38th BASE
六回裏、亀ヶ崎はワンナウトランナー二塁のチャンスを迎え、代打の嵐を打席に送る。彼女は早々に追い込まれながらも、粘って次が七球目となる。
セットポジションに入った山本が足を上げて投球を行う。投げられたのは三球連続でストレート。ただし真ん中付近に入ってきており、嵐にとっては絶好球と言って良い。
(来た。今度は逃がさない!)
嵐は前の二球よりも一呼吸早めてスイングする。若干詰まらされたものの、最後は右手を押し込んで前へと弾き返す。
「ランナー、ゴー!」
打球はセカンドの上を越えてその後方に落ちた。ランナーコーチが大きく腕を回すのに従い、二塁ランナーは三塁を蹴る。
「ホーム無理! 中継まで戻して」
打球はセンターが処理するも、キャッチャーに本塁への返球を止められる。二塁ランナーが悠々とホームベースを踏み、遂に均衡は破れた。
「おっしゃ! 一点入ったぞ!」
「嵐、ナイスバッティング!」
待望の先制点に亀ヶ崎ベンチは大いに湧き、嵐に向けて快哉を叫ぶ。嵐は一塁ベース上で高々と右手を突き上げ、誇らしそうに笑みを浮かべる。
(結局スライダーもインコースも来なかった。ほんとは投げたかったかもしれないけど、自信が無かったのかな。何にせよ打てて良かったよ)
一度はチャンスを逃した嵐だったが、その後も集中を切らさず、粘って再度チャンスを呼び込んだ。大きな大会ではこうした執着心が明暗を分けることも少なくない。灼熱の暑さの中で行う夏大であれば特にそうした機会も増えるだろう。嵐だけでなく、全員が今の彼女のような姿勢を貫いた時、日本一への道筋は鮮明となるに違いない。
尚も追加点を狙う亀ヶ崎だったが、打線が繋がらず嵐を還すことはできなかった。一対○という最少得点差で最終回に入る。
七回表、マウンドに春歌の姿は無かった。彼女は三イニングを投げ、ランナーを一人も出さない圧巻の内容で降板する。
「春歌ちゃん、今日のピッチングは凄かったね! 楽師館を完璧に抑えちゃうなんて」
攻守交替のインターバルの最中、真裕が春歌に話し掛ける。今日のような結果は自分でも中々出せないと感心し切りだった。
「ありがとうございます。夏大まで時間も無いですし、これくらいしないとアピールにならないので」
春歌は笑顔一つ見せず、抑揚の無い口ぶりで答える。決して真裕の言葉が嫌味に聞こえたわけではない。彼女が基本的に素直な感想しか言わないことはとっくの昔から知っている。それでもこうした態度を取るのは、ただ単に春歌自身が油断を見せたくないからだ。
これほどの投球をしても、エースの座が覆ることはない。真裕にはこれまでの積み重ねで遥か先を行かれている。春歌としては今日の出来に満足せず、そして不貞腐れることなく、結果を出し続けなければならない。
(まだ夏大のメンバーは決まってない。仮にエースナンバーを背負えなかったとしても、真裕先輩よりも活躍できれば越えられるチャンスは残されてる。勝負は最後まで何があるか分からない)
春歌に諦めるつもりなど毛頭無い。エースの座を奪える時が必ず来ると信じて、彼女は次の登板でも持ち味を発揮して抑え込む。
《亀ヶ崎高校、選手の交代をお知らせします。代打いたしました山科さんがそのまま入り、キャッチー。セカンドのネイマールさんがピッチャー……》
亀ヶ崎の投手陣は主に真裕や祥の四人で回しているが、他にも野手としてプレーする傍らで投手を務める者たちがいる。その一人が今し方アナウンスされたオレスだ。彼女は入部時の挨拶でどのポジションでも守れると豪語し、それは投手も例外ではなかった。
マウンドに上がったオレスが投球練習を行う。全身の力を使って右腕を振り下ろすフォームから繰り出されるストレートは、荒々しく唸りを上げるようにキャッチャーミットを貫く。亀ヶ崎で一、二を争う強肩とあって、球速だけなら真裕に勝るとも劣らない。
「オレス、良いボール来てるよ。ただもうちょっと低めに抑えていこう」
受けるキャッチャーも菜々花から嵐に代わった。以前は本職として熟していただけあって、オレスの直球にも押されることなく安定したキャッチングを見せている。一試合を通じてマスクを被ることは難しくても、有事の際のバックアップとしては非常に心強い。
《七回表、楽師館高校の攻撃は、三番セカンド、円川さん》
春歌が九者連続でアウトを取ったため、オレスが最初に対峙する打者も万里香となる。二人はこれが初対戦。万里香は投手としてのオレスの力量を見られることに興味を抱きながら打席に立つ。
(元々肩は強いし、真っ直ぐは結構速そう。夏大でも投げてくるかもしれないから、しっかり確かめておかないとね)
初球、オレスはストレートを投じる。球威はあったものの、制球が定まらず高めへのボールとなる。二球目もストレート。だがこちらも一球目と同様のコースに行ってしまった。オレスはいきなりツーボールとする。
(やっぱりスピードは出てるね。けどコントロールはそこまで良くないみたい。ボールばっかりじゃピッチングにならないし、どう修正してくるのかな)
ここまでは万里香が打ちたくても打ちにいけない状況。三球目、オレスはど真ん中にカーブを投じた。ストレートでストライクを取りにくると思っていた万里香は、虚を衝かれる格好となる。
(へえ、意外と器用なことができるんだ。これで多少は落ち着くかな)
続く四球目、オレスがストレートで外寄りの低めを突く。万里香は長打を狙ってスイングしたものの、捉え切れずフライを打ち上げた。打球は一塁側ファールゾーンに張られたネットに当たる。
「ナイスボール! もう一丁行こう」
嵐が軽く拍手をして新しいボールをオレスに投げ渡す。これで万里香は追い込まれた。
(ここまで見せた変化球はカーブだけか。他にも球種を持ってるだろうけど、そこまで制御できるとは思えない。となる真っ直ぐで押してくる可能性が高いかな)
万里香は手首の力を少しだけ緩め、五球目を待つ。彼女の予想は当たり、オレスが投じてきたのはストレートだった。加えて真ん中高めに浮いている。
(お、打ち頃じゃん)
力負けしないよう、万里香はバットを上から下ろして弾き返す。オレスの真正面に飛んだライナーは、瞬く間に彼女の頭の上を越えていった。
See you next base……




