女に勝利を届けるためにも、滋賀野は気合を入れて投球に臨む。


「さあ滋賀ちゃん、きつい場面だけど楽しんでいこう! いつもの滋賀ちゃんなら大丈夫だよ!」


 ショートのポジションから声を掛けた万里香に対し、滋賀野は「分かった」と言って深々と頷く。緊張気味だった表情もやや解れた。


 滋賀野はランナーがいないながらもセットポジションに入り、左腕を上から振り下ろすフォームから一球目を投じる。外角高めのストレート。球威はあるものの、狙ったコースには行っていない。


(ピッチャーが代わったからって様子を見る必要は無い。打てる球は打っていく!)


 紗愛蘭は迷わずバットを出した。コースに逆らわず三遊間へと弾き返す。


「ショート!」


 サードの長谷川、ショートの万里香が揃って跳び付くも、打球は二人の間をすり抜けていく。レフトへのヒットで、紗愛蘭がサヨナラのランナーとして出塁する。


「紗愛蘭ちゃん巧い! ナイス!」


 ベンチの真裕は両手を上げて拍手する。仮にこの回で試合が決まらなければ九回もマウンドに上がることとなるが、彼女は休むことなく立ち上がって仲間に声援を送る。


《四番ファースト、ネイマートルさん》


 打順は四番のオレスに回る。得点圏にランナーを置いて迎えた六回の第三打席では、打点こそ挙げたものの記録としてはセカンドゴロに倒れている。その悔しさを晴らす打席とできるか。


(ピッチャーは左に変わったけど、タイプとしてはほぼ一緒と考えて良い。基本的に打つべきなのは真っ直ぐだ)


 オレスの長打で一気に試合が決まれば最高だが、ひとまずはチャンスを拡大させたい。その初球、ストレートが低めに外れた。


(コントロールは悪くないんでしょうけど、思ったところからは微妙に外れてる感じがするわね。こうした接戦ではちょっとしたズレが勝負の明暗を分ける。私は焦らず、打つべき球を待っていれば良い)


 オレスは地に足を付け、どっしりとバットを構える。球場全体が息の詰まるような緊迫感に包まれている中、彼女は泰然として自らに課された使命を果たそうとしている。それだけ自身の実力に自信があるということだ。


 二球目。滋賀野がインコースを突く。球種はストレートながら若干のスライド回転が掛かっており、その分だけボールゾーンに曲がってしまう。それをオレスはきっちりと見極める。


 滋賀野はしっかり腕が振れており、投げっぷりからは調子が悪いように見えない。それでもこうしてボール球が続いてしまうのは、最後のリリースポイントや踏み出す膝の角度など、極めて細かな部分で狂いが生じているのだろう。本来ならば球数を投げていく中で修正していくものだが、一点でも取られれば敗北の決まる今の状況では、あまりに猶予が無い。


「ボールスリー」


 三球目、滋賀野は初めての変化球となる外角のスライダーを投じる。だがこれもほんの僅かに外れる。


 滋賀野はここまで、オレスに対して一球もストライクが取れていない。四球を出してはならないことは百も承知。スリーボールからでも何とか盛り返したい。


 四球目、滋賀野は肩に伸し掛かる重圧を全て投球に乗せるようにして腕を振る。


「おわっ⁉」


 しかし勢いが付き過ぎ、滋賀野は投げ終えた後にバランスを崩した。真ん中低めを狙ったストレートが高めにすっぽ抜ける。


「ボールフォア」


 結局オレスは一度もバットを振ることはなかった。彼女が一塁へ歩くと共にランナーの紗愛蘭も二塁に進む。亀ヶ崎は労せずしてチャンスを広げる。


「くそっ……」


 滋賀野は足場を均すついでに、自分の不甲斐無さへの怒りをぶつけるように地面を強く蹴る。本人がやりたくてやっているわけではないものの、こうも呆気無く四球を出しているようでは、このピンチを乗り切ることは難しいかもしれない。


 亀ヶ崎は次の打者で送りバントの策を選ぶ。制球の不安定な投手にアウトを一つ献上することは惜しい気もするが、それは複数点が欲しい場合の話であり、今彼女たちに必要なのはたった一点のみ。ならば犠牲フライやスクイズ、更には内野ゴロなど、得点のできるバリエーションを増やしておくに越したことはない。


 対する楽師館はランナーの進塁を阻止したいが、今の滋賀野にはバントをさせないような厳しい球を投げる余裕が無い。ストライクを入れることで精一杯だった。


「滋賀ちゃん、ファーストで良いよ!」


 三塁側に転がったバントを滋賀野が捌くも、大下からの指示で三塁を見ることなく一塁へ送球する。これでワンナウトランナー二、三塁。これ以上無い得点機を作り、打席に六番の昴が入る。


「タイム」


 ここで楽師館が守備のタイムを取り、マウンドで内野手たちが輪を作る。初めは守備位置や満塁策を取るか否かについて話し合っていたが、途中で何やらベンチから指示が出る。その直後に起こった出来事に、亀ヶ崎ナイン、そして観客は目を疑った。


《選手の交代をお知らせいたします。ショートの円川さんが、ピッチャー……》


 スタンドが騒然する。何と万里香がマウンドに上がると言うのだ。真裕は俄に状況を飲み込めず、近くにいた京子に確かめる。


「え? 円川さんって万里香ちゃんのことだよね? 私の聞き間違い?」

「そんなことないよ。ウチにもそう聞こえたもん。これはびっくりだ……」


 二人が驚きを隠せない中、万里香が滋賀野からボールを受け取って投球練習を行う。公式戦では初登板。亀ヶ崎に相手には練習試合を含めて一度も投げていない。秘策とも言える投手・円川万里香は、この絶望的な窮地で如何なるピッチングを見せるのか。



See you next base……

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