58th BASE
いつもお読みいただきありがとうございます。
一週間明けてしまって申し訳ございません。
更新を再開させていただきますので、今後ともお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
今回から夏大編が始まります!
真裕たち三年生の集大成です!
彼がどんな活躍を見せるのか。
あのライバルたちとはどんな激闘を繰り広げるのか。
そして亀ヶ崎は日本一になれるのか。
最後まで見届けてください!
月日の流れは早いもの。六月下旬の学期末考査が終わったと思うと、いつの間にやら七月に入っていた。夏大まで残り一ヶ月を切り、今日はメンバー発表が行われる。普段よりも早めに練習を切り上げてグラウンド整備まで済ませると、私たちは監督の元に集まる。
「よし、始めるか」
独特の重たい空気の中、監督が徐に口を開く。全員の表情が一層に引き締まり、場の緊張感も一気に高まる。
「それでは今から、夏大に臨むメンバーを発表する。呼ばれた者は前に出て、森繁先生から背番号を貰ってくれ」
監督の隣には野球部の第二顧問である森繁和先生が立っている。そしてその横に、背番号の入った箱が置かれていた。
「ではまずは一番から……」
私の心音が急激に加速する。女子野球では高校でも各々が自由な背番号を背負っていることも多いが、亀ヶ崎はそうではない。一桁の背番号とレギュラーのポジションが基本的に一致している。つまり一番の背番号はエースピッチャーが着けるのだ。
これまで私は一番手としてマウンドに立ち続けてきたし、相応の結果を残してきた自負はある。しかしいざ発表されるとなると、どうしても不安に駆られるのだ。私は口を真一文字に結んで唾を飲み込み、監督の声を聞く。
「……一番、柳瀬真裕」
刹那、心臓の鼓動が静まり、体内に安堵感が駆け巡る。私は短い返事と共に前へと出る。
「はい!」
「真裕、お前はこの二年半で色んな経験をして、大きく成長できたはずだ。俺の目にも、一年生の時と比べてお前の姿はずっと頼もしく映っている。高校最後の大会だ。思い切って暴れてこい! 一緒に全国制覇するぞ!」
「はい、もちろんです! 絶対に成し遂げましょう!」
監督の檄に腹から力を込めて言葉を返し、私は森繁先生から一番の背番号を受け取る。一番小さな数字だが、一番重たい数字。そして誰にも渡したくなかった数字。私はそれを抱きしめるように持ち、元いた場所に戻った。
「二番、北本菜々花」
他の背番号も続々と発表されていく。一桁番号は直近の浜静戦のスタメンに沿っており、ポジションが流動的だった昴ちゃんは四番を、オレスちゃんは五番を着けることとなる。
「六番、陽田京子」
「はい。ふう……」
京子ちゃんもめでたく六番の背番号を手に入れた。ショートを守るのは彼女しかいないと誰もが感じているだろうが、当の本人は私と同様、名前が呼ばれた瞬間はほっとした様子を見せる。
この夏も京子ちゃんと一緒に試合に出られる。私にはそれがこの上無く嬉しい。
「京子、お前の場合は相当なプレッシャーを感じていただろうが、よくここまで踏ん張ってくれた。守備では内野の要として、攻撃ではチームの先陣を切る一番バッターとして、常に前を向いてプレーしてくれ。頼んだぞ」
「は、はい。頑張ります」
監督の言葉に少々顔を強張らせながらも、深々と頷く京子ちゃん。背番号を受け取った彼女と私は互いに目配せし、軽く微笑み合う。
「九番、踽々莉紗愛蘭」
最後の一桁番号は紗愛蘭ちゃんが着ける。彼女は一年生の頃からライトのレギュラーを張っており、これで三年連続となる。
「紗愛蘭、キャプテンとしてチームを纏め上げてくれてありがとう。それに加えて三年間一度もレギュラーの座を譲らなかったのは本当に凄いことだ。その自信を胸にもう一花、大輪を咲かせてこい」
「はい。ありがとうございます。正直ここまでできるとは思ってなかったです。皆に遅れてでしたけど、野球部に入って良かった」
紗愛蘭ちゃんは凛々しくもあどけなさの垣間見える笑顔を浮かべる。もしも一年生の時に私たちと出会っていなかったら、彼女は今ここにいなかったかもしれない。そう思うと何だか感慨深い。
「十番、笠ヶ原祥」
ここからは二桁番号の発表。レギュラーではないかもしれないが、夏大の連戦を勝ち抜くためには彼らの力が欠かせない。まずは祥ちゃんが呼ばれ、これで三年生全員が夏大のメンバー入りする。
「祥、どんなに苦しくてもマウンドに逃げ出さず上がり続けた姿はとても勇敢だった。他の皆も勇気付けられたはずだ。その努力を実らせる時が来たぞ。真裕と共に、投手陣を引っ張ってくれ」
「ああ……、はい。分かりました!」
こんな風に監督から言われると思っていなかったのか、祥ちゃんは面食らったように一瞬だけ固まる。それでもすぐに頬を柔和に緩め、嬉々とした感情を露わにする。実際、今年に入ってからの彼女の投球は、これまでと見違えるほど良くなっている。高校から野球を始め、イップスなど多くの苦しみや挫折を味わってきた姿はずっと見てきた。それを乗り越えられたのだから、この夏は良い思いができると信じている。
「十一番、沓沢春歌」
「はい……」
続いて呼ばれたのは春歌ちゃんだ。彼女は浮かない面持ちで返事をする。その理由は明白。私の持っている一番を手に入れられなかったからだ。その思いは嫌というほど伝わっているが、私だってエースへの拘りは強い。少し前に言われたように活躍の場を奪われないためにも、情けない投球はできない。
「十三番、春木結」
「おお! はい!」
更には結ちゃんの名前も呼ばれる。一年生ながら実力は申し分無く、試合でも持てる力をしっかりと発揮していた。メンバーに選ばれるのは当然だろう。
「ありがとうございます! えへへ、夏だけど春木旋風を起こしてやりますよ!」
春歌ちゃんとは対照的に、結ちゃんは大燥ぎで前へと出る。張り詰めた空気感の中では似つかわしくないかもしれないが、これもご愛嬌。皆、微笑ましそうに彼女を見守る。ただし本当に旋風を起こされては私の出番が減ってしまうので、それはそれで困る。
その後も何人かの名前が呼ばれ、夏大のメンバーは出揃った。人数が限られているためベンチ入りを果たせなかった選手もいる。私たちは彼らの分まで戦わなくてはならない。そして自分自身にとって高校野球生活の最後の瞬間を笑って迎えるためにも、必ず日本一になってみせる。
既に夜という表現がしっくりくる時刻に差し掛かっていたが、空の薄い暗闇に包まれている。だがその中でも無数の星たちは、自らが一番だとでも言うように輝き誇っていた。
See you next base……
PLAYERFILE.15:森繁和(もりしげ・なごみ)
学年:教師
誕生日:11/18
投/打:右/右
守備位置:第二顧問
身長/体重:162/57
好きな食べ物:落花生、はかりめ(穴子)




