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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第六章 私がライバル
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76th BASE

 五回表、大下のタイムリーツーベースで楽師館が先制点を挙げる。続く長谷川が四球でチャンスを広げ、打席には七番の東が入る。


 長谷川同様、東はバントの構えを見せる。ファーストの嵐はベースに付いているため最初から前には出られないが、真裕が投げるのと同時にチャージを掛けるつもりだ。


 初球、真裕はストレートを投じる。アウトコースにボール一個分外し、相手の出方を伺う。東はバントの姿勢を変えずに見送る。これで送ってくる線が濃くなったとバッテリーは考える。


(バントを決めさせたくはないけど、それに拘ってカウントを悪くするわけにはいかない。ストライクゾーンの中で勝負しながら失敗させたい)


 菜々花がカーブのサインを出し、外角低めにミットを構える。緩急を効かせて東を惑わそうとする。


 セットポジションに就いた真裕は、二塁ランナーに目をやってから二球目を投げる。それに合わせて東はバントの構えを崩し、ヒッティングに切り替える。


 投球は菜々花が定めたミットの位置よりも高めに行く。タイミングこそ外された東だったが、躊躇いなくバットを振り抜いた。


「ライト!」


 緩やかな飛球がファーストの嵐の頭上を越える。そのまま誰にも捕られることなく、ライト線沿いに落ちる。


「ランナーゴー! 還ってこい!」


 二塁ランナーの大下が三塁を蹴ってホームに駆け込む。ライトの紗愛蘭が打球に追い付いた時点で塁間の半分以上を過ぎており、これでも強肩の彼女でも刺せそうにない。


 楽師館が貴重な二点目を追加。尚もノーアウトランナー一、三塁のチャンスが続く。


 一方で苦しい投球を強いられている真裕は、マウンド上で渋い表情をしながら首を捻る。東がバスターを仕掛けたと言っても、低めにきっちり投げられていればヒットを打たれる確率は下げられたはずだ。

 楽師館打線と真っ向勝負を始めた途端の乱調。真裕としては力をセーブして投げることでこの時に備えていたが、そこに落とし穴があった。


(真裕はどうしてこうなってるのか分かってないみたいだね。本人は力を込めて投げてるつもりなんだろうけど、一度抜いた力を入れ直すのって簡単じゃないんだよ)


 万里香は生還した大下をベンチで迎える傍ら、真裕にも目を配る。楽師館の目的は真裕に多く球数を投げさせることではなく、力を抜いて投げさせることだった。

 ここまで真裕は八〇球ほど投げているが、その内の五〇球程度は脱力した状態を続けていた。結果的に彼女の体はそれに慣れてしまい、再び力を入れようとしても上手くいかないのだ。相手の攻撃の緩急に対応できず、完全に調子を狂わされる。


(ピッチャーの感覚はかなり繊細だって聞くし、それは真裕も同じだよね。あんまり褒められたやり方じゃないのかもしれないけど、私たちだって勝たなきゃならないんだ)


 楽師館は夏大前からこの作戦を計画していた。それだけこの試合での勝利に執念を燃やしている。


《八番ライト、曽我部(そがべ)さん》


 打席には右の曽我部が入る。彼女はバットを立てて構えているが、当然ながらスクイズも有り得る。真裕はそれを頭に入れつつ、一球目はインコースへのストレートを投じる。


 曽我部はバントするどころか果敢に打ってきた。詰まらされることなくバットの芯で捉え、三遊間へと引っ張る。


「ショート!」


 定位置よりもやや前に守っていた京子が打球に跳び付くも、彼女のグラブは届かない。レフトへのヒットで長谷川が還り、楽師館が三点目を挙げる。


 真裕は四球を挟んで三連打を浴びる。今のは不用意な一球とは言えなかったものの、曽我部にあっさりと弾き返されてしまった。火の付いた楽師館打線の猛打を止められなくなっている。


「タイム。春歌、行くぞ!」


 ここで三塁側ベンチが動いた。監督の隆浯がブルペンの春歌を呼び、マウンドに上がるよう指示する。


「真裕、一旦代わろう。レフトに回れ」

「は、はい……」


 交代を告げられ、真裕は下を向いて項垂れる。この内容では致し方無い。


「ごめんね春歌ちゃん。後は任せたよ」


 真裕は交代する春歌にボールを託す。受け取る側の春歌は冷めた声色で言葉を返す。


「楽しい楽しくないで野球をやってるからこうなるんですよ。相手はどんなことをしてでも勝とうとしてきてるんです。がっかりして気落ちするのは勝手ですけど、それで足を掬われたら一気に食われますよ。相手にも、……私にも」


 春歌は最後の一言だけ誰にも聞こえないように言う。彼女の尤もな意見に、真裕はぐうの音も出なかった。


「まあ良いです。これで私にチャンスが回ってきたわけですから。真裕先輩は私の快投をレフトで指を(くわ)えて眺めていてください」

「……分かった。頼んだよ」


 真裕は悔しさを押し殺して仄かに相好を崩し、そう言い残してからマウンドを後にする。彼女の微笑が気に障った春歌だったが、気持ちを切り替えて投球練習を始める。


《亀ヶ崎高校、選手の交代をお知らせします。ファーストの山科さんに代わりまして、沓沢さんが入り、ピッチャー。ピッチャーの柳瀬さんがレフト、レフトの野極さんがファースト。以上に代わります》


 亀ヶ崎は相手投手の石川に合っていない嵐を下げ、真裕を残した上で春歌への継投を行う。何とか悪い流れを断ち切り、逆転への道を拓きたい。


《九番ピッチャー、石川さん》


 最初に春歌が対峙するのは九番の石川。次打者が万里香であることを考えると送りバントが無難だろう。


 初球、春歌は外角にカットボールを投じる。石川は定石に沿ってバントしようと構えるが、実際には行わずバットを引いた。


「ストライク」


 際どいコースではあったものの、球審の手が上がる。春歌は流石の制球力で幸先良くストライクを一つ入れる。


(ワンナウトランナー二、三塁で円川さんを相手にするのは正直きつい。真裕先輩なら楽しいと言い出すんだろうけど、私はそんな甘ちゃんじゃない。これ以上リードを広げられないためにも、送りバントを阻止するんだ)


 二球目、春歌は石川の胸元を目掛けてツーシームを投げる。見送ればボールだが、石川は投球が自分の元へと向かってきたことで反射的にバントしてしまう。


「オーライ!」


 小フライがマウンド前方に上がる。一早く動き出していた春歌は大きな声を出して周りの野手を制すると、最後を前につんのめりながらもボールをグラブに収める。


「アウト」


 送りバントは失敗。春歌は思惑通りランナーの進塁を阻んだ。



See you next base……

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