2nd BASE
《三番セカンド、ネイマートルさん》
打順はクリーンナップに入り、三番のオレス・ネイマートルが右打席に立つ。左右で結んだ金色の髪が特徴的な彼女は、昨年の九月にイギリスから編入してきた。当初は過去のトラウマの影響からチーム内で孤立することが多かったもの、仲間たちのサポートのおかげで徐々に馴染めるようになってきている。
京桜の内野陣は京子を生還させまいと前進守備を敷く。その初球、内角低めへ落ちたフォークにオレスが全く反応せず、判定はボールとなる。
(低めを突いて空振りかゴロを打たせたいんだろうけど、この程度の変化球に手を出すわけないでしょ)
オレスはイギリスで暮らしていた幼少時代から野球に打ち込んでおり、実力は亀ヶ崎の中でも上位に位置している。外国人にしては小柄な体付きではあるが、それを補って余りある巧みなバットコントロールで安打を量産する。
二球目は高めのストレートが外れる。もちろんオレスはバットを出さない。
(フォアボールを出すのは嫌だろうし、次はストライクを取ってくるでしょう。長打はいらない。確実にヒットを打つ)
ツーボールからの三球目、原西は真ん中外寄りにストレートを投じてくる。ただ二球目と比べて球威はやや落ちている。どうしてもストライクが欲しいがために、腕の振りが緩んでしまった。
(何これ? こんな球で私を抑えようなんて、二万年早いわよ!)
オレスは鞭を撓らせたようなスイングを繰り出し、しっかりとバットの芯で捉える。快音を響かせた打球は目にも留まらぬ速さで一二塁間を破っていく。
「よし、先制点!」
三塁ランナーの京子がオレスに拍手をしながらホームを踏む。ファーストストライクを打ったヒット二本と送りバントでの得点。まさしく電光石火の早業で、亀ヶ崎が一点を先制する。
《四番ライト、踽々莉さん》
攻撃はまだまだ終わらない。オレスを一塁に置き、四番で主将の踽々莉紗愛蘭が左打席に入る。
「よろしくお願いします」
紗愛蘭は深々と頭を下げて球審に挨拶した後、丁寧に足場を固める。彼女も真裕や京子と同様、この春で三年生に進級。一年生の頃は一五〇センチ程度しかなかった身長は、この二年で一六〇センチを超えるまで伸びた。幼気だった顔もすっかり凛々しくなっている。
(相手は先制点をやりたくなかっただろうし、少なからず動揺してるはず。ここで畳み掛けて、一気に点を取っておかなくちゃ)
一球目はアウトローへのストレート。ストライクではあったが、紗愛蘭はヒットにするのは難しいと判断して見逃す。打つべきでないボールに手を出して凡打になれば、押せ押せムードは一瞬で萎んでしまう。そうした状況も紗愛蘭は冷静に見極めている。
(今のは良いコースに決めてきたな。続けられたら厳しいけど、それができるならこんなにあっさり点は取れていない。打てる球は必ず来るはず)
紗愛蘭はパワーヒッターではないが、広角に打ち分ける高度な技術を持っている。ホームランは打てなくとも外野の間やライン際を駆使して長打に繋げ、四番としてランナーを還す役割を着実に熟す。
(外野はセンターだけちょっと右に寄ってるな。だとしたら狙いは左中間だ)
二球目のフォークが外れた後の三球目、原西はこの試合で初めてカーブを投げてきた。外角から真ん中近辺へと入ってきた流れに逆らわず、紗愛蘭は反対方向に流し打つ。
ライナーとフライの中間のような飛球が、センターからやや左に上がる。勢いこそないものの、飛んだコースに野手はいない。レフトがツーバウンドで掴むのが精一杯だ。返球へと中継に送られる間に、オレスが三塁、打った紗愛蘭も二塁まで進む。
(もう少し強い当たりを打ちたかったな……。そしたら外野の間を抜けて、オレスもホームへ還せたかも。でも狙い通りの場所に打てたから良しとするか)
若干納得のいかない表情を見せる紗愛蘭だったが、それでも二塁打にしている。再び得点のチャンスが広がった。
この後の打者がレフトへ犠牲フライを放ち、オレスがホームイン。亀ヶ崎は凡打の無い効率の良い攻撃で初回から二点を奪う。
「オレスちゃん、ナイスラン! バッティングも凄かったね」
ネクストバッターズサークルから出てきた真裕が、楽しそうに笑ってオレスにハイタッチを求める。彼女の締まりの無い表情にオレスは少し呆れながらも、渋々手を合わせる。
「……別に普通でしょ。これくらいで喜んでどうするのよ。あんたも続いてきなさい」
「もちろん! 追加点取ってくるよ」
意気盛んに真裕が右打席へと向かう。局面はツーアウト二塁と変わった。紗愛蘭を還してもう一点取ることができれば亀ヶ崎はかなり優位に立てる。
(オレスちゃんは真っ直ぐ、紗愛蘭ちゃんは変化球を打ってた。ということはどの球種もそれなりに打てる球ってことだ。球種は絞らず、甘いコースに来たらいつでも反応できるようにしておこう)
真裕は投手でありながら、打撃センスも目を見張るものがある。今日は調子の良さを買われて六番に抜擢された。
初球、真ん中高めにストレートが来る。真裕は果敢に打っていくも、捉えきれずファールボールがバックネットに直撃する。
(うーん……。良い球だったから打ちたかったな。仕方が無い、次だ)
二球目はカーブが低めに外れる。続く三球目、アウトローへのストレートに対し、真裕はスイングせず見逃す。
「ストライクツー」
「むう……。入ってるのか」
ボールだと思っていた真裕は下唇を噛み、険しい顔をする。忽ち追い込まれてしまった。
(まだワンボールだし、投手としては変化球を振らせたいよね。落ちる球で勝負してくるかな)
四球目、原西はフォークを投じてきた。真裕の予想通りだ。彼女はバットをほとんど動かさず、低めのボールゾーンへ落ちていく軌道をしっかりと見極める。
(おし。これで並行カウント。フルカウントにはしたくないだろうし、これまでより甘くな
る可能性は少し高くなったはず。打てる球が来るまで我慢比べだ)
五球目は外角のストレート。ストライクともボールとも取れるような際どいコースのため、真裕はカットしてファールで逃げた。
六球目、七球目もファールとなる。原西が簡単には屈しないとストライクを投げ続ける一方、真裕も負けじと食らい付く。
勝負が決したのは八球目。原西の投じたフォークが真ん中付近に行ってしまう。変化量も乏しく、真裕にとって絶好球となる。
(……おお! やっと来た!)
教科書を真似るかの如く、真裕は打撃の基本となるピッチャー返しを見せる。痛烈なライナーが原西のグラブを掠め、センターへと抜ける。
「やった!」
真裕は嬉しそうにはにかみながら一塁を駆け抜ける。紗愛蘭を本塁へと迎え入れるタイムリーとなり、亀ヶ崎に三点目が入る。
「アウト、チェンジ」
後続の打者が凡退し、亀ヶ崎の長い攻撃は終了。最終的に三得点を挙げ、京桜に絶大な先制パンチを食らわせた。
See you next base……