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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第三章 エースに続くのは……
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33rd BASE

 三回表。祥はツーアウトを取りながら、西本にヒットと盗塁を許して得点圏にランナーを背負う。


(これまでの私は、こういうところで呆気無く打たれたり自滅したりしてきた。夏大でチャンスを掴むためにも、変わったところを見せるんだ)


 カウントはツーボールワンストライクからのリスタート。中本への四球目、祥は菜々花と話した通りストレートを投げる。真ん中低め一杯への球威も制球も抜群の一投に、中本は手を出せずに見送る。


「ボール」

「え⁉」


 投手、捕手、打者の三人共がストライクだと思ったものの、球審はボールとコールする。まさかの判定に、祥へと返球しようとしていた菜々花は思わず手を止め、後ろを振り返る。もちろん抗議することはできないので、球審に気付かれないようマスク越しから(いかめ)しい視線を送る。


(……今のがボールって、ありえないでしょ。文句の付けようがない真っ直ぐだったじゃん。これは痛過ぎる)


 菜々花は改めてボールを祥に投げ返す。本来なら一声掛けるべきだろうが、失意のあまり言葉を発することができなかった。祥も当然、同じくらいのショックを受けている。


(ちょっと低いってことなのかな? ともあれスリーボールになっちゃったよ……)


 祥はどうしたものかと口を真一文字に結ぶ。次は何としてもストライクを取らなければならない。そんなプレッシャーが押し寄せ、彼女の心臓が怒涛の如く鼓動を打ち始める。


(……いけない。また自分で自分を追い詰めようとしちゃってる。フォアボールは出したくないけど、そればっかり気にして腕を振れなくなるのが一番良くない。こうなったら、腹を括って開き直るしかないぞ)


 今日だけで何度やってきただろうか。祥は自らを鼓舞し、弱まりかけていた闘志に灯火を付ける。それから菜々花にサインを求めた。


(祥の顔がさっきより勇ましくなった。今までだったらこの時点で戦意喪失しちゃって、半ば諦めムードを見せてたのに。……逞しくなってきたね。私も前を向いて、祥の力を最大限に引き出せるように努めなきゃ)


 菜々花はもう一度ストレートを要求する。以前の祥なら、変化球のコントロールが心許なく、この選択はストライクが欲しいが故の苦肉の策であった。

 だがこの場面はそうではない。菜々花は抑えられると感じたからこそ、ストレートを選んだのだ。


(コースはさっきと同じで良い。それでボールと言われたらどうしようもないよ。だから自信を持って投げてきて!)

(菜々花のミットの位置が前の球と変わってない。それだけ良いボールだったってことだし、続けてみせろってメッセージなのかも。そう思われたなら嬉しいな)


 祥は仄かな喜びを噛み締める。自分の球が菜々花に認められつつあるような気がして、誇らしくなった。


 これが勝負を決する一球となるか。祥は菜々花のミット一点だけを見つめ、渾身の力を込めて五球目を投げる。


(……私は私を信じる!)


 ストレートが真ん中やや内寄りのコースへ行く。打てると踏んだ中本はバットを出し、センターに向けて弾き返した。


「ショート!」


 短い金属を奏でた飛球が、祥の左上を越えていく。ツーアウトのため、二塁ランナーの西本はバットにボールが当たる瞬間にスタートを切り、猛然とホームインを目指す。


「オーライ」


 ところが打球は外野まで届かない。ショートが二、三歩下がって落下地点に入り、大事そうに胸の前でキャッチした。これでスリーアウトとなる。


「おし……」


 ピンチを脱した祥は力強く左拳を握る。ストレートの威力で中本のスイングを押し込み、ショートフライに打ち取った。


「ナイスボール! よく投げ切ったね」


 マウンドから引き揚げようとする祥に菜々花が歩み寄り、笑顔でミットを差し出す。祥は重圧から解かれた安堵感を全て(さら)け出すかの如く、重々しくグラブを押し付ける。


「ありがとう。抑えられて良かった……」

「うん! ほんとに良いボールだったよ」


 最後の球はコースが少々甘く、完璧には程遠かった。それでも菜々花が褒め称えたのは、会心に近い直前の一球をボールと言われながらも、そこで物怖じせず腕を振って投げ切ったからである。これまでの祥にはきっとできなかっただろう。彼女は殻を破り、自らの成長を結果で示したのだ。


「祥、ナイスピッチングだったな。今日はここまでしようか」


 ベンチへ帰ってきた祥に、監督の隆浯が賞賛と労いの言葉を掛ける。


「夏大でもこうした投球ができるよう、スクリュー以外の球種も含めて更に精度を上げていってくれ。期待しているぞ」

「……は、はい! ありがとうございます! 頑張ります!」


 一瞬たじろぐ祥だったが、その後すぐに頬を緩める。“夏大”のフレーズが出たということは、彼女もそこでの戦力として計算されているということ。それこそ祥にとって最も重要なことである。


(……やった! 私も夏大のメンバーに入れるんだ。決勝まで勝ち進んでいけば、どこかで必ず出番があるはず。そこで結果を出して、真裕たちと一緒に日本一になるんだ)


 祥は二年前の入学式で偶然にも真裕と出会い、彼女に誘われたことで野球部へと入部した。最初は練習に付いていくのがやっとの状態だったが、先輩や同級生の活躍する姿に憧れを抱き、いつしか自分もチームの一員として、全国制覇に貢献したいと強く思うようになった。


 そのためには、野球未経験者の自分でも経験者たちと対等に渡り合えるようにならねばならない。そうなる可能性が一番高いと考えたのが、左利きという利点を活かして投手をやることだった。だからこそ祥はどんなに苦しくても屈することなく、マウンドに立ち続けたのである。


 大いなる目標を成し遂げるための切符は掴んだ。あとは然るべき舞台で躍動するのみ。その時に備え、祥はこれからも己も刃を磨き続ける。重ねてきた苦労は、最後の最後に大輪の花を咲かせるための養分となるはずだ。


《亀ヶ崎高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、笠ヶ原さんに代わりまして、瑞沢さん》


 試合は序盤の攻防が終わったものの、未だスコアは動いていない。迎えた四回表、祥を引き継ぐ亀ヶ崎のマウンドには、二年生の春歌が上がる。



See you next base……


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