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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第五章 終わりが始まる
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60th BASE

 かつては男子のみだった高校野球大会が、女子にも開かれるようになって既に二〇年が経つ。これまで数々のチームが栄冠に輝いてきた一方、その何十倍もの野球少女たちが涙を枯らしてきた。そして今年もたった一つしかない頂点の座を巡り、壮絶な戦いが繰り広げられる。


 真裕たち亀ヶ崎女子野球部の初戦は、大会一日目の第三試合。宮城県の和久(わぐ)学園(がくえん)と対戦する。


「よろしくお願いします!」


 午後二時半。ほぼ定刻通りに試合は開始される。亀ヶ崎は後攻のため、挨拶を終えた選手たちが守備位置へと散る。真裕と菜々花のバッテリー、ショートに京子、そしてライトに紗愛蘭と、背番号に沿った布陣が組まれている。


 本日の天気は晴れ。小学生が絵日記で描いたかの如く、水色の空に綿菓子そっくりの雲が浮かんでいる。こんな表現をすると、この世で一番浴衣姿の似合う彼女を夏祭りに誘って泣きそうになっている男の歌を思い出すが、その話は置いておこう。


「行くぞ、頑張っペ、和久学園!」


 一塁側のベンチ前では、和久学園の選手たちが円陣を組んでいる。単独チームとして夏大に臨むのはこれが二回目。二年前にたった十人の部員で初出場を果たして以来となる。連合チームに加わって参加した昨年を経て、部員を何とか十一名まで増やしてきた。


 奇しくも相手は二年前と同じ亀ヶ崎。前回の対戦では最後の最後に一点を()ぎ取るも、序盤からの大量失点が響いてコールド負けを喫している。今回もチーム力に大きな開きがあり、苦しい戦いを強いられるかもしれない。それでも一得点でも多く、一失点で少なくを信条に掲げて大金星を狙う。


《一回表、和久学園高校の攻撃は、一番センター、早矢仕(はやし)さん》


 試合開始の号砲を鳴らすサイレンが響き、一番の早矢仕歩子(あゆこ)が右打席に入る。和久学園には二年前の夏大経験者が三人在籍しているが、彼女もその一人だ。


「あゆー、いきなり打っちゃえ!」

「先手必勝で勝ちに行きましょう!」


 和久学園ベンチから歩子へ活気の溢れる声援が送られる。昨年の準優勝校を相手にしても全く怯んでいない。

 亀ヶ崎は日本一を目指す上では挑戦者であるが、この試合に関しては挑戦される側となる。和久学園の勢いに押されないよう地に足を付けて戦いたい。特に初戦の初回は特有の緊張感があり誰しも躓きやすくなるため、注意しなければならない。


「ふう……。よし、やるぞ」


 マウンドの真裕は目元を強く引き締め、菜々花からのサインに頷く。輝く太陽と同じオレンジ色のグラブを振り被り、今大会の第一球目として投じたのは、外角低めのストレートだ。


「ボール」


 どちらとも取れるコースではあったものの、球審の手は上がらず。真裕としては菜々花がミットを構えた位置よりも若干ながら外側に行ってしまった。


(ちょっと狙い過ぎちゃったかな。バッターがどんどん振ってきそうな気配があるから気を付けないといけないけど、ストライクを取らなきゃ何も始まらないぞ)


 気を取り直しての二球目、真裕は再びアウトコースへストレートを投じる。ところが今度は低めに外れ、これもボールとなる。


(あれれ? おかしいな……)


 真裕は顔にこそ出さないが、胸の内で疑問を抱く。投げている感触は悪くない。ただ微妙に制御が利かないのだ。


「ボールスリー」


 何と三球目も外れてしまった。これには場内も騒つき出す。真裕の実力を知っている者も多く、プレイボール直後のスリーボールに戸惑いを隠せない。

 それは本人も同じだった。ここから持ち直すべく、真裕は四球目もストレートを続ける。


「ストライク」


 真ん中やや外寄りに決まった。甘い球ではあったが、流石の歩子も一球見送る。


「ナイスボール。この調子で行こう」


 菜々花が真裕にボールを返す。ストライクを一つ取れはしたが、次の一球については気を配らねばならない。


(先頭、しかも夏大の始まりがフォアボールってのは嫌だな。ただバッターも次の甘い真っ直ぐは狙ってるだろうし、そこは外していこう)


 五球目、菜々花が要求したのはカーブ。真裕は真ん中低めへと大きな弧を描くように投げ込む。


「わおっ……」


 魂消(たまげ)た様子で見送る歩子。見慣れない変化に付いていけず、バットを出せない。


「ボール、フォア」

「えっ……」


 ところが下された判定はボール。真裕は思わず背中を反らし、渋い表情を見せる。


「やった! ラッキー」


 歩子は左の拳を自軍ベンチに掲げ、嬉しそうに一塁へと向かう。和久学園としては思ってもみないチャンスが転がり込んできた。


「真裕、肩の力抜いていこ! 打たせれば大丈夫だから」

「う、うん。そうだね」


 ショートの京子が肩を解す仕草をしながら真裕を宥める。薄らと笑みを作って答える真裕だが、夏大の初っ端で四球を出したのは精神的に堪えるだろう。


(大事に行こうとして腕が振れてないのかな。もっと体全体を使って投げないと)


 続く打者は二番の立上(りつがみ)。右打席に入った彼女はバントの構えを見せる。


(送ってくるのか……。相手もせっかく出したランナーは確実に進めたいだろうし、私として早くワンナウトを取りたい。やらせちゃっても良いよね)


 初球、真裕は真ん中高めにストレートを投じ、すかさずバント処理のため前へと走る。ところが立上はバットを引いてヒッティングに切り替えてきた。バントをしてくる前提で投げられたため球威が落ちており、彼女は難無く打ち返す。


「わっ!」


 センター返しの打球が真裕のグラブを弾いて方向を変え、三遊間に落ちる。ショートの京子は逆を突かれた形となり、急いで捕球したもののどこにも投げられない。


「よっしゃ! ナイスたっちゃん!」

「良いね良いね! このまま先制点取っちゃおう!」


 二者連続出塁でノーアウトランナー一、二塁。和久学園ベンチはお祭り騒ぎに近い状態となる。キャッチャーの菜々花は堪らずタイムと取り、マウンドに走っていく。


「何だか嫌な流れになっちゃったね」

「ごめん、私が情けないピッチングしちゃってるから……」

「真裕だけのせいじゃないよ。少なくとも今のヒットは私が警戒していれば防げたわけだし。まだ点は取られてないんだ。ここから普段通り守れば抑えられるはずだよ」

「分かった。私もちゃんと立て直す」


 バッテリーの短い会話が終わる。真裕は菜々花が戻る間にロジンバッグを触り、額の汗を拭う。予報では今日の天気が崩れることはない。一番暑い時間帯は過ぎているが、夕方に掛けても気温はそれほど下がらないだろう。


 遂に開幕した亀ヶ崎の夏大は、大ピンチを背負ってのスタートとなった。乱調気味のエース、真裕の運命や如何に……。



See you next base……

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