46th BASE
攻守が替わって一回裏、亀ヶ崎の攻撃。一番の京子が左打席に入る。
浜静の先発投手は右の桜が務める。彼女は昨年の練習試合で、中盤までストレート、カーブ、シュートの三球種を順番に投げ続ける奇想天外な配球をして亀ヶ崎打線を混乱に陥れた。再び同じことをやってくるのか。
(去年のウチらはこの桜を打ち崩せなかった。幸い夏大では当たらなかったけど、今年はどうなるか分からない。二回連続で抑えたら向こうも自信を深めちゃうだろうし、それは阻止しないと)
チームとして苦手な投手を作ることは言うまでもなく無い方が良い。京子を筆頭に、昨年も桜を相手にしている選手たちが攻略への先陣を切りたい。
初球、桜は外角にストレートを投じてくる。京子が見送ってストライクとなる。
(去年に準えるなら次はカーブだ。せっかくなら狙ってみるか)
二球目、カーブが京子の膝元に向かって曲がってくる。彼女はバットを出しかけるも、打っても凡打になると感じてスイングを中断する。
「ボール」
桜がストレートの後にカーブを投じてきたことで、一応ながら去年の配球と同様の流れになっている。まだ始まったばかりなので京子は俄かには信じ難いと感じつつも、次の球をシュートと予測する。
三球目。やはり桜が投じた球種はシュートだった。外に逃げていく変化にミートポイントを合わせて京子はスイングし、三塁方向へと低い弾道の打球を放つ。
「サード!」
「オーライ!」
打球の球足も速く、京子のバッティングとしては満点に近かった。しかし飛んだ先はサードの真正面。ワンバウンドでグラブに収まり、そのまま一塁へと送球される。
「アウト」
「ちっ、もうちょっと左右のどっちかにずれていれば……」
力無くベースを駆け抜けた京子は、やりきれない表情で一塁側の自軍ベンチへと引き揚げる。出塁して桜の出鼻を挫くことはできず。亀ヶ崎としては前回の二の舞にならぬよう、できるだけ早く主導権を握りたい。
打席には二番の嵐が立つ。桜とは初めての対戦になるが、特徴に関してはチーム全体で情報共有しているため、三球種のローテーションについても心得ている。
(京子は三球で終わったわけだから、最初に戻って私にもストレートから入るのかな? ひとまずそのつもりで待っておこう)
一球目、投球は弧を描いてキャッチャーミットに収まった。外角へのカーブである。狙いを外された嵐は見送るしかなく、あっさりとストライクを一つ取られる。
(今のはカーブだよね。京子がそれなりに良い当たりを打ったから、ローテーションは止めたのかも。けど決め付けるのは良くない。順番を変えただけって可能性もあるし、それなら次はシュートになるな)
二球目。桜は真ん中低めに速い球を投げてくる。インコースに食い込む変化をすると読んだ嵐は、それを想定したスイングで打ちにいく。ところがバットは空を切った。
(……真っ直ぐだったのか。となれば次こそシュートなんじゃないかな)
追い込まれた嵐は三球目、外角に来た速球に対し、真ん中のコースを打つつもりでバットを出す。ところが二球目同様に変化はせず、空振り三振を喫する。
(何だよ。これじゃ普通の配球じゃん)
打席を後にする嵐は、三番の打順に入っている紗愛蘭とすれ違う。その際に自身への配球を伝える。
「カーブ、真っ直ぐ、真っ直ぐだった。ミーティングで言われてたローテーションとは全然関係無かったよ」
「了解。ありがとう」
嵐からの情報を受け取り、紗愛蘭が打席に入る。浜静バッテリーがローテーションを止めたとなると、一から配球を考えなくてはならない。
初球、紗愛蘭の胸元にストレートが来る。球審はボールと判定を下した。
(真っ直ぐのスピードは前よりも少し上がってるかな。でもこの程度ならそんなに苦労はしない。ツーアウトではあるけど、私がチャンスを作ってクリーンナップで点を取りたいな。初回で先制できれば以前に抑えられた印象を早い段階で消せる)
二球目はアウトコースから真ん中に入ってくるカーブ。コースは甘かったものの低めに来ており、紗愛蘭は手を出さない。
「ストライク」
桜の制球力は抜群ではないものの、ストライク先行の投球をできるだけの能力は備えている。昨年の対戦で亀ヶ崎打線が投げられる球種を把握していながら打ち崩せなかったのは、四球等が無かったのも要因の一つである。
三球目、桜が内角へと投げ込む。投球が自らの脇腹に当たるのでは案じた紗愛蘭は腰を引いて避けようする。
しかし球種はシュート。ストライクゾーンに捻じ込まれ、忽ち紗愛蘭は追い込まれる。
(厳しい攻めをしてくるなあ。……待てよ。私に対してはローテーションで投げてきてないか?)
初球はストレート、二球目にカーブ、そして三球目がシュート。紗愛蘭の気付いた通り、ここまでは三つの球種が順番に来ている。ただの偶然かもしれないが、どうしても彼女としては浜静バッテリーが意図してやっているのではないかと思えてしまう。
(相手がどう考えているのかは分からない。言所は読み解く材料もほとんど無い。だったら真っ直ぐに張ってみよう)
紗愛蘭はストレートに的を絞る。それを打ち返すことができれば、浜静バッテリーもローテーションの配球をこれ以上はしてこなくなるだろう。
四球目、桜の右腕から放たれたのは外角高めのストレートだった。完璧に捉えられたという印象をバッテリーに与えるため、紗愛蘭は珍しくコースに反して引っ張る。
「ライト!」
痛烈なライナーが右中間を真っ二つに裂こうとする。ライトの濱地は自慢の俊足を飛ばして懸命に追い掛け、最後は横っ飛びでの捕球を試みる。その後うつ伏せ状態で着地し、地面に腹を擦りながら滑って止まる。
「ふう……。これでどうよ?」
濱地は両膝を付いた体勢で起き上がると、左手のグラブを掲げる。中にはしっかりと白球が収まっていた。それを確認した二塁塁審は本塁方向に振り返り、右の拳を突き上げる。
「アウト。チェンジ」
「おお……、捕ったのか」
一塁を回って二塁へ向かっていた紗愛蘭が走る速度を緩める。抜けていればランニングホームランすら期待できたが、濱地のファインプレーに阻まれた。初回の攻防は両チーム三者凡退で終了する。
See you next base……




