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ベース⚾ガール!!! ~Ultimatum~  作者: ドラらん
第三章 エースに続くのは……
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29th BASE

 昼休憩を挟んで午後から二試合目が行われる。先攻と後攻が入れ替わり、先に守る側となった亀ヶ崎の先発投手は祥が務める。今し方投球練習を済ませた彼女の元へ、バッテリーを組む菜々花が寄ってきて声を掛ける。


「祥、男子野球部との試合はとっても良かったよ。あの時の感覚は忘れてない?」

「うん、大丈夫」


 菜々花の質問に祥は躊躇無く首を縦に動かす。普段は気が優しく、自信無さげに振る舞うことの多い彼女だが、今回は違った。先日の登板で良い手応えが得られた証拠だろう。


「なら良かった。今日はどんどんスクリューを使っていくよ。とんでもないところに行っても構わないから、思い切って堂々と投げてきて」

「そう言ってもらえるとありがたいよ。よろしくね」


 二人の短い会話が終わる。楽師館の一番、西本(にしもと)が右打席に入り、試合は始まった。


(真裕も結も練習してきたことを試合で出せていた。私も置いていかれるわけにはいかない。だけど慌てず騒がず。自分で自分に重圧を掛ける必要は無いはずだ)


 祥は軽く肩と首を回し、肩甲骨周りを解してから西本と正対する。結と同じノーワインドアップモーションながら、腕を振る時の左肘の位置は少々斜めに傾けたフォームから第一球を投じる。


「ストライク」


 外角低めを狙った投球は若干高くなってしまったものの、初球でストライクを取ることができた。投げ終わった後の祥の目が、ほんの僅かに細くなる。


 二球目はアウトコースのカーブ。西本が引き付けて右方向に弾き返すも、打球に角度が付かずゴロとなる。


「セカン!」

「オーライ」


 この試合ではセカンドに入っているオレスが軽快に処理し、西本をアウトにする。打球に合わせて一塁方面へと走っていた祥は、内野陣がボール回しをしている間にマウンドへと戻っていく。その足取りは真裕たちと比べてどこかぎこちない。


(先頭を切れて良かった。それにしても、野球の動きはいつまで経っても慣れないなあ)


 祥は部内で唯一、中学卒業時点での野球未経験者である。この二年間でそれなりに試合の出場を重ねている彼女だが、未だにマウンドで投げている間は自分が自分ではないような気になってしまう。こうしたことを含め、他の選手とはスタート地点が違うが故にほんの初歩的なことから乗り越えなければならない課題は多かった。


 中でも特に悩まされてきたのが、イップスである。一年生の頃に初めて登板した際、まだ経験が乏しいにも関わらず過度なプレッシャーを感じさせられ、その影響で体が思うように動かなくなってしまった。自分では普通に投げているつもりだが、投球の直前に腕が硬直するなどの異常が生じ、ストライクを取ることさえままならない。以後の試合でも決まって同じ状態に陥り、マウンドへ上がる度に地獄とも言える苦境を強いられてきた。


《二番レフト、中本さん》


 打席には二番の中本が立つ。第一試合に代打として出場した彼女だが、結の前にファーストゴロに倒れた。既に触れた通り極めて小柄な打者である。


(うわ……、ほんとに小さいな。しかも左バッターだ。どうしよう……)


 祥の表情が途端に曇る。彼女は左打者を苦手としており、右打者を相手にする時と比べて大きく制球力が落ちる。イップスを引き起こす契機となったのも左打者への投球だった。


 その初球、祥の投じたストレートは外角へのボールとなる。中本が悠々と見送れるほど外れていたが、菜々花は肯定的な言葉で鼓舞する。


「祥、惜しいところに来てたよ。気にせずしっかり腕を振っていこう」


 祥は無言で頷き、菜々花から投げられたボールを捕る。それから一度下を向くと、足場を均す振りをしながら自らに活を入れる。


(何を弱気になってるんだ。今更うじうじしてたってどうしようもないだろ。弱い部分も下手な部分も、全部真っ直ぐ受け止めてここまで来たんじゃないか)


 目を突っ張るようにして見開き、祥が顔を上げる。イップスに苦しむ姿は傍から見ても凄惨で、いつ逃げ出しても不思議ではなかった。しかし彼女は屈することなく立ち上がり続けたのだ。イップスである自分を受け入れ、恥じることなく、症状を感じる中でも体を制御できるよう鍛錬を積んできた。その努力は身を結びつつあり、克服への道のりを着実に歩んでいる。


(私にできることは菜々花のミットに向けて投げることだけ。それ以外のことは考えなくて良い)


 気持ちを新たに、祥が中本への二球目を投じる。外角のストレートが、今度は菜々花がミットを構えた場所に収まった。


「ストライク!」

「ナイスボール! 良い球だ!」


 見事な一球に菜々花の声のトーンも上がる。祥はこの勢いに乗り、三球目もストレートを続ける。コースはあまり意識していなかったため真ん中やや内寄りと少し甘くなったが、打ちにきた中本を球威で押し切る。


「ファール」


 打球は三塁側ベンチの上に当たる。初球の後は祥がテンポ良くストライクを二つ取り、中本を追い込んだ。すると菜々花は早くもスクリューのサインを出す。


(いきなり使えるチャンスが巡ってきたね。三振を取ってやろう)

(分かった。大丈夫かな……? ……大丈夫だ! 練習でも男子野球部との試合でも投げられてたんだし、相手が楽師館になったからってできないはずはない)


 祥を不意に湧き上がる消極的な心を押し退け、これまでの試合で成功してきたイメージを思い起こす。それからグラブの中のボールをスクリューの握りに持ち替えた。

 人差し指と薬指で挟み、その中間に中指と親指を添える。そうしてリリースの瞬間に手首を外側へと捻って左手からボールを放つ。


 投球はど真ん中を通りつつ、緩やかに舞い落ちる木の葉のように覚束ない軌道で中本の体の方へと曲がる。あまり見たことのない変化に中本は戸惑い、打ちにいくべきかどうか即座に判断できない。結局バットを途中まで振ったところで止めてしまう。


「ボール」

「振ってる! スイング!」


 すぐさま菜々花が左腕を三塁塁審に向け、中本のスイングをアピールする。その訴えは実り、判定は空振り三振に変わる。


「バッターアウト」

「……ふ、振ったのか。やった」


 祥を胸の前で控えめにグラブと左拳を突き合わせる。球審にボールと宣告された時は肝を冷やしたが、結果的には中本から三振を奪った。


(私のスクリューが、楽師館打線に通じるんだ。良かった……)


 幸先良く好感触を掴めたことに祥は安堵し、表情にも晴れ間が差す。だが次に迎える打者には通用するのだろうか。


《三番セカンド、円川さん》



See you next base……

PLAYERFILE.12:笠ヶ原祥(かさがはら・さち)

学年:高校三年生

誕生日:3/17

投/打:左/左

守備位置:投手

身長/体重:158/55

好きな食べ物:柑橘類(特におばあちゃんの家で採れる八朔)

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