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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第一章 野球女子!
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4th BASE

『世界一の野球選手になる!』


 幼い頃そう父に宣言し、私、柳瀬真裕は野球を始めた。テレビで見た男子プロ野球の国際大会に感銘を受け、自分も世界の舞台で輝きたいと思ったのだ。


 しかし現実は甘くない。未だ高校野球の日本一にすらなれないまま、私は三年生へと進級する――。




「よし、これでオッケー」


 木立に潜む小鳥の(さえず)りが、心地好く身体に沁みる朝。自分の部屋にある等身鏡の前に立ち、私は制服に袖を通す。二年前の購入時は少しサイズが大きめだったものの、今ではほぼぴったりになっている。若干だが胸囲が苦しいと感じる時があるので、卒業まで持ち堪えられるかちょっぴり心配だ。

 仕上げにお気に入りの緑のヘアピンで前髪を留め、私は鏡に映った自分に薄らと微笑んだ。……うん、我ながら今日も良い笑顔をしている。


「おはよう」


 階段を下って一階の居間へ降りると、お母さんが仕事に向かうため荷物の確認を行っていた。共働きの私の両親は、揃って朝早く家を出てしまう。


「おはよう。朝ご飯は鮭が焼いてあるから、ご飯よそって食べておいてね」

「はーい」


 お母さんの言った通り、台所にあるオーブントースターには焼いた鮭の切り身が入っていた。皮に付いた焦げ目から漂う焼き魚特有の芳ばしい香りと、鮮やかなピンクの輝きが食欲を(そそ)る。普段と変わらない朝食に対してこんな表現を思い付くのは、それだけ私が新学期に胸を踊らせているということだろうか。


「おお、真裕おはよう! 今日から遂に三年生だな!」


 そう意気揚々と声を掛けてきたのは、スーツ姿をしたお父さんだ。私の顔を見るや否や芋が(ふか)されたようにほっこりと笑い、頭を撫でようとしてくる。私はその手の下を潜って軽やかに(かわ)した。


「……あれ?」

「ふふっ、残念でした。いつまでもそんなことやらせないから」

「……また駄目かあ」


 悪戯っぽく舌を出す私に対し、お父さんは残念そうに肩を落とす。お父さんのことは好きだが、私も二週間後の誕生日で十八歳になる。流石にお父さんに撫でられているわけにはいかない。


「ほらお父さん、真裕にちょっかい掛けてないで、そろそろ出発する時間でしょ」

「……あ、ほんとだ。急がなきゃ」


 お母さんに促されて腕時計を確認したお父さんは、やや慌てた様子で机に立て掛けられていた鞄を手に取る。それからお母さんと出掛ける前のキスを交わす。


「じゃあ行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」


 そろそろ五十路を迎える両親だが、相変わらず仲睦まじい。キスしている場面を見るのはもはや日常茶飯事である。……私もいつか、こんな風になるのだろうか。こんな風に暮らしたいと思える人に出逢えるのだろうか。


 やがてお母さんもいなくなり、一人きりになった私は食事や歯磨きを手早く済ませる。私の家族にはもう一人、大学生のお兄ちゃんがいるが、起きてくるのはほぼ毎日全員が家を出た後になる。


 そうこうしている内に時刻は七時半を過ぎていた。家のインターホンが鳴り、京子ちゃんが私を迎えにくる。


《おはよう。私、メリーさ……》


 私は京子ちゃんが言い終わるのは待たずしてインターホンを切る。一年生の入学式から三年連続で同じネタをやられているので、反応のしようがない。野球道具も筆記具も全部詰め込んだ大きなボストンバッグを左肩に掛けて玄関を開けると、仏頂面の京子ちゃんが家の前に立っていた。


「おはよう京子ちゃん」

「……おはよう。いくら何でも無視は無いでしょ」

「あはは、ごめんごめん」

「全くもう。作者はいつもウチにこういう役回りをさせるんだか……」


 京子ちゃんが何やら文句を呟いているが、ちょっと言っている意味が分からない。深く言及するのも良くない気がしたので、私は聞こえなかった振りをして学校へ向かう歩調を速めるのだった。


 家から駅まで徒歩十分、電車に乗ること二〇分、それからまた徒歩で十五分。大方一時間弱掛けて、私は亀ヶ崎高校へと到着する。片田舎のしがない公立校でありながら、県内では二校しかない女子野球部のある高校で、私も京子ちゃんもその女子野球部に所属している。


 チームの目標は日本一になること。昨年の夏の大会では決勝まで駒を進めたものの、あと一歩のところで優勝を逃した。先日行われた春の大会でも準決勝で敗退。次の夏大を機に三年生は引退となるため、事実上、私たちには一回しか全国制覇を目指せるチャンスが残されていない。


「……あ、京子ちゃんとクラス一緒だ!」


 昇降口に張り出されたクラス分けを確認すると、私は京子ちゃんと同じクラスに振り分けられていた。更には他の野球部のメンバーも大半が被っており、誰かの陰謀ではないかと疑いたくなる。


「ほんと? 良かったあ……」


 京子ちゃんが安堵したような表情を見せる。去年は仲の良いメンバー全員とクラスが離れていたこともあり、今年に関しても不安だったのだろう。私も京子ちゃんとクラスメイトになれたことはとても嬉しい。


 午前の間に始業式などの行事が滞りなく行われ、新しいクラスの初日はあっという間に終わった。私たちは教室で昼食を済ませてから部室に向かい、制服から練習着へと着替える。学生の本文が学業であることは(わきま)えているが、どうしてもこちらの服装の方が気合も活力も漲ってくる。


 野球部の練習は午後一時半にスタート。アップやキャッチボールを済ませ、チームは四人一組で順番に回していくバッティング練習に移る。

 私は最初の組で打ち終えると、菜々花ちゃんを連れてブルペンに入った。今日のように時間に余裕がある日は、一回から七回まで一つ一つ場面を想定しながら投球練習を行っている。


「三回表、ワンナウトランナー二、三塁。相手は三番バッターね!」


 昨年の夏大時も私はエースを張っていたが、決勝戦では後を継いだ投手が打たれてチームは敗れた。もちろんその選手たちに責任を押し付ける気は無い。だが自分が最後まで投げ切っていれば結果は変わったのではないかと思うとどうしても納得できず、私は大事な試合で完投できる真のエースになろうと誓った。


 その志は徐々に成果となって現れ始め、先日の春大では登板した三試合でいずれも一人で投げ抜くことができた。尤も、準決勝では完投しながら敗戦投手になってしまったので、次の夏大ではどこが相手でもチームを勝たせる投球が求められる。


「ナイスボール! 完璧だよ!」


 菜々花ちゃんもお墨付きのスライダーで最後の打者を打ち取り、試合終了。今日の結果は菜々花ちゃん査定では一失点だった。悪くはないものの、この一点が命取りになることだってある。良かったところは続けられるように、悪かったところは次に改善できるように、常に反省を繰り返してレベルアップを計らなければならない。


「……それでは今日は解散。気を付けて帰るように」

「ありがとうございました!」


 今日の全体練習は五時過ぎに切り上げられる。悲願の全国制覇へ、新たな、そして最後の挑戦の幕は開いた。その号砲を鳴らすかのように、街中には夕方の鐘が響いている。



See you next base……


PLAYERFILE.1:柳瀬真裕(やなせ・まひろ)

学年:高校三年生

誕生日:4/22

投/打:右/右

守備位置:投手

身長/体重:159/56

好きな食べ物:アイスクリーム(ポッピンサニー味)

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