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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第六章 私がライバル
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86th BASE

 夏大二回戦。最終回まで楽師館にリードを許していた亀ヶ崎だが、ツーアウトから代打で出たきさらが同点タイムリーを放つ。試合は延長戦に入り、マウンドに再び真裕が上がる。八回表の先頭打者は万里香だ。


 初球、真裕はアウトローに糸を引くようなストレートを投げ込む。万里香は投球が放たれてから菜々花のミットに収まるまで一瞬たりとも目を離さず、球筋を脳裏に焼き付ける。判定はストライクだ。


(やっぱり良い球投げるなあ。真裕はこうでなくちゃね。最後の最後で追い付かれたのは残念だけど、おかげでもう一回真裕と勝負できる機会が巡ってきた。味気の無いまま終わるのは嫌だし、決着を付けようか!)


 既のところで楽師館は試合を振り出しに戻されたが、万里香個人としてはそれほど悲壮感を抱いていない。彼女の中では消化不良に思う部分もあり、改めて真裕と剣を交えられることにこの上無い喜びを感じている。


 二球目はカーブが外角低めにワンバウンドする。万里香のバットは僅かに動いただけで止まる。


 三球目も真裕は、同じコースにカーブを続ける。今度はストライクゾーンから曲がったため万里香は打ちにいく素振りを見せるも、途中でスイングを中断する。


「ボール」


 菜々花と真裕は万里香がバットを振ったのではないかと主張するも、判定は覆られず。ボールが一つ先行する。


(二球連続でカーブとはね。真裕が本気で私を抑えにきてるってことか。でもバッティングカウントになったし、次が狙い目だぞ)


 万里香は微かに口角を持ち上げる。対する真裕には万里香の表情の変化など眼中に無い。彼女は顔を強ばらせて菜々花のサインに頷く。


(万里香ちゃんは間違いなく次の球を打ってくる。ここが勝負だ)


 真裕は頬を膨らませて長く息を吐きながら、投球モーションを起こす。四球目、彼女が投じたのは内角のストレートだ。


(やっぱり真っ直ぐだったか!)


 もちろん万里香は打ちに出る。両軍の選手と指揮官、観客が固唾を飲んで見つめる中、短い金属音を鳴らして打球が上がる。


「ファール」


 高いフライが一塁側ベンチ上のネットに当たる。ターニングポイントと思われた一球はファールとなり、結果的にストライクが一つ増える。


(あー、真っ直ぐに差し込まれちゃった)


 万里香はストレートと分かっていながら、球威に押されて前に弾き返すことができなかった。彼女は思わず顔を顰める。


(今のは今日の中で一番良いボールだったんじゃないかな。だから仕方が無いとは言えないけど、切り替えるしかない。こうなったらスライダーを捉えるまでよ)


 気を取り直してバットを構える万里香。次に来るであろう真裕の決め球、スライダーを打ち砕くことだけを考える。


 ツーボールツーストライクからの五球目。これで勝負が決するか。

 サイン交換を終えた真裕がゆったりと振り被る。力感無く足を上げてテイクバックに入ると、そこから全身の力をボールに乗せるようにして右腕を振り抜く。


 投球はアウトコースを進む。ただボール一個分ストライクゾーンからは外れていた。

 空振りを誘うスライダーだとすれば、ここから更に外へと曲がってしまう。そのため万里香はバットを出そうとしない。


「……え?」


 ところがそれは罠だった。投球はベースの手前で中に入ってくる変化を見せる。慌ててスイングしようとする万里香だが、脳からの命令に体の反応が追い付かない。結局彼女は何もできないまま、菜々花のミットにボールが収まる音を聞く。


「ストライクスリー」


 球審のコールが高らかに響く。見逃し三振となり、スタンドからは歓声と拍手が沸き起こった。


「ツーシーム……」


 万里香は大きく目を見開き、茫然自失としてその場に固まる。これまでの真裕なら、たとえ狙われていると察していてもスライダーを投げただろう。それが彼女の追い求めていた投球スタイルである。だが今回はその理想を一旦捨て、万里香の虚を衝いてツーシームを投げた。


(……やられた。ツーシームなんて全く頭に無かったよ)


 我に返った万里香が一度真裕を見やってから打席を後にする。真裕はその視線に気付いていたものの、何も反応することなく後ろを振り返って仲間たちとアウトカウントを確認し合う。


(ごめんね万里香ちゃん。本当ならスライダーで勝負したかったし、空振りさせられる自信もあった。だけど狙われてる以上、万里香ちゃんが相手ならどうなるかは分からない。もう打たれるわけにはいかないんだ)


 真裕は自分の感情を内に秘め、確実に万里香を抑えにいった。春歌に圧巻のピッチングに刺激されたと共に、自分がマウンドに立って失点してはならないと危機感を覚えていたのだ。


 決め球にツーシームを選んだことは万里香にとっては予想外だったかもしれないが、元を辿れば彼女も先ほどまで似たようなことを行っていた。この試合では互いに、勝利に拘ったプレーが功を奏する展開となっている。


「……くそ」


 ベンチに帰った万里香は小さな声で吐き捨て、バッティンググラブを乱雑に外す。最後となるかもしれない真裕との対戦がバットを振れずに終わってしまい、悔やんでも悔やみ切れない。


(序盤の私がそうだったように、真裕も試合に勝つことを優先したんだ。私も同じ姿勢を貫いて今の打席に臨んでいれば、結果は変わってたかもしれない……)


 万里香は地面を見つめ、唇を強く噛み締める。だが長々と下を向いている暇は無い。主将としてベンチの最前列に立ち、仲間を鼓舞する。


(まだだ、まだ終わってない。試合も、私たちの対決も……)


 ワンナウトとなって打席に立つのは二番の中本。ここからでもチャンスを作ってクリーンナップに回したいが、調子を取り戻した真裕に太刀打ちできない。


「アウト」


 中本は四球目を打ってファーストゴロに倒れる。続く西本も凡退し、真裕が一番から始まる打順を三人で片付けた。


「ナイスピッチング! 万里香へのツーシームは完璧だったよ!」


マウンドを降りる真裕に菜々花がミットを叩いて賛辞を送る。ベンチの選手たちも戻ってきたエースに手を差し述べ、ハイタッチを要求している。


その中には春歌の姿もあった。不意に真裕と目が合うも、二人は特に会話を交わすことも表情を変えることもない。しかし彼らの手は、確と重なった。


See you next base……


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