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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第五章 終わりが始まる
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67th BASE

 四回裏、亀ヶ崎は一挙に六点を奪う猛攻で、七点差までリードを広げる。尚もチャンスで四番のオレスが打席に立つ。


 初球、小熊は低めのカーブから入る。ここまで打たれていると集中力が切れ、単調にストレートばかり続けてしまいそうだが、彼女は打ち取るための配球を組んでいる。しかしオレスもきっちりと見極めてボールとなる。


(結局この回で崩れたか。まあ今の状態なら、打つのは難しくないよね)


 実はこの回が始まってから、小熊は大幅に抜ける球が増えていた。亀ヶ崎打線はそこに付け込んで大量得点へと繋げたのだ。オレスに菜々花、真裕と言った右打者はアウトコースをセンターから右に弾き返し、京子や紗愛蘭ら左打者はインコースを引っ張る。これを繰り返せば小熊の攻略は難しくなかった。


 では何故に抜け球が多くなったのか。答えは単純、疲労である。


 普段の小熊であれば、四回で疲れるには早いだろう。しかし今日の相手は強豪の亀ヶ崎。各打者に相当な神経を使って投げており、体力の消耗は通常の倍近くに激しかった。

 それまで順調に抑えていたため本人は疲れを感じていなかったかもしれないが、体は嘘を吐かない。そうして一度狂ったコントロールの修正も利かず、釣瓶打ちにされてしまったのである。


 だがまだ小熊の目は死んでいない。彼女は二球目、歯を食い縛って腕を振り、ストレートを投じる。


「ストライク」


 それまで上手くいっていなかったインコースに決まった。これにはオレスもバットを出せない。


(こんな展開になっても、戦う気持ちは消えてないか。その心意気は買っても良いかも)


 三球目は外角のストレート。これまで亀ヶ崎打線が捉えてきた球だが、外れていたためオレスは見送る。


(……だけど私たちも先の戦いがあるし、貴方たちに長々と付き合っているわけにはいかないの。ここで打って引導を渡す!)


 ツーボールワンストライクとバッティングカウントになったことで、オレスは次の一球が狙い目と見る。対する小熊はすぐにセットポジションに入らず、ロジンバッグを手に取ることで少し間を空ける。


(こんなに打たれたのはいつぶりだろう。最近はそこそこ良い調子で投げられてたんだけどな……)


 小熊は和久学園に入学してから、勝っても負けても毎回のように試合を作ってきた。ただし和久学園が相手でも試合をしてくれるようなチームに対してであり、亀ヶ崎とは勝手が違う。故に今、彼女は自らの無力さを痛感している。


(これが全国制覇を目指すチームの実力か。通りで私なんかじゃ歯が立たないはずだよ。……けどせっかくだから、食らい付いて戦ったっていう爪痕ぐらいは残したいな)


 ロジンバッグを地面に落とし、小熊がオレスへの投球を再開する。彼女は暑さと疲労から来る倦怠感を跳ね除けると、腹の奥底にある力を押し上げて四球目を投げる。


 ストレートがど真ん中を貫く。オレスは当然の如く打って出た。


 痛烈なピッチャーライナーが小熊の顔面を襲う。だが彼女は避けることなくグラブを出し、その手に収める。


「ちっ、入ったか」


 オレスは小さく舌を打ち、打席を後にする。ど真ん中を素直に弾き返したため、小熊の正面に打球が行ってしまった。


 これでようやくスリーアウト。疎らな拍手の中、小熊を始め和久学園ナインがベンチに引き揚げていく。前を向きたいと誰もが思ってはいるが、その足取りはどうしても鈍い。彼女たちが攻撃前の円陣を組むと、最初に那奈佳が言葉を発する。


「……一気に突き放されちゃったね」


 決して重々しくなく、開き直りとも取れる仄かな明るさを帯びた語調だった。更に彼女は続ける。


「正直に言うとね、さっきまでは意外と勝てちゃうんじゃないかって思ってた。流れも良かったし。でもそんなに甘くなかったね。やっぱり亀ヶ崎は強かったよ」


 こうした展開になること自体は、那奈佳も覚悟していた。だから今もそれほどの驚きや動揺は無く、寧ろ落ち着いてさえいる。


 しかし、この運命を大人しく受け入れるかと言われればそうではない。那奈佳たちはそもそも、まともに大会に出場できるかどうかの逆境を乗り越えてきた。それを考えれば、たとえ点差が開こうとも気力は失せない。


「……けどこのままじゃ終われない。いや、終わりたくないよ。皆もまだ闘う力は残ってるよね?」


 那奈佳の問い掛けに、他の選手たちは言葉を詰まらせる。一瞬流れる沈黙。それを破ったのは、やはり三年生だった。


「……もちろんだよ。こんなところで、私たちの夏を終わらせてたまるもんか!」

「うん! 私もまだまだ皆と野球がやっていたい!」


 歩子と優芽が立て続けに想いを述べる。これを聞かされた後輩たちは皆が奮い立ち、彼らの心の炎が再燃する。


「私たちも先輩たちと一緒に野球を続けたいです! だから一点でも多く積み重ねて、逆転してやりましょう!」


 立上が先陣を切って口を開く。那奈佳は穏やかな笑みを浮かべ、仲間たちに感謝する。


「ありがとう、りっちゃん、皆。……よし、じゃあここから反撃するよ。行くぞ、がんばっペ……」

「和久学園!!」


 全員でお決まりの掛け声を空に向かって叫ぶ。そうして活力を漲らせ、和久学園は五回表の攻撃へと向かう。


 けれども戦況は芳しくない。この回で一点も入らなければコールドゲームとなり、敗北が決定してしまう。逆転云々以前にそちらを阻止しなければならない。


《五回表、和久学園の攻撃は、六番ファースト、近宮(ちかみや)さん》


 先頭は右打者の近宮。得点するために彼女の出塁が鍵となることは言うまでもない。


「ちかちゃん出ろ!」

「繋いで上位に回すよ!」


 和久学園の選手たちは全員がベンチから身を乗り出し、近宮に声援を送る。その声は初回の時よりも大きくなっている。


 ただし亀ヶ崎としても、このままコールドゲームとすることで次戦以降に力を温存しておきたい。真裕は点差が開いたからと言って気を抜くことはなく、一人のランナーも許さずに試合を締め括るつもりだ。


(和久学園もコールドは避けたいだろうし、必死になって点を取りにくる。けど日本一になるためには、そういう相手も蹴散らしていかなきゃならないんだ)


 初球、真裕はインコースにストレートを投じる。近宮は果敢に打っていく。


「キャッチャー!」


 思い切りの良いスイングだったものの、真裕の球威に押し込まれてしまった。打席のほぼ真上に上がった飛球を菜々花が危なげなく掴む。


 積極策は実らず、近宮はキャッチャーフライに倒れる。和久学園に残されたアウトはあと二つとなった。



See you next base……

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