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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
序章 花めく
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3rd BASE

「皆、切り替えてしっかり守ろう! 点を取った後が大事だよ!」


 紗愛蘭の声に促され、亀ヶ崎の選手たちは気を引き締め直して守備へと向かう。ランナーに残っていた真裕は一旦ベンチに戻る際、ライトのポジションに走っていく紗愛蘭とすれ違う。


「ナイスバッティング真裕。還してくれてありがとう」

「えへへ、どうしても打ちたかったから良かったよ。紗愛蘭ちゃんもナイスバッティングだったね」


 真裕は照れたように笑いつつ、紗愛蘭と拳を突き合わせる。それから急ぎ足でマウンドへ上がる準備を整える背中を、紗愛蘭は温かに微笑んで暫し見守る。


(真裕は出会った頃から一層頼もしくなったなあ。いつも思うけど、あの子に付いてきてほんとに良かった)


 紗愛蘭は真裕たちと違い、入学当初はどの部活にも所属していなかった。中学で一緒だった友達を失うかもしれないという恐怖から、野球をやりたい気持ちを押し殺していたのだ。


 だが真裕の熱心な勧誘に心を動かされ、野球部への入部を決意。一年生からレギュラーとして活躍し、その人間性も評価されて現在では主将を務めるまでに至った。件の友達との仲も良好なままで、結果的に全てが上手くいっている。


(でもこれで満足してちゃいけない。私たちの目標は日本一になること。真裕たちがいるこのチームで、絶対に成し遂げるんだ!)


 真裕を始めた仲間たちに恩返しをするためにも、何としても全国制覇を果たしたい。その想いを胸に、紗愛蘭はチームを引っ張っている。


「ストライク、アウト! チェンジ」


 二回表も真裕はランナーを許さず、無失点で抑える。亀ヶ崎は完全に主導権を握った。この流れのまま、一気に試合を決定付けてしまいたい。


《二回裏、亀ヶ崎高校の攻撃は、八番キャッチャー、北本さん》


 二回裏は八番の菜々花から始まる。冬の間に伸ばした髪をヘルメットの下から靡かせ、右打席に立つ。


(初回にこっちが三点取って、向こうは二イニングとも三者凡退。私たちのペースであることは間違いないんだけど、だからこそ攻撃の手を緩めちゃいけない。試合はこの後も続く。この試合に勝つことに集中するのが大前提だけど、たくさんリードを広げて少しでも楽になれれば、今後にも必ず活きる)


 菜々花は最上級生となった昨夏から正捕手の座を掴んだ。まだ半年程度しか経っていないが、自慢の鉄砲肩と一試合を通して配球を組み立てられる視野の広さで、守備陣を纏める司令塔として際立つ働きを見せている。

 一発長打を秘めた打撃面の評価も高い。キャッチャーというポジションを考慮して下位打線に据えられているが、本来ならばクリーンナップを担えるだけの力を持っている。


 菜々花は初球から快音を響かせた。インコースのストレートを引っ張り、三塁線に強烈なゴロを飛ばす。


「フェア!」


 打球はサードのグラブを弾き、ファールゾーンを転々とする。野手が触れた瞬間にはフェアゾーンにあったため、インプレーとして続行される。レフトがカバーに回って捕球するも、その時点で菜々花は既に二塁へ到達。強襲ヒットが記録された。


 三点をリードしている亀ヶ崎だが、初回と同じように送りバントで手堅くランナーを進める。どれだけ大差で勝っていても、丁寧に攻め続けることが勝負の鉄則。僅かでも隙を見せれば、瞬く間に覆されることだってある。試合に勝つという目的下において、相手に点を与えて良い場面はあっても、自分たちが点を取らなくて良い場面など存在しないのだ。


「ボール、フォア」


 打順は一番へ返って京子に回る。そこから二者連続で四球となり、塁が全て埋まる。


《三番セカンド、ネイマートルさん》


 ワンナウトランナー満塁。またも大量点を狙える状況となり、先ほど先制タイムリーを放ったオレスが打席に立つ。


(相手は明らかに浮き足立ってる。ここで打つのはもはや必然でしょ)


 オレスはツーボールワンストライクからの四球目を捉えた。内角のカーブを引き付け、得意の右方向へ打ち返す。


「ランナーゴー! 京子も還れるよ!」


 ライトの前に打球が落ち、それを見てスタートを切った菜々花がまずホームへと駆け込む。続いて京子も三塁を蹴って還ってきた。


「おっしゃー、追加点! ナイバッチ!」


 ベンチのメンバーから賞賛の声が上がるも、オレスは表情一つ変えない。彼女としてはこの程度の活躍で喜んではいられないのだ。


(相変わらず五月蝿いわね。このレベルのピッチャーを打ち崩せなきゃ先は無いでしょ。……まああれくらい騒がしい方が、変に気を張らないから良いのかもしれないけど)


 ふとオレスが一塁側スタンドを見やる。奥で咲く梅の花は、普段見かけるものより艶やかな白桃色をしていた。


《四番ライト、踽々莉さん》


 五点差に広げた亀ヶ崎だが、更なる追撃を行う。四番の紗愛蘭にもタイムリーが飛び出し、この回も三点を加えた。


 それ以降も攻勢を掛け続け、四回裏までに積み上げた得点は何と九点。七イニング制の女子野球だが、この大会では五回終了時点で七点差を付けていればコールド勝ちとなる。


 迎えた五回表。ここまで無失点に抑えてきた真裕は、ワンナウトランナー二、三塁とピンチを背負う。


 対峙するのは右打者の長谷川(はせがわ)。代打で登場した選手だ。亀ヶ崎の内野陣は一点を与えて構わないと定位置で守る。ところが真裕たちバッテリーはワンボールツーストライクと三球で追い込むことができたため、三振を奪いにいく。


(……真裕、これで決めよう)

(了解。今日投げるのは初めてだね)


 菜々花から出されたサインに深々と頷き、真裕がセットポジションに就く。それから頬を膨らませて息を吐くと、ゆったりと左足を上げて長谷川への四球目を投じる。


(……打てるものなら打ってみろ!)


 意気軒昂と放たれた投球は、外角のストライクゾーンへ向かって直進。一見甘いコースだと感じた長谷川が打ちに出ようとスイングを始めるも、そのタイミングに合わせるかのように打者から遠くへと鋭く滑っていく。真裕の決め球、スライダーである。


「バッターアウト!」


 長谷川のバットは虚しく空を切った。狙い通り三振に仕留め、真裕は軽く右手を握る。


「よし」


 このスライダーは大学生の兄から授かったもの。当初は兄のスライダーをそっくりそのまま投げようとしていたが、それでは使いこなせないと諭されて自分独自の形を追い求めるようになった。決め球として威力を発揮するようになった現在でも試行錯誤は施され、誰にも打たれないスライダーを目指して改良が続いている。


「センター」


 真裕は次打者をセンターフライに打ち取り、ゲームセット。亀ヶ崎がコールドで勝利を収め、一回戦突破を決める。


「九対〇で亀ヶ崎高校の勝利。礼!」

「ありがとうございました!」


 亀ヶ崎ナインの清々しい挨拶がグラウンドに木霊する。この物語は、普通の高校に通う野球少女たちが、頂きへと登り詰めるまでの戦いの軌跡である。


そして、この野球少女たちにまた一人、新たな仲間が増えようとしている。


「あれが師匠の妹さんか。これは一緒に野球をやるのが楽しみだなあ。……ま、私が勝っちゃうけどね。ふふっ……」


 バックネット裏で観戦していた一人の少女が、試合終了の瞬間を見届けて立ち上がる。それから愉快気な含み笑いを浮かべ、球場を後にするのだった――。



See you next base……

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