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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第五章 終わりが始まる
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65th BASE

 ワンナウトランナー二、三塁と亀ヶ崎が追加点のチャンスを作った四回裏。打席には六番の昴が立つ。


 初球は内角低めのストレート。昴は打って出るも、打球は一塁線の外側を転がっていく。


「ナイスボール。どんどんインコース攻めていこう!」


 ショートから那奈佳が精力的に声を飛ばす。どうにかして苦しんでいる小熊の力になりたかった。


(頑張れおぐちゃん。ここを凌げば冗談抜きで勝てるチャンスが出てくる)


 那奈佳の切なる祈りを背に、小熊が二球目を投じる。昴は脛の近辺にストレートが来たため、足を引いて躱す。


(この場面で厳しいところへ投げ続けられるなんて、中々度胸があるな。次もインコースを使ってくるか、それとも……)


 三球目、小熊が投げたのは外角へのカーブだった。高さは真ん中と十分にバットの届くコースだったものの、ストレートのタイミングで待っていた昴はスイングできず、ツーストライク目を取られる。


(カーブだったか……。まあ狙いが外されたことを悔やんでも仕方が無い。向こうは三振が欲しいだろうし、きっとフォークで空振りを奪いにくるぞ)


 四球目。昴の思った通り小熊はフォークを投げてくる。ただ低めに叩き付けてしまい、ワンバウンドした投球をキャッチャーが身を挺して止める。これでは昴は手を出さない。


「ナイキャッチ。ありがと」


 小熊はランナーの動きを確認しつつ、キャッチャーに礼を言う。後ろに逸らしていればランナーは労せずしてホームインできてしまう。フォークは空振りを取るのに最適な変化球である一方、ワイルドピッチなどを引き起こしやすい危険性を孕んでいる。まさしく諸刃の剣と言えよう。


(今の感じからすると、もう一球フォークを続けるのは憚られるんじゃないかな。カーブは勝負球として選ばないだろうし、自ずとストレートの可能性が高くなってるはず)


 昴は相手の決め球を見逃せたことで、気持ちに少し余裕ができていた。バットの出も心做しかスムーズになり、彼女は五球目、高めに浮いてきたボール気味のストレートを捉え、レフトへのフライを打ち上げる。

 少しスライスの掛かった高い飛球はファールゾーンを舞う。レフトを守るのは立上。早い段階で落下点に入り、捕球体勢を整える。


 三塁ランナーの紗愛蘭はベースに就き、タッチアップの準備をする。微妙な距離だが、足の速さを考慮すると彼女に分があるか。


(私の肩じゃホームで刺せる望みは薄い。けどここで捕れるフライを捕らないなんてありなのか? 勝負を掛ければアウトにできるかもしれないし、ファールにしてもしもこの後打たれたら……)


 迷う立上。一点を覚悟で捕球するか、より良い結果を求めて見送るか。どちらにしてもリスクは大きく、難しい選択を迫られる。


「りつ、無理しなくて良いよ!」


 ここで声を上げたのが、やはり那奈佳だった。当初は立上に判断を委ねていたが、彼女の悩んでいる気配を察知して声を掛けたのだ。


「は、はい! 分かりました!」


 この一言で立上は迷いが晴れる。彼女は一歩下がり、態とフライを落とす。


「ファール」

「オッケーオッケー。それで良いと思う!」

「はい!」


 立上はほっとした表情でボールを拾い、那奈佳に投げ返す。勇気のいる決断だったが、無失点で切り抜けたい和久学園としては最善のプレーだろう。打球の行方を見ながら走っていた昴は、一塁ベースを回ったところで引き返す。


(ランナーが紗愛蘭さんだし、タッチアップしてたらホームインできたと思う。捕らなかったのは当然の選択かな。それだけ和久学園は点をやりたくないんだ。なら私が打ったら、ただの一点以上にダメージを与えられる)


 昴はバットを再び手に取り、打席へ戻る。対する小熊は立上が捕球しなかったのを見届けると、大きく息を吐いた。


(フライになった瞬間はドキッとしたけど、りっちゃんがファールにしてくれて良かった。それに応えよう)


 日差しの強さは試合開始時とほとんど変わらず、体中から吹き出した汗が小熊のユニフォームをべっとりと濡らしている。彼女はベンチに帰ったら真っ先にアンダーシャツを着替えることを決め、改めて昴と対峙する。


(ここは自分の得意な球で勝負しよう。きっと一番良い結果が得られるはずだ)


 キャッチャーのサインに頷いた小熊が、グラブの中で握りを整える。五球目、(ほとばし)る無数の雫と共に彼女の左腕から放たれたのは、フォークだった。

 投球は真ん中から僅かに外へと落ちていく。四球目よりも制球されており、昴はボールになると分かっていながらも反射的にスイングを始めてしまう。


(……駄目だ、バットが止まらない。けど何とかしないと!)


 昴も簡単には空振りしない。上体を沈み込ませながら辛うじてバットに当て、打球を前に飛ばす。


 力の無いゴロが三塁線沿いを転々とする。三塁ランナーの紗愛蘭は本塁へ向けてスタートを切った。


「サード!」

「オーライ!」


 サードの優芽も負けてはいない。彼女は紗愛蘭よりも反応良く一歩目を踏み出し、猛然とダッシュする。


「優芽、落ち着いて! ホームは十分に間に合うよ!」


 返事こそ無かったものの、那奈佳の声はしっかりと優芽に届いていた。彼女は捕球の直前で足を緩め、スムーズに送球動作へと移る。


「紗愛蘭、突っ込め!」


 次打者の菜々花が大きく手を動かし、紗愛蘭にスライディングを促す。同時に優芽からの送球もキャッチャーへ渡った。


 スライディングする紗愛蘭の右足に、ボールを持ったキャッチャーミットが触れる。それよりもベースタッチの方が早ければホームインとなるが、果たして……。


「アウト!」


 右拳を握った球審が、力強くコールする。間一髪で和久学園の守備が勝った。


「おっしゃー! ナイス優芽!」

「優芽さん最高です!」


 那奈佳に小熊、他の和久学園ナインが一斉に優芽を讃える。まるで勝ったかのようなお祭り騒ぎだ。


「えへへ……、それほどでも」


 照れくさそうにする優芽だが、蕩けるように頬の解れた表情から喜びが滲み出ている。守備だけは徹底的に練習してきた成果を出すと発言していた通り、冷静かつ丁寧なプレーで失点を阻止した。


《七番キャッチャー、北本さん》


 ツーアウトランナー一、三塁と変わり、七番の菜々花に打順が回る。彼女は本塁で刺殺された紗愛蘭と何やら言葉を交わすと、最後に「分かってる」とだけ言って打席に入る。



See you next base……

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