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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第六章 私がライバル
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82nd BASE

 七回表、春歌はワンナウトランナー三塁のピンチを背負うも、代打の林を打ち取ってツーアウトを取る。打席には九番の石川が入った。


 初球、春歌は外角にストレートを投じるも、僅かに外れる。基本的に打つしか手の無い石川は、バットを出すタイミングを図った上で見送る。


 二球目もアウトコース。ただし球種はツーシームだった。打ちに出る石川だが、バットの下面に当ててしまう。サードへ弱いゴロが転がるも、僅かに切れてファールとなる。石川としては命拾いする。


 石川は前の打席で送りバントを命じられたように、バッティングに関しての期待は高くない。しかし甘い球をバットの芯で捉えるだけの技術は持っている。投手だからと言って侮ってはならない。


 三球目は外角低めのストレート。石川は直前のツーシームとこれまで多投されてきたカットボールの存在に惑わされ、思い切ってバットを振る決心が付かない。


「ストライクツー」


 これで春歌が追い込んだ。ここからは勝負を焦らず、まだ二つボール球が投げられる余裕を最大限に活用したい。


 四球目、春歌はアウトコースのカットボールを投じる、石川はバットに当ててファールにする。後ろの打者には万里香が控えている。石川としては仮にヒットを打てなくても、四球などで出塁して万里香に繋げれば役目を果たしたと言える。追い込まれたことで彼女がファールで粘ることに徹すれば、空振りを取れる球種の無い春歌としては非常に苦しい。


 となれば打ち取るためにはキャッチャーのリードが鍵となる。菜々花は頭をフル回転させて配球を組み立てる。


(石川は自分でランナーを還そうとはもう思っていない。林の最後に使ったあの球は空振りを奪うには適してないし、他の球種も普通に投げていたら概ねバットには当てられる。その中で抑えるには石川が考えもしない球を投げて見逃し、或いは打ち損じをさせるしかない。その一球のために球数を要してでもお膳立てしよう)


 五球目、バッテリーは外のボールゾーンに逃げるカーブを選択する。石川は振り掛けたバットを止めて見逃した。


 六球目も似たコースへのカーブが続く。今度はストライクかボールか判断し辛かったため、石川はカットする。


「キャッチ!」


 本塁後方にフライが打ち上がり、菜々花がマスクを取って捕球に向かう。だが打球はバックネットに当たって落ちてきた。当然これを捕ってもアウトにはならない。


 春歌は石川に対し、ここまでの六球で一度もインコースに投げていない。彼女の信条に反する投球となっているが、抑えるために必要なことだと納得して菜々花のリードに従っている。


 反対に石川も、いつインコースに来ても対応できるよう備えなければならない中で根気強く粘っている。ピッチングの疲労感はあるはずだが、よく集中力を保てている。


「ボールスリー」


 七球目は春歌が手元を狂わせ、カットボールがアウトローに外れる。斜め下の変化が掛かってワンバウンド気味になるも、菜々花が上手くミットを掬い上げて捕る。


「頑張れ春歌。負けるな!」

「打たれても私たちが守るぞ!」


 亀ヶ崎ナインは自らのポジションから春歌を勇気付けようとする。だが当の春歌は彼らの声が耳に入ってこないほど、石川への投球に神経を注いでいる。


(ずっと外角ばっかりなのは気に食わないけど、そのおかげでバッターは勝手に内角を意識し続ける。意地を張って自分の投げたい球を投げたところで打たれたら悔いしか残らない。どんなことをしても抑え切る)


 スリーボールツーストライクとなっての八球目、春歌はまたしてもアウトコースに投じる。球種はストレート。石川はやや差し込まれつつ打ち返す。


 緩やかなライナーがライトのファールゾーンを舞う。紗愛蘭が追っていくも、打球は彼女の遥か先で弾んだ。


 九球目も春歌が同じ球を続ける。石川の放った打球はバックネットを越えてスタンドに消え、三球連続でファールとなる。


「ふう……」


 石川は打ち終えた後に息を漏らす。フルカウントという極限の緊張感が何球も続くのは精神的に相当堪える。


 それは春歌も同じ。マウンド上は外気温よりも温度が高いと言われており、おそらく四〇度を超えているだろう。しかしその熱さを感じないくらい、彼女の身体は熱っている。


 手に汗握る勝負は次が二桁十球目。春歌は菜々花からのサインにあっさり頷いてセットポジションに就くと、ゆっくりと足を上げて投球動作を起こす。


 渾身の力を込めて振り抜かれた右腕から放たれた投球は、これまでとは逆側のコースを進む。遂に春歌は内角へと投じたのだ。


 石川は林が打ち取られた変化球も頭に入れつつ、カットしようとバットを振り始める。ところが、投球は彼女の体から離れていくように曲がり出す。

 予想と反する変化に石川は戸惑い、スイングが泳いでしまう。投球は彼女のバットの下を潜って菜々花のミットに収まった。


「バッターアウト。チェンジ」


 石川は空振り三振に倒れる。彼女は唖然とした様子で、暫し打席の中で固まる。


(今のは何だ? カーブ? ちゃんと変化していたから、抜けたわけじゃなくて狙ってインコースに投げたのか。やられたな……)


 春歌が投じたのはカーブ。内から真ん中に入ってくるため一歩間違えば大惨事になっていたが、亀ヶ崎バッテリーはそれまでの配球の積み重ねで準備を整えていた。石川は全く想定しておらず、結局バットに当てることができなかったのだ。


 窮地を脱した春歌だが、特に喜びなどを表現することなくマウンドを後にする。未だ試合は続いており、加えて自分たちはリードされている立場。少しでも表情を緩めることはできない。

 この姿は真裕の目にどう映るのか。彼女は珍しく神妙な面持ちで春歌を見つめ、レフトから引き揚げてくる。


(凄い……。ここを無失点で切り抜けるなんて。しかもただ抑えただけじゃない。林さんには新しく覚えた変化球を投げ切った。次の石川さんはこれまであまり見せなかった外角中心の投球を組み立てて、最後の最後に一番の武器である内角攻めで仕留めた。春歌ちゃんは今、とてつもなく成長している。そしてそれが成果として現れているんだ)


 真裕は両腕に鳥肌が立つのを感じる。ベンチでは春歌が他の選手とハイタッチを交わしていたが、その輪に入っていくことができない。春歌のピッチングを素直に称えることができなかった。



See you next base……


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