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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第一章 野球女子!
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7th BASE

 新年度が始まって早十日。結ちゃんたち一年生は昨日正式に入部が決まり、晴れて亀ヶ崎女子野球部の一員となった。今日は放課後に普段通りの練習が行われている。私はちょうどブルペンでの投球練習を終え、菜々花ちゃんとクールダウンのキャッチボールをしていたところだ。


「菜々花ちゃん、受けてくれてありがとう」

「うん、真裕もお疲れ様。暖かくなってきたからかもだけど、スピードが上がってきてる気がするよ」

「ほんと? それは良かった」


 菜々花ちゃんに言われた通り、今日は自分の感覚でも指の掛かり具合が良かった。強いストレートを投げることは昨夏から継続している取り組みの一つ。寒い時期と重なったため春大の際は少し球速が落ち込んでいたが、戻ってきているみたいで安心した。


「お、真裕の投球練習が終わったっぽいな。ブルペン使っても大丈夫か?」


 そう私に尋ねてきたのは、監督である木場(きば)隆浯(りゅうご)先生だ。監督は今年で着任六年目。亀高が先生になって初めての学校と聞いているので、年齢はまだ二〇代のはずだ。

 現役時代は一五〇キロに迫る速球を投げる投手だったものの、腰の故障で選手としての道は断念してしまった。しかし監督になった現在でも日々のトレーニングを欠かしていないらしく、厚めの服を着ていても胸筋や肩周りが隆々としているのが分かる。その体型から正面に立たれると相当な威圧感を覚えるが、実際は選手想いの優しい人柄の持ち主である。


「大丈夫です。結ちゃんに投げてもらうんですか?」

「ああ。どれくらい投げられるのか早い内に確かめておきたくてな」

「だったら私も見てて良いですか?」

「構わないぞ。気付いたことがあったらアドバイスしてやってくれ」


 監督がバックネット裏で待機していた結ちゃんを手招きする。レフトのファールゾーンに設置されているブルペンまでそれなりに距離はあるが、結ちゃんは全力疾走でこちらへやってきた。


「いよいよ私が投げる時が来たんですね⁉」

「そうだ。でもそんなに気合を入れなくて良い。中学までやっていた通りの感じで投げてくれ」

「分かりました!」


 結ちゃんがブルペンのマウンドに立ち、ウォームアップを始めた。監督に言われたことを聞いていたはずだが、明らかなハイペースに投げ込んでいた。その様子を真横で見ていた私と監督は苦笑するしかない。


「もう大丈夫です! 座ってください」


 あっという間に肩を作り終えた結ちゃんが菜々花ちゃんを座らせる。それから改めて足場を均し、プレートを踏んでホームベースに正対する。


「まずは真っ直ぐから行きます!」


 黄色のグラブを胸に置いたノーワインドアップからゆっくりと右足を上げ、結ちゃんが投球モーションに入る。サウスポーにとっては定番のスリークォーターよりも少し肘の位置を上げたフォームから、勢い良く左腕を振り抜く。


 白羽の矢を射たかのように、ストレートがど真ん中のコースを真っ直ぐ貫く。菜々花ちゃんのミットから乾いた音が快く響く。


「どうですか? どうですか?」


 結ちゃんは忙しく私たちに感想を求めてきた。まだ一球だけなので詳しいことは言えないが、一年生にしては良いストレートを投げている。


「綺麗な球筋をしているな。中々良いじゃないか」

「ほんとですか? えへへ、嬉しいです」


 監督の言葉に、結ちゃんはほっとしたように頬を緩めて喜ぶ。気を良くした彼女はその後、楽しそうにピッチングを続けた。


「結、変化球はあるのか?」


 十五球程度投じたところで、監督が結ちゃんに質問する。結ちゃんは待っていましたと言わんばかりに、声色をワントーン上げて答える。


「いくつかありますけど、一番自信があるのは縦のスライダーです!」

「分かった。ならそれを見せてもらおうか」

「はい!」


 よっぽど披露したかったのだろう。私も見るのを非常に楽しみにしていた。結ちゃんは先ほどまでよりもやや緊張した面持ちで投球動作を起こし、ウイニングショットを放つ。


 投球は強烈な横回転を伴いながら、僅かに右打者の方へ角度を傾けて沈んでいく。投げ始めは若干高めに浮いていたように見えたが、最終的にはベースの奥でワンバウンドして菜々花ちゃんまで達する。


「おお……」


 予想以上の落差に私は感嘆する。お兄ちゃんから教わっただけあって、威力はとてつもない。ストレートの質や制球力が向上すれば、組み合わせ次第で誰の手にも負えない投球ができるようになってしまうのではないか。


 監督も興味深そうに何度か頷いていた。結ちゃんはその雰囲気を察したのか、ストレートの時と違って何も言わずに得意気な表情をしている。


「もう一球続けて投げてくれ」

「はい。何球でも投げますよ」


 結ちゃんは監督の要望に応じて再びスライダーを投げる。今度は一球目よりも低かった分、ベース上でワンバウンドする。それでもストライクゾーンから変化しているので、追い込まれたバッターなら手を出してしまうだろう。


「うむ、精度も悪くないみたいだな。……ありがとう結。十分だ」


 監督が結ちゃんに歩み寄る。少しだけ緊張感のある空気が流れるも、結ちゃんに動じる気配は全く無い。


「結、お前を投手として起用していこうと思う。今後は真裕たちと一緒に投手陣の練習に混ざってくれ。ブルペンにも自由に入ってもらって構わない」

「おお! ということは、私も夏大の舞台に立てるってことですか?」

「それはこれからのピッチングを見て判断する。ただそこを目標に頑張ってもらえるとありがたい」

「もちろんです! せっかくならエースの座も奪う気でやります!」


 結ちゃんが力強く言い放つ。思わぬ宣戦布告を受け、私は不意を突かれて肩をびくつかせる。


「その意気だ。男子野球部との試合でも投げてもらうことになるだろう。ひとまずはそこに向けて準備してくれ」

「へえ、男子野球部と試合するんですか。何にせよ早速試合に出られるってことですね! 分かりました。やってやりますよ!」


 特徴的な眉毛を引き締め、結ちゃんは精悍な顔付きを見せる。私は強力な仲間が増えて喜ばしく思うと同時に、自分も高みへ昇り続けなければならないと危機感を募らせた。


 練習終了後、グラウンド整備まで済ませ、私は自分の荷物を片付けていた。そこへ結ちゃんが話し掛けてくる。


「お疲れ様です。今日はありがとうございました。一つ聞きたいんですけど、あの時に監督が言ってた男子野球部との試合ってどういうことなんですか?」

「ああ、あれね。来週の土曜日に男子野球部の一年生と私たちで試合をやるんだよ」


 私たちは毎年、四月に男子野球部の一年生と交流試合を行っている。向こうの上級生にも出てほしい気持ちはあるが、現状ではスピードやパワーの差が大き過ぎる。実際に一年生を相手にして去年こそ大勝したものの、それまでは拮抗した戦いになっていたので、レベルはちょうど良いのだろう。


「そうなんですね。そこで私も投げるかもしれないってことか」

「そうそう。私もだけど、毎年そこでデビューする一年生も結構いるんだよ」


 二年前、私は男子野球部との試合で亀高での初登板を果たした。その時のことはよく覚えている。二イニングを投げて一失点。相手も手強く、そう簡単には抑えられなかった。ただ投球内容以上に、とある大きな出会いをしたことが印象深い。


「真裕さんも投げたんですか。要するに未来のエースへの登竜門みたいなものですね!」

「それは分かんないけど……。男子野球部は一年生でも良い選手が揃ってるから、自分の力がどれくらいなのかを知る良い機会になるよ。これから何を課題に練習すれば良いかも分かるしね」

「なるほど。……でも投げる以上はやっぱり抑えたいです。スライダーできりきり舞いにさせてやります!」

「ふふっ、そういう姿勢は大事だよ。お互い頑張ろうね」

「はい! 頑張りましょう!」


 結ちゃんは晴れやかに笑う。試合を待ち侘びている気持ちが(ひし)と伝わってきて、私も思わず微笑んだ。


 徐々に闇を深める空には、一つ、また一つと、小さな星が輝き始めている。



See you next base……


PLAYERFILE.5:木場隆浯│(きば・りょうご)

学年:教師

誕生日:7/28

投/打:右/右

守備位置:監督

身長/体重:179/83

好きな食べ物:C○C○壱のカレー

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