44th BASE
翌日。放課後の練習を終え、私は部室で制服へと着替えていた。昨日のことが頭に残っていたためか、ふと一緒にいた紗愛蘭ちゃんに進路の話題を振る。
「進路ね。私は何となく決まってるよ。名王大学を受けようと思ってる」
紗愛蘭ちゃんは脱いだ練習着を丁寧に畳む。適当に鞄へ突っ込む私たちとは大違いだ。
「名王って、あの名王? 凄いね……」
名王大学は全国でも最高峰の偏差値を誇る大学である。紗愛蘭ちゃんの学力は校内でもトップクラスで、本人は詳しいことを教えてくれないものの、噂によるといつかの定期テストでは全体順位で一位になったことがあるらしい。名王大学を受験するのも何ら不思議ではない。
「行けるかどうかは分からないよ。この前の模試の判定もそんなに良くなかったし。頑張らないと」
「紗愛蘭ちゃんでも良くないなんてことあるんだね。けど行きたいところが決まってるだけでも立派だと思うな。私なんて全然だよ。希望調査でとりあえず大学進学って書いたくらい」
「そうなの? けど進路を決めるって大変だよね。私も名王って名前だけで選んでる部分があるもん。あとは留学に興味があるから、それが充実してそうってところかな」
紗愛蘭ちゃんは少しばかり表情を歪める。ただ留学なんて言葉が出る時点で、十分な理由になると思う。私としては言葉が通じないのにどうして海外に行きたがるのかと疑問しかない。
「はあ……、疲れた」
私が紗愛蘭ちゃんに感心していると、今し方部室へと入ってきた京子ちゃんが会話に混ざる。彼女はぐったりとした顔で着替え始めた。私たちが引き揚げてくる時は既にグラウンドにはいなかったはずだが、どこに行っていたのだろうか。
「遅かったね京子ちゃん。何してたの?」
「担任に呼び出されてたんだよ。進路希望調査の用紙をちゃんと書けって」
急激に私の胸が縮み上がる。私もちゃんと書いていないと言えばいないので、呼び出される可能性もある。私は恐る恐る京子ちゃんに質問してみた。
「た、大変だったね。……因みに何て書いて提出してたの?」
「推しと楽しく暮らしたいですって書いた。進学するのか他の道に進むのかくらいは決めろって言われたから、とりあえず進学って答えておいたよ」
「そういうことか。良かった……」
私は胸を撫で下ろす。流石にそこまで酷い答え方はしていないので、ひとまず大丈夫そうだ。そう一人で安心している傍ら、同じく話を聞いていた紗愛蘭ちゃんは何と声を掛ければ良いやらと困ったような顔をする。
「京子……、そりゃ呼び出されるよ。どこかの大学に行きたいとか、どんな職業に就きたいとか考えてないの?」
「それが全然無いんだよね。働くのも勉強するのも嫌だし、できることならずっとゲームしていたいよ」
「いやいや、気持ちは分からなくもないけど、そういうわけにはいかないでしょ。進みたい道が分かんないなら、それこそしっかり勉強しておかなくちゃ駄目だよ。目標ができた後に頑張ろうと思っても、手遅れなことだってあるんだから」
「はーい……。確かにこのままの成績じゃやばいかも。行ける大学も無いって言われたし。はあ……」
紗愛蘭ちゃんの言葉が刺さったのか、京子ちゃんは深い溜息を吐く。これで少しは真面目に考えるようになるだろうか。
私としても他人事ではない。夏大前だからと言い訳せず、勉強も疎かにしないようにしよう。
着替えを済ませて帰り支度を整えた私たちは、祥ちゃんを加えた四人で学校を後にする。帰途では進路の話から少し逸れる形で、私たちが引退した後の部の体制について話題が上がる。
「そういえば皆はさ、次のキャプテンのこととか考えてる?」
後方で自転車を曳いていた紗愛蘭ちゃんが私たち三人に尋ねる。私は進行方向に背を向けて歩きながら意見を出す。
「紗愛蘭ちゃんの後ってことだよね? 去年までは先輩たちが決めてたから、私たちが決めることになるのか」
「そうそう。誰が良いとかある?」
「私としては春歌ちゃんを推したいけど、ピッチャーをやりながらだと難しいかな。ずっと試合に出てる子にやってもらいたいかも」
皆も私と同じ考えを持っているようで、一緒になって頷く。では誰にするのかと次に名前を出したのは祥ちゃんだ。
「オレスはどう? あの子ならレギュラーとして試合に出続けるだろうし」
「ありだね。ただオレスもピッチャーをやることがあるし、転校前に辛い経験をしてるから、個人的にはあんまりプレッシャーを与えず自由に野球をやらせてあげたいかな。もちろんそういう経験があるから適任ってのも言えるけど」
紗愛蘭ちゃんは基本的には賛同しながらも、懸念点があるみたいだ。他にはいるかと考えてみた私は、もう一人の候補を思い浮かべる。
「あ、昴ちゃんがいるじゃん。あの子もレギュラーだし、大人っぽい雰囲気もあるから引っ張っていけると思う」
木艮尾昴ちゃん。オレスちゃんと匹敵する実力の持ち主で、一年生だった昨年も夏大に出場している。本職はショートであるものの内外野の複数のポジションを守ることができ、現在はその日のスタメンに応じてセカンドやセンターで起用されている。
「昴ね。私もあの子が一番良いんじゃないかと思っている。京子はどう見てる?」
紗愛蘭ちゃんは京子ちゃんに見解を仰ぐ。彼女は一緒のポジションで練習をしているので、三年生の中では一番多く昴ちゃんと接しているはずだ。
「ウチも昴のキャプテンは考えてた。あんまり喋るタイプじゃないかもしれないけど、同級生とは結構コミュニケーションを取ってるよ。言うべきところは言うし、周りも見えてる。下の代もやってほしいと思ってる人は多いんじゃないかな」
「なるほどね。京子が言うなら間違いなさそう。じゃあ次の練習試合は、昴以外も含めて誰に主将を任せるのが良いか考えながら二年生のプレーを見てほしいな。それから夏大の前に一回皆で集まって、正式に誰にするか決定しよう」
「分かった」
私たちは揃って返事をする。自分がチームからいなくなると思うと寂しくなるが、これはどうしたって避けられない。ならば次の代が良いチームになるよう、先輩としての務めを果たそう。
See you next base……




