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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第四章 その先は……
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55th BASE

 六回表、真裕はツーアウトながら二塁と三塁にランナーを背負う。迎えた四番の大野はツーボールツーストライクと追い込み、スライダーを投げるべきシチュエーションが整った。


 ――そして、菜々花から勝負の一球のサインが出される。


(さっきは打たせてゲッツーだった。でも今度は一つのアウトを取れれば良い。単純に空振りさせられるかどうかだ。さあ真裕、今日一番のスライダーを頼んだよ)

(もちろん。ここを抑えて勝利を掴む!)


 深々と首を縦に動かした真裕がセットポジションに入る。彼女は渾身の力を込めて右腕を振り抜き、大野への五球目を投じる。


 コースは真ん中やや低めと甘めだが、ここから変化して最終的にはワンバウンドとなる。大野はスライダーが投げられることを予測しており、実際に投げられたことも瞬時に分かった。加えて手を出してはいけないことも頭では理解している。

 しかし投球は思った地点では曲がり出さず、それ以上待てば万が一ストライクゾーンに収まった際に対応できない。手を出したくはない大野だったが、手を出さざるを得ない。


「スイング、バッターアウト」


 バットが無情にも空を切る。菜々花が投球を僅かに前へと弾くも、大野は走り出すことができなかった。すかさずボールを拾った菜々花にタッチされて三振が成立する。


「よっしゃあ!」


 真裕が吠えるように声を上げて感情を露にする。伸るか反るかの場面でこの上ない一投を繰り出し、大ピンチを乗り切る。


「ナイスピッチング! 良いスライダーだったよ」


 菜々花も興奮冷めやらぬ様子で真裕の元へ歩み寄ると、二人は笑顔で喜び合う。その傍ら、三振に倒れた大野が口を真一文字に結び、暫く打席で立ち尽くしている。


(前の打席で見た時よりも変化は大きかったし、曲がり出すのも遅かった。これが柳瀬の本気のスライダーなのか。これが公式戦になったらもっと良くなるのかもしれない。だとすれば凄過ぎる……)


 既に打席は終わっているが、大野の心臓は未だ強く脈打っている。底知れない威力の真裕のスライダーに、胸の奥からは果てしない恐怖と高揚感が湧き上がっていた。


「大野、チェンジだよ。打てなかったのは残念だけど、まだ試合は終わってない。次の攻撃のためにも、しっかり守り切ろう」

「そうだね。切り替えるよ」


 同級生でもある土橋の言葉に頷くと、大野は一旦ベンチへと帰っていく。まだまだ戦意は喪失していないが、その面持ちからは微かに諦観の念も伺える。どれだけ努力しても手の届かない存在に出会ったかのように。


 その裏の亀ヶ崎は無得点。二対〇のまま最終回を迎え、真裕が七イニング目のマウンドへと登る。

 先ほど最大の山場は越えた。だがワンチャンスで同点、逆転まで行く点差であることは変わらず、試合の行方はどう転ぶか分からない。そのことを真裕は重々承知し、油断せず丁寧に投げ込んでいく。


「セカン」

「オーライ!」


 先頭打者をサードゴロに打ち取ると、次の打者はセカンドフライに仕留めた。早々に真裕が二つのアウトを積み上げる。


 後の無くなった浜静は八番の丸尾(まるお)が右打席に入る。キャッチャーとして桜とバッテリーを組み、亀ヶ崎打線を苦しめた彼女だが、真裕の前に二球で追い込まれた。


 迎えた三球目。バッテリーは遊び球を挟むことなく勝負を決めにいく。丸尾も何とか食らい付こうとするが、真裕のスライダーはそれを寄せ付けない。


「バッターアウト。ゲームセット」


 亀ヶ崎が一年前のリベンジを果たし、勝利を収める。紗愛蘭のタイムリー、真裕の完封と投打の主役が躍動した裏で、二年生の昴のサポートも光った。チームの現在にも未来にも大きな収穫のある試合となっただろう。


「二対〇で亀ヶ崎高校の勝利。礼!」

「ありがとうございました!」


 両チームが試合終了の挨拶を交わす。その後クールダウンを行うため引き揚げようとした真裕を、大野が呼び止めた。


「柳瀬さん、ちょっと良いですか?」

「え? ああ、はい」


 真裕は少々困惑した様子で応答する。面と向かって大野と話すのは初めてなので、こうして声を掛けられたことに驚く。


「今日は対戦できて良かったです。スライダーはもちろんのこと、私に対して一球たりとも失投が無かったのはびっくりしました。外角待ちが悟られてるのは分かってたんですけど、それでずっとインコースに投げられるのは本当に凄いことだと思います。自分としてはお手上げでしたよ」


 大野は物憂げに目を細め、仄かに口元を緩める。相手の主砲からの賛辞に、真裕は恥ずかしがりながらも心から嬉しくなる。


「えへへ……、ありがとうございます。けど大野さんも一つ間違えば打たれそうな雰囲気を感じていなので、気を抜けなかったです」

「そうですか? でもそこで間違えないところが流石ですよ。こういう選手がプロに行くんだなって感じました」

「へっ? プロ?」


 何気無い大野の一言に、真裕は素っ頓狂な声を出してしまう。この反応は大野も予想していなかったようで、二人は互いに目を合わせて固まる。


「え、……柳瀬さんはてっきりプロに行くつもりなんだと思ってました。野球が好きなのはプレーを見てれば伝わってきますし、実力も申し分無い。だから……」


 大野は咄嗟に言葉を止める。真裕がプロに行くと思っているのは、あくまでも自分の考え。真裕の意志は別のところにあるかもしれない。それなのにこれ以上とやかく言うことは真裕に失礼であり、彼女の進む道を阻害することになりかねない。


「……す、すみません。私の言ったことは忘れてください」

「いえいえ。大野さんほどの人からそんな風に思われていたなんて光栄です。ただ進路についてはまだ自分でもどうするかは決めてなくて……」


 真裕は決まりの悪そうに苦々しく白い歯を見せる。それを見た大野は少し安堵した様子で言葉を返す。


「そうだったんですか。柳瀬さんにも進みたい道があるはずだし、私みたいな他人の言うことは気にしないでください。因みに私は大学に行って野球を続けるつもりなので、何かの縁で巡り逢えたら嬉しいです。ただまずは最後の夏大を頑張りましょう。もし対戦できたら次は負けません」

「望むところです。私たちも負けられないので、絶対また勝ちます!」


 二人は再び相見えることを願いつつ、右の前腕を重ねる。それまで晴れていたはずの空を、俄かに厚い雲が覆い始めていた。



See you next base……


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